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知らずに

 シェルター800内を見回り終えた綜馬は、シェルター800の現状を大方理解した。何かしらの外的要因によってシェルター800は壊滅状態に陥った。

 けれど、綜馬が最初に想像した最悪の結果にはなっていないようだ。


 四方にある出口に向けて逃げたのだろう。それぞれの出口に続く道が荒れ果て、その時の必死さを表しているようだった。


 一縷の望みを込めて小学校内の会議室にも訪れたが、堂島の姿はなく、こちらも必死だったことを裏付けるように、部屋中がひっくり返されたような状態になっていた。


 綜馬はその後、倉庫に残っていた日用品や、食料品を盗難されないようにアイテムボックスへ入れて、郵便物も回収した。

 その時に、会議室と倉庫に書き置きを残し、シェルター800を後にして一度自宅で休むことにした。


 倉庫から出て、出口に向かう途中で物音が聞こえる。人の気配ではない事はわかる。シェルター内という事で隠密と気配察知を解いていたが、もしかしてと気配察知を発動すると、モンスターの気配を受け取った。


 ズチャズチャ、


 何かの動きに合わせて、這いずるような、湿った音が聞こえる。音のする方向へ歩き進むと、住宅街の一角が隆起したような地形に変わっている。

 何かが、地面を掘り起こし潜り込もうとしているように見えた。


 意味はないとわかっていたが、綜馬は声を出しながら死角になっている塀から何かが蠢く場所に飛び出た。


「何やってんだ!?」


 そこにいたのは泥に塗れた粘液。生き物ではなく、粘液が体を持っているような――

 ここで綜馬は理解した。目の前にいる何かの正体。


 本来ならば、ここを離れた堂島や天谷たちのようにスライムに対して脅威を感じるべきなのだろう。戦闘を好まない綜馬であれば尚更。

 コボルトやゴブリンでさえも極力戦いたくないため、シェルター外では隠密と気配察知を常時使用しているほどだ。


 堂島や天谷など、崩壊した世界であっても社会性を持って生活する多くの人間であれば、スライムの脅威というのは周知されている。また、聖や『マーク』の面々のような戦闘を生業とする者達からしても、スライムの脅威は実体験から学び得ている。


 つまり、社会性のない生活に身を置き、それでいて常日頃から戦闘を避ける人間ではない限り、スライムを脅威と知る機会はザラにあると言える。

 常識的に考えれば、そんな人間はいるはずはないが――


 綜馬は目の前で非科学的に動く液体を見ながら、この世界になってから味わったファンタジー感を再び感じた。


「これが、スライムか。」


 つい言葉も漏れる。ゲームや漫画を見なくてもスライムという言葉とイメージは多くの人に浸透している。ファンタジーを愛する人たちからすれば、一番手前のモンスター。モンスターの象徴とも言える存在だろう。


 後者に該当する綜馬は、スライムに会えた感動がモンスターへの恐怖を上回った。

 ゴーレムと似た構造という知識は持っているため、最悪[カンジ]と[朔]を出せばどうにかなるだろうと、油断すら生まれている。


 じっくり観察するようにスライムに近づいては、液体がブロック塀を包み込む溶かす様子を見ていた。その後、しばらくスライムの観察をした綜馬はアイテムボックスから吸水シートを取り出す。

 ホームセンターで一応集めておいた品が役に立ちそうだ。


 分身を生み出し、個包装を剥きながらカゴいっぱいに吸水シートを放り込んでいく。あっという間に山盛りになった吸水シートをスライムに向けて投げつけた。


 虫に殺虫剤をかけるように、人型のモンスターに催涙スプレーを吹きかけるように、綜馬の持つ資材の力を使い戦闘を簡略化するいつもの手段。


 スライムの体積はみるみる減っていき、見上げるほどの大きさだった全身が、くるぶしくらいの大きさまで一瞬にして縮んだ。

 このまま核を潰してしまおうとトンカチを核に向けて振り下ろすが、手が止まる。ゴーレムのように核を取り出せないかと思いついた。


 ゴーレムの時は[朔]が作業していたため気が付かなかったが、核が近くなるにつれて身を覆う粘液の粘度が高くなっている。ゴーレムであれば硬化していたかもしれない。


 そんなふうに考えながら粘液をスコップで削ぎ落とし、核が剥き出しにする。核をキッチンペーパーで拭き取り、周りについていた粘液を完全に拭いきった。

 足元に溜まっていた粘液は意志を持つように、核を握る左手の真下に集まっているが、ただそれ以上何かできるわけでもなく主人を待つ犬のようにただその場に伏すだけだけだった。


 スライムの核を空間魔法の中に収納する。その瞬間、生き物のように蠢いていた粘液は、糸が切られた操り人形みたいに動かなくなった。最初から核のみを収納できれば楽なのだが、消費魔力が膨大である事と、意志を持つ生物を許可なしでは収納できないという特性によって、魔力だけ消費して失敗する可能性が高いため今回は確実は方法をとった。


 スライムを討伐、正しくは捕獲した綜馬は本来の目的である帰宅をするためにシェルター800を後にした。


―――――――――――――――――――――――――――


 散り散りになったシェルター800の住人たちは、それぞれお世話になっているシェルターでの問題と同時に、合同ダンジョンアタックという大きな問題も抱えていた。


 特に、合同ダンジョンアタックの指揮を任されていた堂島にとって、今回のシェルター800を放棄した事は相当痛手になっている。

 ある程度の書類は持ち出せたが、指示系統に必要な書類と、各シェルターとやりとりした作戦書を置いてきてしまっていた。他にも討伐隊とやりとり出来ず、各シェルターへの連絡も出来ていない。


 掲示板による報告でシェルター800が壊滅した事は多くのシェルターに知れ渡ったが、掲示板では発信ができても連絡を取り合う事は難しい。

 簡易的な報告なら出来るが、コンスタントに連絡しあうためには魔石の消費力が馬鹿にならない。それは堂島達だけではなく全体に言える事のため、連絡するのにシェルターの貧富差が出てしまう。


 最悪の場合は掲示板による連絡をするしかないと、『マーク』には魔石を集めて欲しいと頼んでおいたが、出来る事なら綜馬の手を借りたい。


 今回のような非常事態が起こった事で、綜馬の重要性を再確認すると同時に、綜馬の持つ圧倒的な能力の可能性にも気が付いた。


 なんにせよ、合同ダンジョンアタックまで時間がない。堂島の取れる手は限られており、綜馬と連絡を取りたくてもその手段を持ち合わせていなかった。幸い、『マーク』の面々は協力的に動いてくれている。能力の高い彼らの力を借りられるのは今持っている堂島の手札の中で最も有力なものだと言えた。


 合同ダンジョンアタックの延期はないと掲示板で通達済みのため、不足がないように準備するしかない。今こうしている間にもシェルター800の住人たちは様々の問題に直面していると考えた時、町長として出来るのは戦果を挙げて、復興までの間受けいれ先で心地よく過ごしてもらうそれだけだった。


 近隣シェルターのためにシェルター800が主導となってやったと知られれば、復興までも早くなるかもしれない。とにかく今は目先の問題が先決だと、大きく予定が変わってしまった当日に向けての流れを調整する事にした。


 

 

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