離散
綜馬は丸一日歩き続け、やっとシェルター800の青白い発色が見える位置までやって来れた。
ここまで来るのに何度道を間違えた事か。全身に汗をかき、澄んだ朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。何度か仮眠をとったが、魔力の消費が怖くて満足な休息は取れていない。
シェルターの外壁を見た時、一度家に帰る事も思い浮かんだが、早く堂島に報告したほうがいいと考え、シェルターまでの見慣れた道を足早に進んでいく。
足はパンパンで、痛みもどうにか騙し騙しやってきたが、シェルターが見えてからは不思議と力が出てきて足取りは軽い。
はやく、はやく、はやく、と逸る気持ちを落ち着けながらシェルター800の正面入り口まで回る。
「なんだよ、これ。」シェルターの構造上、外から中を見渡せるのは結界の切れ間となっている入り口からのみ。
綜馬はまさかの光景につい言葉を漏らす。まさかこんな事になるとは、驚きを堪えきれないほどの衝撃を受ける。
綜馬の眼前に広がる景色。シェルター800のシンボルとも呼べる小学校が半壊していた。
視線小学校から周り住宅街へ移る。無事な建物も確認できるが、小学校から綺麗に線を引くように形すら残っていない空き地が出来ている。何かが這ったような道筋。
衝撃的な光景に息を呑むと同時に、住民の安否に意識が向く。
いつも正面入り口で警備する警備隊の姿が見えない。
いつもシェルター付近を巡回している住民や討伐隊の姿も見えない。
全滅の二文字が脳裏をよぎるが、僅かに残る理性がその考えは早計だと待ったをかける。
ガラ空きとなっている入り口からシェルター800に踏み入れる。いつもはクロウで出入りしているため、正規の入り口から来るのは随分久しぶりだった。
何よりも先に、一番気になっている小学校へ足を向ける。正面入り口から小学校までの道は千切れたキーホルダーや、踏みつけられた包装紙などが散らばっており、住民たちが急いで逃げたというのが見て取れる。
全滅を予想したのが早とちりだったと安心する。ひとまずの不安が取り除かれた事で次に気になるのは、シェルター800が壊滅に至った経緯と、住人―― 特に琴、堂島、蘭香、天谷辺りの綜馬を気にかけてくれていて、綜馬が心を許している人達の安否。
ここで立ち止まって考えても仕方ないなと、綜馬は何か手がかりが無いかと壊滅状態にある小学校に向かっていった。
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シェルター800の放棄は近隣のシェルターだけでなく、シェルター間で行われる掲示板機能によって日本だけでなく世界中に衝撃を与えた。
6000人規模のシェルターは大規模シェルターに分類され、シェルターの持つ効果は小規模のものとは比べ物にならないくらい高いと考えられている。
単純な労働力の数が影響しているというのも理由だが、人から漏れ出る魔力を吸収しているシェルターは、吸収によって成長していると考えられている。
そのため、シェルターの人数に対応したクエスト、ミッションが発生したり、大規模でしか発動できない効果も確認されていた。
つまり、大規模シェルターに分類されるシェルターの安全性は、世界の共通認識として確立していた。その不敗神話が一匹のスライムによっていとも簡単に粉微塵になってしまった。
聖の判断力と、天谷の予測によってシェルターへの被害は大きかったものの、死亡者は数名に抑えることが出来た。天谷はこの被害に関して自分を責めているようだが、シェルター外の世界は常に不測の事態に溢れている。
未来予知でも出来ない限り、6000人規模の避難指示を問題なく遂行するのは不可能だろう。充分称賛されるべき功績を残している。
近隣シェルターに分散する形で避難したシェルター800の住人達は、これからについて考えないように静寂を貫くか、間を埋めるために口を動かし続ける事でどうにか現実から目を背けるのに必死だった。
新天地での生活や、シェルター800の状況、再び死を間近に感じた事による恐怖など、今自分がどうやって立っているかも不透明で、その上不安定だと知らされている地面という現状は現実逃避をする以外出来なかった。
この状態にシェルター800の住人達のほとんどが陥ってしまい、まともに機能するのが数人くらいになってしまっている。
「それでさぁ、いつにするの?あまやん。」
「冬弥くんの気持ちもわかるけど、今はそんな事言ってる場合じゃ無いでしょ。」
「だってしょうがないんでしょ?俺が帰ってきた時はもう手のつけようなかったわけだし、それならダンジョンアタックして、ここのシェルターの役に立った方が良いっしょ。普通にさ。」
「もちろんその通りなんだけど、ほら、冬弥くんの仲間も、」
「俺なら討伐隊の奴らいなくても平気だって。聖がボロボロなったのは悲しかったけど、でもしょーがないじゃん。」
スライムがシェルター800を蹂躙し、彼らが助けてくれなければシェルター800の住人達は殆どが死んでいただろう。冬弥がシェルター800に帰ってきた時には、住人の避難がほとんど終わっており、放棄状態に近かかった。
冬弥は、討伐隊の隊長として、シェルター800の危機に何も出来ず、全て終わった頃にダンジョンから帰ってきた自分を許せなかった。
しかし、弱気になるのが今一番周りを不安にさせると自覚しているため、気丈に振る舞い何か出来ることが無いかと必死になっていた。
この必死さと、若さや強さからくる周囲への配慮に欠けている事に、冬弥は気付けていなかった。
天谷は気が立っている冬弥を宥めつつ、頭を悩ませる。ただでさえ、合同ダンジョンアタックの件でシェルター間はバタバタしていたのにも関わらず、ここにきてその根幹となるシェルター800が壊滅。シェルター800も一時放棄する事になってしまった。
現在、シェルター800の住人達は3つのシェルターに分かれている。
それぞれ代表者を決めて、天谷、冬弥が代表者を務めるA班はシェルター805。シェルターとして小規模だが、人数の少ないシェルターだったため、受け入れはとりあえずすんなりといった。
堂島、傭兵部隊でシェルター800の住人を救った「マーク」のジンとマオが代表者を務めるB班はシェルター748。
中規模シェルターに該当するこのシェルターは、元々ビル群だった場所がシェルターとなっているため、居住地が多く、唯一避難民を歓迎して受け入れてくれた。
問題は、羽間と、警備隊隊長の望月が代表者を務めているC班。予定ではシェルター753が受け入れ先だったが、入り口で数回の問答の末、受け入れを拒否され、一切交流がないシェルター812にひとまず受け入れて貰うこととなった。
しかし、シェルター812の住民達は受け入れを快く思っておらず、ほとんどが否定的だった。
数人程度ならまだしも、1000〜2000の受け入れはその受け入れたシェルターの生活を一変させる。小規模シェルターであれば圧倒いう間にシェルターの自治権のようなものは民意だと奪われ、中規模シェルターであれば、食料や日用品などの生活に必要な品が自分たちの分から減らされてしまうという恐れがあった。
また、一時的にシェルターに住まわせてもらい、復興までではなく別の大規模シェルターに受け入れてもらう事になったとしても、現住人達との軋轢は当然生まれる。
天谷と堂島は、お互いに連絡を取り合っていない状況であっても同じ事を考え、悩んでいた。
それに加え、堂島には「マーク」の存在が別の問題として悩みの半分を占めており、彼らが堂島含めたシェルター800に対して求めた要求について、正解に近い答えを必死に探さざるを得なくなっていた。