終結に続く
天谷は内心焦っていた。しかしその焦りを表に出す事がどんな結果に繋がるのか理解しているため、悟られないように平然とした表情を浮かべる。
堂島と合流し、合同ダンジョンアタックについて数回話し合いを設けた。その後、参加シェルターの中で協力的なシェルターにも声をかけ、堂島達が生活するシェルター748に集まり意見交換をする事に。
最初は参加してくれたシェルター側からの意見を聞くことに注視し、話を一度持ち帰った後、再度集まりお互いの意見や状況をすり合わせていった。合同ダンジョンのホストであり、主導となって動くはずのシェルター800に起こった不測の事態。当事者の堂島や天谷だけでなく、何も知らない状況にいる他シェルターの住民たちが作戦に不安を感じるのは当然だろう。
当初予想していた結果とは大きく異なり、ダンジョンアタック以外への質問に溢れた。モンスター侵入には日ごろどんな対処をしていたのか。シェルター内で発生した可能性はあるのか。など、6000人規模のシェルターが一晩で壊滅したことについて大きな不安と、焦りで満ちていた。
彼らは皆一様に自らにも明日起こり得る厄災なのではないかと考えている様子だった。堂島は彼らを宥め、不安をかき消すような大きな声で「今回の事態はシェルター800内で起こった人災だ、」と言い切った。
その言葉がどのように作用したのか、彼らの心を読むことなど出来ないため天谷にはわからない。しかし、一つ確かな事は彼らの目に浮かんでいた明日への恐怖が、ダンジョンアタックへの心配に変化していた。
堂島は続ける。
「シェルターの拡張機能で、防衛システムというものがある。大規模シェルターであったシェルター800では維持費が馬鹿にならなかったため、人員を割きその代わりを務めていたが、ダンジョンアタックに成功した場合、中規模シェルターであれば運用コストを削減して常用できるようになるはずです。」
彼は嘘を言った。正しく言うのなら嘘ではないが、あの馬鹿高い防衛システム維持費を賄えるような魔石がダンジョンから発見されない限り不可能だ。ひと月に藍色の魔石がひとつ。藍色の魔石を落とすモンスターを倒せるようなシェルターであれば、防衛費など必要ないはずだ。
しかし、堂島の発言でさらに空気が変わる。なんとしてもダンジョンアタックを成功させてやるんだと、強い思いがそれぞれに芽生え始めている。堂島は天谷の方をチラッと見で合図を送る。それに合わせて天谷は立ち上がった。
「今から伝える作戦は第一回合同ダンジョンアタックの中核を担う重要な内容になっています。当日までの秘密厳守、また、聞き漏らし聞き違いの無いようにお願いします。」
天谷は上手く喋れているか不安だった。何度も練習した作戦概要。口が覚えている通りに話しているだけで内容に関しては頭を通して話せていない。それもそうだ。今彼らに伝えている作戦は全て嘘になる。ここも正そう。正しくいうなら嘘ではない。今自分が話している絵空事、万に一つくらいしかあり得ないご都合主義の結果になれば万々歳だ。
しかし、そんな上手く行くはずない。そんな簡単ではない事くらい痛いほど知っている。綜馬くんがいれば万に一つのこの作戦が千に一つくらいにはなっていたかもしれない。
こんな時にたらればを言っている余裕などないが、見たくない現実の山積みを前にした時、ついあったらいいなを考えてしまうのは仕方ないだろう。誰に文句を言われようと自分が許す。
伝えている作戦は単純なものだった。それぞれを班に分け、前衛班三つ、後衛班二つ、補助、救護班一つの合計六つの班でダンジョンに潜る。前衛は消耗が激しいことが予想されるためローテーションで交代していき、3日目の夜までにはキャンプ予定地を確保。
前衛班二つ、後衛班一つでキャンプ地から探索を行い、2時間でキャンプ地へ戻る。この繰り返し。目的地の20階層までの予想到達時間は1ヶ月となっている。
その他詳細は天谷と堂島が補足していき、各シェルターには参加能力者の能力概要、能力者の当人の実力や気質を前衛、後衛、補助救護のどれかに分類し提出してほしい旨を伝えた。
シェルター748に来ている彼らには事前に参加者名簿を作ってきて欲しい事は伝えており、能力についての備考も頼んであるため、今日に関して言えば滞りなく計画は進むだろう。
ただ、この話し合い後に各シェルターの代表者のみが見ることのできる匿名掲示板に同内容を記載するのだが、秘匿性の高いシェルターであれば断られる可能性も大いにあった。
能力の開示は大きなリスクを生む。具体的な能力を言葉にしなくとも、どんな攻撃や環境が得意で苦手かという情報さえ出てしまえばやりようはいくらでもある。
実際、天谷と堂島の考える本当の作戦では、各シェルターのある程度以上の実力を持った能力者をギリギリまで温存し、どうにか15階層辺りまで進めた後、少数精鋭で攻略する事を考えている。
その場合、15階層までの間消耗するのは、平均的な能力を持つ者たちであり、それが何を意味するのか堂島と天谷は頭でわかってていても言葉に出す事は出来なかった。
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天谷の護衛としてついてきた冬弥は、シェルター748の様子を見回りながら改めて堂島の凄さを実感する。
自分たちが生活するシェルター805は、冬弥達の事を受け入れてくれてはいるがあくまでも客という接し方を崩す事はない。元800の住民達とは距離を作り、反感は買わないようにできるだけ恩をうろうという意志が透けて見える。
その空気感に居づらさを感じている冬弥は、自分の力を誇示するとともに共生するメリットを理解してもらうため、積極的に魔石収集を行っていた。そのおかげかはわからないが、元800の住人と対等にコミュニケーションしてくれる人も増えてきている。
確かな進歩を感じていた冬弥だったが、シェルター748を訪れて自分の進めた一歩は本当に僅かなものだったことに気付かされる。
凡そ6000人の住民達は均等に分かれたわけではなく、それなりの人数差は生じている。羽間の率いるC班が最も人数少なく、1000人ほどで、時点に少ないのが1500人ほどのA班。堂島が率いるB班が最も多い3500人。ある程度誤差はあるものの、大まかな人数だけで見るとどの班が最も統率するのが難しいか一目瞭然だろう。
それだけの人数を統率しながらも、中規模シェルターの住人達と大きな不和を生むことなく共生。堂島という男の有能さには関心の域を超えた凄みすら感じさせられた。堂島たちが話し合っている間、冬弥は様々なところを見回りその度に新たな関心を生んでいった。
「あれ、冬弥くん?」
シェルターの中心で行われている配給の前をちょうど通った時だった。
「冬弥くんだよね、僕だよ僕。」
少し間を置き、冬弥は驚きの声を漏らした。
「西條!!」
天谷と冬弥を古くから知る人物であり、あの天災が起こった後消息不明だった友人。旧友との邂逅は大きな悲劇へ連鎖していく。