贈り物
冬弥の話をひと通り聞いた綜馬は、自分の知らないところで起こっていた計り知れない苦悩の存在に息を漏らす。
「それじゃあ、堂島さんは、」
「もう助からないだろうな。20階層に置いていかれたんだ。いくらあの人でも厳しいはずだ。」
冬弥は遠い目をしながらそう答え、湯呑みにそそがれた水を一口含み、綜馬に問いかける。
「綜馬はどうすんだ?この先。シェルター800はもう二度と再興する事はない。良かったら俺と、」
冬弥はそう口にした後、少し黙りまるでなかったかのように言い直す。
「この辺りのシェルターは合同ダンジョンアタック失敗の影響で、相当の被害を被っている。ミッション失敗によるペナルティだけじゃなく、戦闘を担当していたり能力の高い者がダンジョンの奥で生き埋めにされちまった。ここみたいに最低限の設備になるのは時間の問題だよ。」
これは冬弥の優しさなのだと綜馬は理解した。この場から離れることを勧めている。そして彼は――
「ところで綜馬はどうしてここに来たんだ?どっか別の所にいるもんだと、」
「光の魔道具が壊れちゃったんです。もしかしたら新しいのあるんじゃないかなって、願望というより癖、みたいな?そういう感じです。」
「ん?って事は今綜馬は1人で暮らしてるって事か?前みたいに?」
「そうです。点々としながらどうにか、」
「食い物とか、飲み物とか、それこそ光の魔道具以外にも色々大丈夫なのか?それって。」
「堂島さんからある程度支援をいただいていたので。それに身を隠すのは得意なのでちょこちょこ色んなシェルターでつまみ食いを、」
「はははは!つまみ食いって、バレずにやるんだぞ。今この近辺のシェルターはどこもかしこもピリピリしてるんだ。物資も相当困窮してるみたいだし、そんな時に余所者がコソドロしてたなんてバレたら大変だからな。」
「そ、そうですね。」
綜馬は恥ずかしそうに頭を掻く。嘘をついている罪悪感が、冬弥の心配で倍々に増えておりどうにか別の話題へすり替える。
「というか、冬弥さんはどうしてここに?」
「あぁ、なんというか。あれだあれ。する事もないし、俺もコソドロだよ。もしかしてシェルター800ならあるんじゃないかなって。」
急に目線を逸らし、泳ぐ視線を隠すようにキョロキョロと色々な所に首を動かす冬弥。
「良いものありました?」
「いや、俺と同じようなやつらが先に来て、荒らすだけ荒らして何も残っちゃいねぇ。何も、」
冬弥は顔を俯かせ表情を隠し、震える声をどうにか押し殺していた。
綜馬にとっては良くない思い出が残るシェルター800だが、冬弥にとってはかけがえのない居場所だったのだろう。天谷の友人であり、親しい間柄ではないにしても綜馬のことを気にかけてくれていた。
冬弥のやるせなさをわかるなど簡単に表現する事など出来ないが、今自分に出来ることは彼の理解者でいる事しかなかった。
2人の間にはしばらく沈黙が続く。かける言葉が見つからない綜馬と、何を口にしても後悔と辛さを告白するだけになりそうな冬弥。
綜馬にとってこの沈黙は、突然の衝撃から現実をより明確に思考する時間へ移り変わることを意味した。つまり、堂島の死と近辺シェルターの崩壊がほとんど確定的になったという事実。それをどうにか咀嚼して事実として飲み込まなければならないという事だった。
冬弥の様子を見るに、堂島、天谷、蘭香に関する詳細な話はしたくないのだろう。一部始終を説明する際も、現場を見ているはずが極端に言葉足らずの印象を受けた。
冬弥も死という現実を言葉にして表現したくないのかもしれないが、それとは違う何か理由があるのではないかと直感的に受け取った。
そうなると、まだ彼らが生存している可能性があるという事だ。自分の直感以外に生存しているという根拠がないのだが、逆に壊滅したという話も冬弥の話以外に根拠がないとも考えられた。
詳しい話は聞けなくても、どのあたりで生き埋めが起こったのか、堂島が置いていかれた場所は20階層のどの辺りなのか、会話から情報を引き出すしかない。
いつもなら考えすぎてしまい、少しでもマイナスな要素があると悲観的に捉えてしまう綜馬だが、今回は不思議と前だけ見て思考を巡らせている。本能的にそう考えるしか道がないと悟っているのか、それとも別に何か理由があるのか。
2人の間に流れる沈黙が配慮の域を抜け、気まずさを孕むように変わってきた。自分が口を開けない理由をいくつも考え始めるようになった両者だが、その停滞した状況を打ち崩したのは冬弥だった。
「そういえば、あの鎧兜はなんだったの?」
何かを思い出した様子で食い入るように質問する冬弥。
別の事に頭を使いすぎて、[朔]を使った事をうっかり忘れていた。完全な意識外からの攻撃を食らい、「うぇ、」と変な声を出すだけで挙動不審になる綜馬。
「あと、空から見てた鳥?みたいなのももしかして綜馬関係してたりする?」
冬弥の鋭さに追い詰められている感覚はこんなにも息苦しいのだと、日頃冬弥と戦うモンスター達への同情すら芽生える。
「いや、あれは、あの。そうですね。僕のと言えばそうなんですけど、僕のではないと言えばそれもそうで、」
しどろもどろになりながら、説明に似た何かをただ口から吐き続ける。綜馬の慌てふためく様子を見て冬弥は思わず笑いを漏らす。
「まぁいいや。綜馬って前からそうだよな。隠し事ばっかりなのにすぐボロが出る。」
冬弥の表情はどこか寂しげもあり、その寂しさを押し殺すような笑顔をわざとらしく浮かべていた。
―――――――――――――――――――――――――――
システムは脅威を感知する。自らの敵を排除しなければ【神】に与えられた命が奪われかねない。まだ小さな歪みだったとしてもこの歪みは大きく広がり、いつか自分にすら手が届くかもしれない。
自我とも呼べぬ、状況整理によって導かれる結果から【秩序】の召喚を決定する。座標を指定し、コアの損傷が摩耗し切る前に対応するしかない。
システムは【秩序】の構築に取り掛かる。殺しすぎてはならないが、決定的で圧倒的な脅威である事を証明しなければならない。
人の思い浮かべる脅威の偶像に形取り、産み出す。雑兵とは違う神力を持つ使徒で無ければならない。自らの血肉を与え【秩序】は生を受けた。
―――――――――――――――――――――――――――
この日は朝から曇天で、ただでさえ息が詰まるシェルターでの生活がより一層重たい空気を纏っていた。
シェルター802では、ダンジョンアタック失敗の影響により範囲縮小と支援物資の減少が起こっていた。シェルター802からは町長の息子2人が参加し、物資援助も行っていた。失敗による被害はシェルターの機能だけでなくそこに住む多くの人々の心に傷を与えていた。2人の息子が返ってこない町長は気を病んでしまいここ最近は家に籠っている。
戸田雄介はこの日、畑当番でシェルター全体で管理している畑の面倒を見に向かった。合同ダンジョンアタックへ支援した物資も少なくないため、生活をどうにかやりくりするためにはシェルター内での相互協力が必要不可欠となっていた。
雄介は満遍なく水を与えた後、目につく雑草を抜いていく。肥料も物資として魔石で交換する必要があるため、ここでは肥溜めを利用したり日常生活で発生した生ごみを土に埋めて畑を肥えさせていた。そのため畑地帯は臭いがきつい。畑当番として分けるのにはこの辛さを分担したいからという理由もあった。
シェルターの内壁ギリギリまで畑は広がっており、作業で言うとちょうど半分。折り返し地点であるシェルター内壁までやってきた雄介はふと外の世界に目をやる。壁を隔てた向こうではモンスターたちが飛び回っていて、自由気ままに過ごしているように映った。
前までは自分たちが、と滲み出る悔しさを押し殺し作業に戻ろうと視線を畑に戻そうとした瞬間、キラリと日光を反射する輝きを捉える。注意深くそこを見ると明らかに魔石が落ちていた。周りには血の跡があるため、モンスター同氏の仲間割れでもあったのだろう。人間にとって有用な魔石もモンスターからしたら可食部ではない何かでしかないのだろう。
魔力も『メイン』『サブ』の能力もパッとしない雄介からすると、そこに落ちる魔石は自分が唯一魔石を手にできるチャンスにしか映らなかった。生唾を飲み込み気持ちを整える。西門から出ればあの位置まではすぐだ。モンスターの気配を確認し、いない事を確認すると門から勢いよく飛び出す。
魔石を拾い、物陰に隠れて呼吸を落ち着かせる。ここで焦ってはダメだと何度も心の中で復唱する。深呼吸で整え終えて、帰り道に視線を合わせようと振り向いた瞬間、雄介の意識は途絶える。
空に雄介の首が飛びあがった。力なく倒れる雄介の全身に、トンと静寂を乱す落下音。静かな犠牲が生んだこの音が悲劇の幕開けとなった。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。