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夜明け

[シェルター800]


 忙しそうな綜馬と久しぶりにゆっくり会話できた琴は上機嫌だった。

 堂島からの頼み事を嬉しそうに報告してきたのは、驚きだったが綜馬の表情や話し方で彼は変わろうとしているのだと気が付いた。


 その事が何よりも嬉しくて悲しかった。


 琴にとって綜馬という存在は、破滅した世界の中で大切な人の1人だ。地球の構築を変えるあの大地震の日、偶然近くにいた綜馬に琴は救われた。


 モンスターからの脅威、母親の死、先の見えない不安、綜馬は、シェルター800に来るまでの間、琴の事をずっと気にかけてくれていた。


 綜馬自身も家族の安否がわからず、きっと不安で、立ち竦むようなモンスターの圧に堪えて、シェルター800までやってきた。


 当初の彼は秘められた力の使い方に悩みながら、みんなが幸せになれる方法を模索していた。けれど、それは失敗終わった。


 どこから見つけたのか、どうやって持っていたのか、綜馬の持つ物資に「みんな」は群がった。皆必死である事は分かっている。しかし、まだ高校生だった彼に倍以上歳の離れた大人が、寄ってたかって乞食の様にせびるか、卑怯者と口汚く罵るかのどちらかでしかコミュニケーションを取らなかった。


 綜馬は次第に心を蝕まれいき、いつの間にかシェルター800から姿を消してしまった。

 綜馬が傷ついている背中を何度も見かけたはずなのに、琴は綜馬にかける言葉を見つける事が出来なかった。そのせいで彼は姿を消した。


 あの日、琴はどれだけ後悔し、どれだけ自分を呪ったのかわからない。あんなに心優しい彼が出来る選択は、自分を限界まで削る事だというのを知っていたはずなのに。自分は見てみぬふりをしてしまったのだと。


 その後、堂島のおかげで綜馬はシェルター800に顔を出せる様になった、彼はもう2度と帰ってこないと思っていたから、彼の姿を見た時は涙を堪えきれず、陰でこっそりと泣いた。


 再会はめいっぱいの笑顔で迎えると決めていたから。


 それから、再開できた綜馬とよく話すようになった。これまでとは違う規則や、仕事を堂島が変えていった。そのおかげで、郵便という仕事を得た綜馬に、その補佐として琴が手伝う事で、向き合える時間を設けてくれたからだ。


 話の中で、彼はもうシェルター800には帰ってこないとは言っていたが、その方が良いと私も思った。あの時、綜馬に群がった連中は、今でも綜馬を見かけるとしばらく目で追った後、何かを察し、諦めて帰っていく。


 1人になるところを狙っているのか、それとももう綜馬にはあの物資はないと判断したのか。

 

 どちらにせよ、今の綜馬はシェルター間で重要な役割を与えられ、多くの住人とっては手の届かない存在になっている。おかげで綜馬が自分を削って多くの者に与えるなんて事が起きなくなっていて、嬉しかった。


 だから、今回、綜馬が堂島のために頑張ると再び立ち上がったのは、嬉しいと同時に悲しい気持ちが浮かんできた。

 誰かのために戦う覚悟を持てた優しさと、強さ、そこが彼の良いところだと知っているのに、それが最悪の結果になってしまったのを知っている。


 やめてと言いたい。無理をしないでほしいと伝えたい。


 けれど、こんなのはわがままだという事を琴はちゃんとわかっている。だから笑顔で綜馬を見送った。


 琴には綜馬の手を掴んで止める権利も、そんな力も持っていない。

 召喚魔法という希少な魔法を使えるため、シェルター内ではそれなりの地位と発言権を持っているが、性格と年齢のせいか、周りからは舐められている。


 綜馬が変わろうとする姿を見て、琴も決心がついた。自分も変わろうと。


 その日のうちに堂島と蘭香にシェルター外で修行をしたい思いを話した。


 召喚魔法は、2通りの召喚契約がある。

 

 1つ目は分かりやすく、魔法陣によって召喚されたモンスターを自らの力で打ち破り召喚獣にする契約。

 

 2つ目は野生のモンスターを与する契約。攻撃を加えたり、知能があるものであれば契約を結んだり、方法はなんでも良い。とにかく相手が自分の味方になるという意思を持てばどんなモンスターでも召喚獣に出来る。


 強い召喚獣を得るには、術者が強くなる必要があり、そのためには今のような数匹の召喚獣で満足している場合ではなかった。


 綜馬が可愛がるクロウは魔法陣によって呼び出されたモンスターで、知能が高かったため戦闘ではなく懐柔によって契約を結べた。


 しかし、それ以降能力の高いモンスターを手にする事は出来ず、世界が破滅したあの日の出来事がショックで中々シェルター外に出られずにいた。


 召喚できるのモンスター達は最初の数回、魔法陣によって現れたモンスター達だけ。みんな大事な仲間だけど少し頼りないというのが正直なところだ。


 そんな琴が勇気を出して外で修行をしたいと堂島と蘭香に告げた。

 両者とも驚くという点に関しては同じ反応だったが、それに対しての思いは正反対だった。


「長月さん、それは許可できない。」これは堂島の言葉。


「えぇ!琴も戦う気になったってこと!めっちゃ嬉しい!いつ行く!?私今からでもいけるよ!」これは蘭香の発言。


 正直どちらの反応も想像通りで想定内だった。堂島から反対されるのは当然だろうし、蘭香が積極的に賛成してくれるのもなんとなくわかっていた。


 琴からすれば蘭香の方がありがたいものではあるが、堂島の反応が常識的な判断であるという認識もちゃんと持ち合わせいた。


 そのため、正反対な反応を見せる2人のおかげで、自分の判断も2つに割れてどうしようかと頭を悩ませるハメになった。


 これは長い事悩むかもしれないと思いながら、2人に告げた帰り道を歩く。


 琴の住居はシェルターの中央部にあるマンションの一室。人気の物件で、住人達は能力を高く買われたものしかいない。


 家に帰ってもこの悩みはどうにもならないと思った琴は、遠回りして散歩がてら頭をリフレッシュしようと、いつもは右に曲がる場所を左に曲がった。


 向かう方向は、今朝ちょうど巡回した方向だった。今朝も見ていたという事もあり、道選びは悩まずに進めていた。


 せっかくならシェルター際まで進んで、外の世界を少しでも見ようと考えていたからだった。

 シェルター際付近まで来ると、少し騒々しくなってきた。


 この騒々しさに違和感を覚える。この辺りはあまり通らないとは言え、シェルター際で騒ぐなんてこと一度も聞いた事がない。


 違和感を抱えたままではいられず、騒ぎのする方向へ走って向かう。すると、


「やっちまえぇ!そうだ、顎だ、顎!!」

「お前に全額入れてんだからよ!倒れるんじゃねぇぞ!」

「おい!!お前なんだそのパンチ!」


 目の前で行われていたのはモンスター同士の戦闘。それもシェルター内での出来事。


 琴が異変だと感じたのはシェルター内にモンスターがいる事ではなく、そのモンスターがぐったりと弱りながらもモンスター同士で争っている状況だった。


 ぐったりと弱っている理由はなんとなくわかる。シェルターの効果だろう。シェルターの外にもモンスター弱体化の効果を送っているのであれば、シェルター内であれば当然その効果はより強いものであると推定出来る。


 ではなぜ、そんな弱ったモンスターがシェルター内に侵入でき、人間を襲うのではなくモンスター同士で争っているのか、


「あれは、サイバさんの力だよ。」


 突然、後ろからかけられた声に、大袈裟な反応を見せてしまう。

「あぁ、驚かせてしまったか。」


 そこに立っていたのは元町長、羽間だった。

 


 

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