共同
シェルター812の中は静寂に包まれていた。数時間前に空から見た時とは大きく様相が異なっている。おそらく中心街的な場所を目指して進もうにも土地勘がないため、無暗に動くのもなんだかなと、人か看板でも見つけられたらの気持ちで行動する。
入ってすぐに見えた団地ならばもしかしてと考え、その近辺をさっきからうろついているが、人の気配は一切感じる事が出来ない。
やっぱりどこかに集まっているのか、それともここもシェルター800と同じように――
色々と思考を巡らせながら、なかよし公園のベンチで小休止をとる。お菓子でも口に入れようかと思い、あたりに人がいないか、今度はいないことを願う理由で周囲を見渡す。
いないな、となんとなく視線を手元に戻す瞬間に目の端で動きを捉える。団地の一室のカーテンが揺れた。反射手に行った二度見でそのことを確かめると、開こうとしていた『空間魔法』を閉じてその部屋に意識を向けた。
少しの間、その部屋を見続けたが動きはなく、まるで外の視線に怯えているか、身を潜めているか、、思い出すとカーテンの動きもかなり不自然だった気もしてくる。バレた!と言っているような必死の動き。すぐにでも情報が欲しい綜馬は、部屋に向かって行こうと考えたが一度立ち止まり、冷静にそして確実な方法をとろうと[カンジ]を呼び出した。
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息を切らして階段を降りる。何回か前は慎重に音を立てず降りていたが、そんなことしている場合ではない。急いで駆け下りていく。サッカー部時代の走り込みのおかげか、体力はギリギリのところで頑張れているがサッカー部以降、碌に運動してこなかったつけもあり、限界はもうすぐそこまで来ていた。
自分の浅はかさと、頭の悪さに怒りを覚える。少しくらいなら窓からのぞいたってバレないだろうという、自分がそう信じたいだけの願いを事実であるかのように認知し行動した。その結果がこのざまだ。拘束をして団地に詰めこんでいるのに監視がいないはずがない。少し考えれば誰だってわかる話だ。
こうなってしまったのは仕方ない。地の利は自分にある。これだけ逃げてもみつかるのだから普通に逃げてももう無理だろう。仲間を呼ばれているかもしれない。それなら隙をついて背後から切断魔法で、と地上と階段を繋ぐ郵便受けの辺りにある隙間に身を隠しその時を待つことにする。
コツコツと慌てるでもなく無機質に追ってきた彼の足音が聞こえてくる。背中からいければ最高だが、最悪出会いがしらでもいいと、魔法を展開する。青年の彼は階段から降りた後、周囲をきょろきょろと見回った後、その場に留まり何かを待っている様子だった。
いまか、今なのか、とここではもうミスれないという焦りが判断を難しくする。きっと今だ。そう決心して、ゆっくりと音を殺してにじり寄る。
が、ザッザッと足音がもう一つ近づいてきてしまった。これはもう駄目だ。ならばせめてと、渾身の魔法を目の前の彼に向けて打ち込む。狙うは足。この世界で四肢が欠損するというのはどんなことか、考えるだけでも心が痛いが、彼に被害者になってもらう事で脅威として交渉材料になる可能性は高い。申し訳ないと念じながら右足を削り取った。
「あれ、」もう一つの足音がした方向から気の抜けた声がする。しかし、岸はそれどころではなかった。確かに『切断魔法』は発動した。時間を使って威力も貯めた。目の間にいた青年。岸が願った悲惨な結末とは違い、魔法を打ち込んだ次の瞬間、彼は煙のように消えてなくなってしまった。
まさかの事態に言葉を失う。対人戦闘の経験は無くてもモンスターとの数えきれない戦闘経験から『切断魔法』の威力と恐ろしさは十分理解していた。人に向かって使った経験がないわけでもない。混乱により慌てていると、誰かが顔を覗き込んできた。ここで自分は追われていて、逃げなければならない立場であることを思い出したが、もう遅い。顔を見られたことで戦闘かシェルターから逃げだすの選択肢しか残されておらず、戦闘に関してはさっきの事もあるため、岸は敗北を悟った。
「ったく。あぁもうくそ。抵抗しないから連れてけよ。あのくそハゲのところによ!」
「それって僕に言ってます?」
帰ってきた言葉は岸の予想したどれとも違い、首をかしげた青年が困った様子でそう答えた。
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「って事は、羽間さんがみんなを?」
「その羽間って言う人かはわからないけど、ハゲ頭で恰幅のいい爺さんだった。そう言えば、つなぎみたいなのを着てたな。」
「それじゃあ多分羽間さんだ。」
「それで、君。綜馬君はどうする?自分を羽間さんの元へ連れていくかい?」
綜馬は突然の出来事がいくつも重なり、頭を悩ませる。
「た、多分。連れて行ってもダメだと思います。岸さんの話では堂島さん、シェルター800の町長がいないみたいなので、僕が何言ってもあんまり意味ないんじゃなかなって。」
「確か、三つに分かれたって話だったと思うよ。」
「え?」
「君たちシェルター800の住人達は、三つのシェルターに分かれて避難したってその、羽間さん達が話してるところ聞いたんだ。」
「それでか、」
「綜馬君はその堂島さんって方を探しに行く?」
綜馬は再び返答に困り、言葉を詰まらせる。[カンジ]を使えば時間はかかるが、闇雲とまで行かなくて済む。ここが違うというのであれば、他に二箇所探せばいいだけ。しかし、シェルター812の現状と、ここに堂島がいなくてももしかすると琴、椎木、天谷の誰かがいるかもしれないという期待だってある。
羽間に話が通じるか不安だが、シェルター812の住民を解放するように頼んだり、堂島を探す手伝いをしてくれる可能性だってある。
本音を言うなら羽間には会いたくないが仕方ない。綜馬はゆっくりと首を振り、
「僕は残ります。羽間さんとちゃんと話さなきゃいけないので。」
二人は作戦を話し合った。作戦というとなんとも大仰だが、綜馬も岸もまともに話し合いに行って、そう簡単に取りいって貰えるとは思っていなかった。
事実、なんの考えなしに向かっていれば岸は拘束。それもこれまで以上に強く、綜馬はあしらわれるか、なぜ一人で来れたのか、どうして昔シェルターを逃げ出して生き残れていたのかという様な聞かれたくない話を質問攻めされるかのどちらかだっただろう。
ある程度話がまとまった後、
「あのさ、綜馬君って特別な魔法使えたりする?」
岸は思い切って、先ほど起こった奇妙な出来事の理由を綜馬に聞くことに決めた。
綜馬は少し黙って、ゆっくりと頷いた。その反応を見て、岸は自らの話を始めた。岸は大げさに足元にある椅子に向かって手を振り下ろした。綜馬は、不思議そうにその一部始終を見ていたが、それが何を意味するのかすぐ理解した。
騎士が振り下ろした腕に合わせて椅子に亀裂が入る。団地の一室に残されていた椅子は何の変哲もないありきたりな木の椅子だった。亀裂の入った椅子はそのままゆっくりと半分に割れて自重に逆らうことなく、ぱたりと倒れた。
「これは?」
綜馬は、目の前で起こった不可解な出来事に対して、なんとなくの答えを持ち合わせていながら、岸に問いかけた。
「これが自分の特別だ。」
特別。その言葉は、綜馬にとって喜びでもあり、苦しみの元凶でもあった。この時綜馬は、自分以外に特別がいたことにえも言えぬ感激を覚えた瞬間だった。