同類
今日は泊っていけよと冬弥は綜馬に声をかける。沈み始めた太陽が濃い赤色で街を照らしだした時だった。まさか冬弥からそんな事を言われるとは思ってもいなかった綜馬は、動揺した対応を見せる。
以前の関係であればこんな誘いを受けることはありえなかった。好かれているわけでも嫌われているわけでもない、普通という認識で見てくれる冬弥は綜馬にとってありがたい存在だった。そんな冬弥が孤独を耐えるために、綜馬を頼るというのが何を意味するのか。ダンジョンでうけた心の傷の深さを理解させられた。
動揺した綜馬を見て、冬弥はすぐさま、
「冗談だって、早く帰らないと危ないぞって事だよ。」
と慣れたように笑う。
返す言葉が見つからない綜馬は、小さく頷き頭を下げる。
「多分、しばらくはここにいると思うから、なんかあったら呼んで。きっと暇だと思うし。」
冬弥はそう言って綜馬の肩をポンポンと叩くと、立ち上がった。それにつられて綜馬も立ち上がり、その流れで出口に向かう。
「あぁ、そういえば。魔道具。ここでもらえる物資は最低限のものだから、修理か新しく欲しいなら橋本さんのいる804か、今じゃ1番でかい813に行くといいよ。魔石か、質のいいアイテムもってるなら貰えるはずだよ。」
「ありがとうございます、」
「じゃあな!」
別れの言葉はそれなりに済ませ、綜馬はシェルター800を後にする。冬弥との邂逅は綜馬にとって、とても大きな意味を持つこととなる。
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冬弥は綜馬と別れた後、強烈な後悔に襲われる。シェルター800壊滅後、天谷からよく綜馬の名前を聞いていたこともあり、妙な親近感が湧いていた。
シェルター800で生活していた頃は、一時期シェルター内で食べ物をたくさん持っているとして話題になっていたが、いつのまにかその話は無くなっており、姿を消していた。
堂島がシェルター800の町長になってから少しして、綜馬はシェルター800に顔を出すようになり、何度か話をした事はあったがあくまで仕事上の関係でしかなかった。
ダンジョンアタック後、誰かと会話する事もなく1人でただ頭を悩ませる日々を続けていた事もあり、つい顔見知りとの会話に熱が籠ってしまった。泊まっていくか?なんて誘いは蛇足でしかなかったと激しい後悔と恥ずかしさが、時間を経つにつれて濃くなっていく。
気にしていてもだめだと、冬弥は作業をすることでどうにか忘れようとシェルター800の周りでモンスターを狩る。ここ最近モンスターの湧きが弱くなっていることもあり、日が暮れた後でも一人でモンスター狩りができる。一体、また一体と目につくモンスターを倒していく冬弥。『メイン』の『風魔法』と『サブ』の『爆破魔法』の相性は抜群で、中型モンスターでさえも相性が悪くなければ単騎で撃破できる。
付近のモンスターはあらかた始末し、それでも気持ちがすっきりしないため音のする方向へ向かって行く。夜になり活発化したモンスターたちが騒いでるであろう方向に進んでいくと、予想通りモンスターたちが円になり騒いでいた。しかしその光景を目にした冬弥は圧倒的な違和感を覚えた。
「あれって、」
モンスターたちが集まる中心には黒っぽい塊が山のように積まれている。その黒さにはムラがあり、積み上げられた山の周囲から広がり、モンスターたちの足元の足元にまで及んでいる。一体のゴブリンがその山の中から球状の「何か」を拾い上げた。グギャギャと笑い声にも聞こえる声を発しながら対面にいる別のゴブリンに投げて渡した。
初めて目にしたモンスター同士のじゃれ合いの様子を冬弥は人間のようだと感じてしまった。この世界になって初めの頃は人型のモンスターを殺める事に強い抵抗感を感じていたが、その忌避もいずれ薄れて殺意の感情に慣れてしまった現在では命乞いのような素振りをする親子のモンスターでさえも簡単に切り伏せていた。
1人になり、孤独際立つ夜、仲間たちの一緒に時間を共にしているゴブリンと自分を比較してみた時どちらがより人間なのだろうか。命を絶つことに慣れ、頬についた血を拭う事すらせずに新たな獲物を求めて夜道を進む。考えれば考えるほど自分の今立っている場所がわからなくなる。まさかモンスターと自分を見比べる日が来るなんて思いもしなかった。
違和感はまだ喉の奥に引っかかったままだったが、これ以上ここにいても仕方ないと考え踵を返した。
ドン
もと来た道に向かって歩き始めた冬弥の前に「何か」が降って落ちてきた。軌道上にいたため「何か」から零れた液体も冬弥の肌を掠る。暗いためそれが「何か」という情報以外わからないがこれがゴブリンたちが投げて遊んでいた「何か」であることは確かだ。
グギャアギャ
背後から足音が近づいてくるのを察して臨戦態勢に入るが、ふと思いとどまり「何か」を投げ返して見逃そうと考えを改める。ゴブリンが完全に近づいてきてしまうとどうしたって戦闘から免れることはできないため、さっさと拾い上げてバレない距離から投げようと「何か」に近づき掴んだ。
ぐちゃという湿った手触りで、周りは繊維状の何かに覆われている。球状ではあるが毛のようなものが生えているおかげで持ちやすいなと、ゴブリンたちの技術力に関心を覚え投げるために肩より上に持ってきたとき、始めからあった違和感と持ち上げた時の嫌悪感それらが符合した。
ドン
「何か」を投げ返すのではなく足元に落とした。ゴブリンの足音はすぐ近くまで来ているが知ったこっちゃない。手についた液体、それは必死に拭おうと近くの電柱に手のひらを擦り付ける。電柱には手についた黒が広がっていき一部が薄暗い色に占領された。
ギャアギャアグゥ!!!
近くまで来ていたゴブリンは冬弥の背中を見て、すぐさま声をあげた。獲物がいるぞと仲間に伝えたのだろう。向こうの方でうっすらと聞こえていたゴブリンたちの談笑がこちらに向かって近づいてきた。
手に残る生首の感触。不思議と気持ち悪さは感じなかった。それよりも安心した。モンスターを狩ることに疑問を覚えかけていたさっきまでの自分は、まるで自分が生きる価値のない存在になってしまったようで苦しかった。けれど違った。モンスターとは相いれない関係に決まっていて、殺せば殺すほど人の世界では価値が高まる。
目の前のゴブリン、あとからやってきたゴブリンたちを一掃し、やっと心に安らぎが戻ってきた。最初の目的はこの安らぎを得る事だったが、今の冬弥は妙な興奮状態に陥っていた。まだ殺したりないと考えるほど肉を断つ感覚を求めていた。
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