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冒険前夜

 綜馬の秘密を直接的に知っている人間はこの世界には一人もいない。しかし、なんとなく勘付いているがわざわざ言及せず、その力を目当てに頼ってこようとしない人間が二人いる事を綜馬は自覚している。


 一人は長月琴。中学から同級生で世界がああなった日に偶々同じ場所にいた少女。常に綜馬のことを気にかけてくれる大切な存在。

 もう一人は堂島一輝。綜馬の引きこもり生活に何も聞かず、その後の活動を支援してくれる際も、所々詰めの甘い綜馬を守ってくれている存在。


 彼らの協力なしでは今の綜馬は存在していない。そのため、この力の話はいつでも彼らにするべきだと考えている。しかし最後の一歩が踏み出せない。覚悟が自分で思っているより必要みたいだった。ただ、こんな綜馬の思いさえ理解しているような素振りで、彼らは綜馬の口から話されることを待っているように思えた。


 そんな大きな存在である二人。彼らの力になれる事なら何でもやろうと、あの日誓った。


 そして、今日がその誓いを始めて実行できる日になった。


 ゴーレムの核を手に入れ、翌日いつものように郵便の仕事を終え、堂島宛の手紙を直接渡しに向かう。

 堂島は綜馬の突然の登場に驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、神妙な顔つきを作り直した。


 何事かと綜馬は態度を正して堂島の発言を待つ。少し間が空いて、堂島が口を開く。

 

「ダンジョンの偵察を頼めないか。」


 想定していた内容のどれとも違う。予想だにしない頼みだった。


 綜馬は元来、外に出る事が嫌いで、ダンジョンも必要でなければ行くなんて選択肢存在しない。

 いつもの綜馬であれば、つい昨日ダンジョンから帰ってきたばかりで、そもそもどんなダンジョンで、どうして僕が、みたいな言い訳みたいな言葉が簡単に思いつく。


 しかし、今日は違っていた。


「任せてください。」


 言い慣れた言葉みたいにスッと出たことが自分でも驚きだった。堂島も驚いた反応をまた見せたが、綜馬の目を見て何かを察して、その後はとんとん拍子で計画は進んだ。


 県境の中級ダンジョンへ偵察という名目で向かう事となった。


 堂島から告げられた第一優先は綜馬の身の安全。ミッション内容である20階層まで見る事が出来るのであれば、願ったり叶ったりだが、現実的にそれは厳しいため、5階層を目安にと頼まれた。


 余裕があればその下もと言われたが、少し止まって堂島はその発言を訂正すると言い、5階層までで頼むと言い直した。


 ダンジョンまでの地図は精巧な作りで、シェルターから配布されたものだという。物資の心配と、今回の仕事に関する報酬額の交渉になったが、全て終わってからお願いしますと言って、県境ダンジョンについての情報を教えてもらう事にした。


 県境のダンジョンは分かっている事があまり多くなく、1階層からフィールドダンジョンであるため、中級ダンジョンに該当し、昆虫、植物タイプのモンスターが出るとされている。


 森林タイプのフィールドのため、物資面ではダンジョン内で自給自足できる可能性も高く、また、中階層までは危険度の高いモンスターは出現しないのではと考えられている。


 それはフィールドダンジョンの特徴でもあり、ランダムスポーンのモンスターが生まれる代わりに常駐するモンスターの能力が高くならないという研究だった。


 そのため、綜馬の行うべき偵察は5階層までのモンスターランクの判別と、可能であればランダムスポーンのモンスターランク。フィールドダンジョンでの植生が偵察対象だった。


 他にも細かい話をすればいくつかあるが、時間と戦力的にそれくらいわかれば大丈夫だと堂島は判断した。

 それだけ戦力と資源の量には自信があったからだ。


 偵察はなるべく早くが良いという事だったので、今日の帰りにそのまま向かう事に決めた。この事を言えば余計に心配されそうだったので、堂島には明日の晩に向かうと伝えて別れた。


 帰りしなに琴と会ったため、軽く談笑をした後、クロウを今晩借りる事が出来ないか尋ねた。

 琴は理由を聞かず二つ返事で許可してくれた。


―――――――――――――――――――――――――――


 いつも通り装備や防具のチェックを済ませ、家を出る。この前のダンジョンで結界石は余分に持っているため、いつ帰って来れるかわからない部屋に多めに使っておく。


 今日は歩きで行かなくていい分、気が楽だ。屋上に上がり、笛でクロウを呼ぶ。夕焼けの眩しさを遮るようにクロウは上空から勢いをつけて降りてきた。


 いつもの餌に加えて、分身で作った複製品ソーセージを数本与えた。クロウは初めその味に驚いたが、すぐに気に入った様子でソーセージをねだってきた。


 甘え方があまりにも可愛かったため、追加で2本食べさせて、背に飛び乗った。クロウは頭が良いため、空路に関してはある程度指示を出せばその通りに進んでくれる。


 地図を読むのは得意ではなかったが、一輝さんとの話し合いでなんとなく位置関係が掴めたため、クロウに指差す方向へ飛んでほしいと伝える。


 黒く艶やかな羽を羽ばたかせクロウは飛び立つ。夕陽を背に浴びながら県境のダンジョンへ向かった。


 何度か道を間違えながらも、想定していた時間より早くに着く事が出来た。今日はダンジョンが見えるアパートの屋上に下ろしてもらったため、ここで一泊してから明日偵察に向かおうと考えている。


 どんな事態になるかわからないため、魔力の消費は極力抑えておきたかった。結界石を使ってから宿泊の準備をする。玄関が壊れておらず、そのままの状態だった部屋を借りる事にした。


 クロウはまた帰る時にお願いと伝えて、見送った。笛はちゃんと空間魔法の中にしまって落とさないようにしてある。


 この先何が起こるかわからない。もちろん無事で帰るつもりで、安全が第一優先なことには変わりない。しかし、万が一が常に隣り合っているという事は事実として確かにあった。

 

 今日は奮発したご馳走にするぞとクロウの背に乗った時から考えていた。倉庫と畑から、それぞれ決めておいた献立に使う食材を集めていく。


 倉庫からはステーキ用の肉。サシの多いものではなく赤身。それとバターをカゴに入れて、畑まで向かう。

 畑からはジャガイモと、とうもろこし、それともやしを収穫する。


 それぞれの下拵えをしながら、久しぶりにCDプレイヤーで『A列車で行こう』をかける。


 いつもの家であれば音楽一つ流すのにも警戒してしまうが、ここは今日までの拠点だ。今晩は結界石で守られるし、その後モンスターに占領されても問題ない。


 スウィングジャズ特有の小気味良さで、自然とステップを踏んでしまう。何気なくキッチンに立つ姿もあっという間に映画の一幕に仕上がる。


 ご飯を1から炊くのは食べ切れるかわからないため、空間魔法で炊き立て状態を保存しておいた白米を茶碗によそう。


 味や質感的は炊き立てと変わらないがやはり、目の前で立ちこめる湯気や、食欲くすぐるあの香りがないと炊き立ての味わいというのはなんとも感じづらい。


 ステーキの火入れを意識しながら、お湯を沸かしコーンスープの準備をする。

 茹で上がったジャガイモととうもろこし、切り揃えて、ジャガイモは油の中に入れる。


 手際よく調理を終わらせ、出来上がった料理を机に並べていく。バターの香りと香ばしい焼けた肉の香りが部屋中をいっぱいに満たす。


 椅子に座ったちょうど、『In The Mood』が流れ出す。再び映画の一幕に、今度はモノクロ映画調の仕上がりだろう。


 この光景を見た第三者はきっと、世界が破滅する前にあった優雅な夕食として見るだろう。


 食事と音楽で気分を高め、明日の冒険へと英気を養う。ここまで満たされているのに人とは欲深いもので、温泉に浸かりたいとか、気になってたアニメの続きでもなんて考えてしまう。


 昔の自分が恵まれていたのだと自覚した上で、今の自分も相当恵まれている事を考えて行動しなくてはと、ふと考える。


 成人していれば倉庫にあるワインの封を開けただろうが、生憎その年齢には達していない。来年の今頃になっていればワインを楽しめる歳になっているのかと思うと、時間の進みには驚かされる。


 綜馬が気分よく自分の世界に浸り、明日からのダンジョン偵察に緊張感と高揚感でいっぱいになりながら考えているその裏で、シェルター800には2つの最悪が起ころうとしていた。


  

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