偵察
[県境のダンジョン]
綜馬が相対するのは大きなカマキリ。なんなく3階層を抜け、4階層に入った時の出来事だった。
植生はこれまで見た1から3階層間では大きな変化はなく、一律して南国的な雰囲気を漂わせている。当然毒性の植物も見受けられるが、堂島の目論見通り食糧不足で撤退は無いだろう。
また、モンスターも地球原産の虫と殆ど様相は変わらず、警戒すべきは蜂や蛇といった、昔でも警戒していた対象だった。
とはいえ、能力を得た現在の人間にとっては警戒すべき対象ではあるが、脅威では無い。拍子抜けとまでは言わないが、中級という名前にフィルターがかかってしまっていたみたいだ。
そんな事考えながら4階層に降りた瞬間、空気が一変した。
植生に関しては見たところ変化はない。詳しく調査すべきだろうがその部分はこれまで通り問題ない。
それらを調べるために、バナナに似た果実を採取して確かめようとした時、目の前のバナナの木が斜めに滑り落ちる。
ギュァァァ!
自分の背丈と同じくらいの大きさカマキリ。触覚をひくつかせ、地球の頃に何度か見たことのある威嚇のポーズで構えている。
見下ろしていたあの頃は可愛いとさえ感じたカマキリの威嚇。しかし、こうして目を突き合わせて鎌を立てられると恐怖感しか湧いてこない。
おそらく対話など意味がない。入念に隠密していたはずだったが、そもそも虫にとって臭いや音は未知の世界。触覚を用いた感覚によって世界を測る。
綜馬がいくら注意していようが、落ち葉は踏むし、枝には触れる。その小さな変化があれば彼らは簡単に察知できる。
そもそも、綜馬はバナナ風果実を取ろうとしていたのだから、音を立てないとか動作を感じさせないなんて二の次だった。
偵察には向いていないから出していなかったが、[朔]を召喚する準備はいつでも出来ている。けれど、その隙を作れるかが問題だった。
変に小細工するなら純粋に攻撃した方が良いかもしれない。
右手で短刀を握り直し、左には携帯爆弾を用意する。
リーチはカマキリの方が上、移動速度も多分負けている。勝てるとしたら手数と判断力。そのために先手を譲る必要があった。
何度かフェイントをかけて、攻撃を誘うと簡単に引っかかり鎌を振り下ろしてきた。鎌が地面についた瞬間腕を切断しようと短刀を用意するが、もう片方の鎌が振り下ろされる。
一度の攻防で理解する。後ろから攻めるしかこのカマキリは攻略できない。
それならば、と煙幕を叩きつけカマキリの背をとりに腕の下を走り抜ける。膨らんだ腹は上りやすく、細い首は簡単に断ち切れそうだった。
力を溜めて切ろうとした瞬間、カマキリは宙を舞う。
飛び上がったカマキリの上ではバランスを上手に取れない。このままでは振り落とされると気付いた綜馬は、咄嗟に空間魔法でカマキリの頭を抉り取る。
何か深い理由があったわけでもない選択。ごっそりと魔力が減った感覚を味わいながら、カマキリは飛び上がれずに地に落ちる。
余計な魔力を消費したと反省しながらも、ここで倒せていなければ長引いていたかもという正当化の理由も思いつく。
気を抜いたその時、カマキリの全身は綜馬を振り落とし、闇雲に鎌を振り下ろす。
恐ろしいほどの生命力。全身をすり潰すような攻撃ではない限り一撃必殺なんてのは無理なのだろう。構造が哺乳類とは違う時点で気づかなければいけなかった。
幸いなのは触覚と視覚を持つ頭を抉りとれた事。
ただ鎌を振り下ろすだけの存在ならば敵ではない。綜馬は細心の注意を払いながら鎌を避け、腹の下まで移動する。そのまま勢いをつけて腹を掻っ捌くと、カマキリの動きは次第に弱り始め、やがて倒れた。
血というか、粘液のような虫特有の液体が腕に付着してしまった。毒性の心配はなさそうだが、順調に行っていた偵察が思いがけない接敵で全て崩れてしまったように感じてしまった。
カマキリの死骸は少しするとダンジョンに取り込まれ、魔石と鎌の素材を残して消え去った。なぜか綜馬の腕についた粘液だけは消えずに残っていた。
これもダンジョンの不思議と言われる現象だった。
とりあえず素材を回収し、今回の戦闘を細かにメモする。仮にこの規模のモンスターが頻出するのであれば攻略は相当厳しいものになる。
空間魔法で強引に首を刈ったために消費した魔力が多い。戦闘回数に限度を設けなければならないだろう。
森林のフィールドダンジョンという事で階層階段を見つけるのは困難を極めると思っていたが、階層階段付近だけ草木一本も生えていないため[カンジ]を使うと簡単に見つけられた。
威力偵察も重要だが、資源の問題とマッピングが第一優先だろう。
この先は身を隠しながら[カンジ]でマッピング中心に行動するしかない。
綜馬はいい感じに身を隠せそうな場所を探す。ちょうどいい場所を見つかるまで数回戦闘を行い、やっと根元に空洞がある木を見つけた。何かの巣である可能性も確かめたが大丈夫そうだ。
念の為、分身を作っておき不測の事態に備えておく。[朔]を作り出す余裕はないため、完全複製とまではいかないがそれなりの能力を保った分身体を2人近くの茂みに潜ませておく。
結界石、消臭石を使いその効果の中心に座って身を隠す。用意しておいた[カンジ]に意識を移し、上空からの偵察を始めた。
―――――――――――――――――――――――――――
フィールドダンジョンには天井という制限が存在していない。階層階段を降りると、そこには広大な土地が広がっており、空を有する場合、現実世界と同じように空も創造されている。
フィールドダンジョンに訪れた探検家や冒険者は、空でも飛べたらなとボヤくように空中移動はこの時代も人の夢であった。
当然、空にも脅威は存在しており、実際に空を移動するとなると地上とは違う緊張感を持ち続けなければならない。[カンジ]自体は戦闘力が皆無で、幻術を使って空にいる脅威をどうにか避けながら偵察を続ける。
幸い見かけるモンスターは少なく、このダンジョンには空を支配する圧倒的な存在はいないようだ。時々見かけるこぶし大の虫に気を付けるくらいで偵察は順調にいっている。
4階層を降り、目的地として考えていた5階層。そこに広がる景色もこれまでと同様、鬱蒼とした森林がずっと先まで続いていた。4階層で対峙したようなカマキリや、それと似たようなサイズのモンスターは上空からでは見受けられない。
もしかするとあのカマキリは初球の岩窟ダンジョンで言うところのゴーレムだったのかもしれない。ランダムスポーンであるならあの強さも納得だ。
そう考えるとここはやっぱり中級ダンジョンなんだなと理解する。まだ浅い層だったのにも関わらずあれだけの力を持ったモンスターが湧いてくる。帰って、ちゃんと伝えなければならない情報だった。
その後も[カンジ]で5階層を見て回り、階層階段の位置と、確実に食べられる果樹、植物を確認したのち、本体に意識を戻し[カンジ]の分身体を解いた。
大雑把に印をつけておいた地図を、丁寧に清書し、補足情報を書き込んで行く。おそらく、堂島しか見ないもののため、裏表真っ白のコピー用紙に書き写した。
5階層以降も気になるが、下手に欲を出して取り返しのつかない事態になっては困る。こういう時は自分では無く集団の意思を優先すべきだという事を知っている。
地上でに出るまでの間、せっかくなのでモンスターの特徴も書き込めるように積極的に戦闘しようか頭を悩ませる。
綜馬の仮説ではカマキリクラスのモンスターはランダムスポーンであり、基本的には手こずる事は無さそうだと考えている。そのため、出来るだけ多くの情報を落として、5階層に辿り着ける人数を増やせる協力をしたいと考えたのだ。
魔力の残量と、疲労感を合わせて相談した結果、積極的な戦闘を選ぶことにした。大体三分の一程度の魔力を消費しているため、デッドラインは三文の二を切るくらい。
カマキリのような中型モンスターと対峙した場合は、戦闘ではなく逃げる事を決めて、なるべく早くダンジョンを出るようにする。
可能ならば、空間魔法内になる殺虫剤を使ってみたり、毒性があるか不安な植物や果実を家で調べるためにいくつか回収していく事も決めた。
自分でも驚くほど積極的な選択だった。