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無情

 うっすらと発光するシェルターの外殻。何度も見たからわかる。明らかに光の強さが弱くなっている。それだけではない。

6000人が暮らしていたとは思えないほどシェルター800は小さくなっている。前まではシェルター中で利用していた道や店がシェルターの外にあり、以前のような活気や温かみは失っている。

 ミッションやクエストを行わない事でシェルターに生じる変化。罰則と言い換えてもいいかもしれない。ミッションやクエストを行わなくても魔石や魔力を供給し続ければ現状維持できるシェルター機能だが、誰も住まず放置されることでここまで力を失うとは考えられなかった。


 仕事で回ったどの小規模シェルターよりも小さく、力を失っていることが見てとれる。東西南北にそれぞれ位置する入り口を見つけて中に入る。当然だが、以前はあったモンスターか人間かを自動で判別してくれる機能もなくなっているだろうから、弱体化状態のモンスターがシェルター内に侵入していても不思議ではないだろう。

 警戒しつつシェルター800の中を進んでいく。周囲を囲む外殻以外に光源はなく、日が暮れると薄い光に包まれるだけになってしまうだろう。預かるという形でここにあった物資は綜馬が持っているが、物資たちは帰る場所を失ってしまったのかもしれない。


 ここで綜馬は重要なことを思い出す。堂島に頼まれていたダンジョンの偵察結果。これがなければダンジョン攻略は、と思い出したところであの日から経過した月日とシェルター800の現状を照らし合わせる。わざわざ言葉にする必要がないだろう。

 もぬけの殻となったシェルター800の姿を見れば合同ダンジョンアタックの結果など火を見るより明らかだった。


 綜馬が塞ぎ込んでいる間、世界は綜馬の思い描く形に変わっていて、魔道具が欲しいと思えば簡単に手に入る。そんな世界になっているのではないかと淡い期待を抱いていた。自問自答するだけでは消化できない事象を前に目を覆うしか出来なかった。

 あの時、岸を助けられたら。あの時、岸に出会わなければ。あの時、早くシェルター800に帰れていれば。自分の行動全てが間違いで、自分の努力次第で辛い思いをする人間が減ったのではないのかと考えてしまう。


 ただ、立ち止まりシェルター800の中心部で塞ぎ込む綜馬。長い間部屋にいたせいで外と内の境界が曖昧になってしまったのかもしれない。誰もいないと認識した時、そこは綜馬にとって部屋はとなり変わる。


 ザッ、ザッ、


 ため息とも呼べない漏れ出た吐息を落とした時、物音が耳に入る。シェルター内に風が吹かない。音を発生させられるのは生き物だけの空間だ。

 体に残った本能に近い警戒心が発動して、隠密と周囲の警戒を行う。誰かに狙われているかもしれない恐怖は、あの日サイバに根深く植え付けられている。


 周囲に目線を配りながら、ジリジリと背中を預けられる建物の方へ移動していく。勢いよく建物の方へ走って行ってもいいが、音の正体の人数が一つとは限らない。集団に囲まれている可能性だってある。その場合、結果を一つに絞って行動するのは却って危険に自分を晒すだけとなる。


 移動しながら陰魔法の気配察知を展開する。魔法を発動し、その魔法が自分以外に効果を及ばす場合、魔力の流れが発生する。熟達した人間や、感覚の鋭いモンスターはこの流れを察知する事が出来るため、魔法の展開をした瞬間自分の居場所を自分で教えているのと同義になる。その事を理解している綜馬は、刀を構える。


 どこからでも来いと覚悟を決めつつ、気配察知で生体反応を受け取る。相手は人間。それも一人だった。綜馬の存在に気がついて移動したのか、それとも偶然か、相手は小学校の校舎の方へ向かって歩いている様子だった。

 後を追うか、それともこの場を離れるか。少し考えた後、なぜ今1人でシェルター800にいるのか気になった綜馬は、[カンジ]を使い空から様子を伺う事に決めた。


 民家の2階に体を隠し、[カンジ]を召喚する。久々の召喚になるため、不思議な感覚に陥る。無事召喚し終えた綜馬は、意識を[カンジ]に預け、空を飛び小学校に向かう。

 役割を失っている電線に留まり、端から端まで人の影を探す。目の端に動きを捉えた。


 が、次の瞬間[カンジ]の視線は消え、強制的に意識は綜馬の元へ戻ってきた。まずい、綜馬は半分以上の魔力を使い、[朔]を召喚する。綜馬自信も、脇差しを構え臨戦体制に入る。再び気配察知を展開した瞬間に衝撃が起こる。


 爆発に近いその衝撃は綜馬が身を隠していた民家の2階を吹き飛ばし、丸々野晒しにさせた。ギリギリで発動できていた気配察知は、綜馬のすぐ近くを示している。小学校にいたはずの気配はあっという間に近づいていた。

 目では追えない脅威は、すぐさま第二撃を放つ。驚きで呆然としていた綜馬を撃ち抜くように衝撃波が飛んでくるが、[朔]が全身を使い威力を殺す。


 殺しきれなかった衝撃を受けきり、次の攻撃に備える[朔]。敵の所在を確認したのか、[朔]は単騎で道を挟んだ民家に飛び込んでいく。その後、金属を打ちつけ合う音がシェルター内に響き渡る。[朔]が敵と剣戟に興じているのだろう。


 金属音、金属音、爆破音、金属音、爆破音、金属音と続き、音が止んだタイミングで、繋がっていた何かがなくなる感覚を覚える。これは、と悟ったがもう遅かった。

 [朔]を倒し終えた相手が綜馬の元へ向かってきていた。どうにでもなれ、という思いで投げやりに刀を振り下ろしたが一瞬で弾かれ、眼前スレスレに刀の切先が向けられた。


「お前は何を、って綜馬じゃないか。」


 そこには不思議そうな顔をする冬弥が立っていた。


―――――――――――――――――――――――――――


 冬弥がダンジョンアタック失敗の報せを聞いたのは、15階層のキャンプ地でのことだった。

 20階層攻略を目標としたダンジョンアタック。これに成功した場合、シェルター800の住人たちがお世話になるシェルターへ大きな恩恵が与えられるだけでなく、壊滅状態にあるシェルター800が復旧する可能性だって大いにあった。


 多くのシェルターから参加者が集まっているが、その中でも元シェルター800の住人達の気合いは一段と違っていた。当然冬弥も気合が入る。自ら先行隊に志願したが、天谷と堂島の説得を受け、渋々前衛班の中でも後方に位置する班の指揮を務めることになった。


 事前情報で森林型のフィールドダンジョンとなっている事は知っていたが、想像していたより鬱蒼とした森で見通しも良くなかった。潜り始めた当初、ダンジョンでの戦闘に慣れない物も多かった事で少しの行軍ですらもままならない状況に陥ってしまったが、『マーク』の2人の尽力と堂島の機転により、時間が経つごとに動きは最適化され、5日目の昼頃になるとかなりの速度でダンジョンを進むことが出来るようになっていた。


 しかし、冬弥は時間が経つにつれて段々とフラストレーションを溜めていた。多くの者が行軍に慣れるその間、冬弥が戦闘したのは前方が討ち漏らした蜂型のモンスター1匹のみ。

 戦闘狂で日夜戦いに飢えているというわけではないが、少しでも力になりたいと奮い立たせた戦場で、剣を振るう機会が一度だけというのはどうしたって看過できない。


 それは冬弥だけに言えた話ではなく、冬弥が指揮する事となった前衛班ほとんどに言える事だった。その中でも特に蘭香は気が立っており、未だ意識不明でいるという幼馴染の琴を案じるが自分には何も出来ないというモヤモヤと重なった事で、今すぐにでも前線に飛び込もうとする蘭香を全員でどうにか宥めている状況だった。

 蘭香までとはいかなくとも、冬弥の指揮下に入るほとんど全員がすぐにでも前線に向かいたい気持ちでいっぱいだった。


 その後、堂島に練兵を兼ねた初級階層での戦闘のため、熟達した戦闘経験者は後に控えてもらっているという説明を受け、再び渋々了承した冬弥達が戦闘出来るようになったのは、行軍を始めて2週間になる頃だった。


 負傷者を出しながらも、人数の有利と手数の多さでどうにか10階層を抜け、中間拠点を組んだその晩。冬弥と世羅という男の2人が堂島に呼ばれた。

 世羅は冬弥と同じように熟達後衛班の指揮を任されているようで、「明日から君たち主導に攻略を行う」と堂島から説明を受けた。その日は遅くまで作戦について話し合い、やっと明日から役に立てると久しぶりに朝を楽しみに眠りにつけると思っていた。


 宿舎への帰り道、班の陣形を思い浮かべながら上機嫌で進む。歩く速度も心なしか速く、歩幅も広くなっている。明日が待ち遠しいのだろう。その時、ふと別の班のテントが目に映る。

「西條、?!、」

 ダンジョンに潜る前、天谷と3人で談笑して別れた西條は、片腕が欠損し顔半分を葉っぱに覆われた状態で、どこか一点を見つめるように佇んでいた。

読んでいただきありがとうございます。


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