再開を
目を覚ました綜馬はすっきりとした思考の中、様々な考えが胸中渦巻いていた。昨晩の出来事はこれまで綜馬が世界を信用できなかったという事実をひっくり返したものだった。
けれど、多くの人間へ警戒心を忘れることはないだろうし、なんとなくのイメージを作り上げてしまう事も完全にはやめられない。
それほどまでにララの言葉というのが綜馬の中で重要な意味を成していた。
「おはよう、綜馬。」
最後の見張り番を担当していたレオが綜馬の姿に気付き、挨拶を交わす。
綜馬は自分では答えを出しきれないこの問答に助けを求めるため、レオに何か言おうか悩んで、その言葉を飲み込む。
彼を試すような事をしているのと同じだ。求めている答えを聞くために試すなんてあってはならない。
考えれば考えるほど自分の嫌な部分が際立って見えてくる。
「みんなおはよーー!!」
続々とチームメンバーが起きてきた。綜馬は話しかける機会を失ってしまったと後悔のような安堵のような不思議な感情で満たされる。
最後に目を覚ましたのはララだった。それぞれ携帯食料を飲み物で流し込むように食べ、冒険の準備を始めたくらいに、
「おはよー」
と少し掠れた声でララがテントから出てきた。目も閉じて全身脱力したまま歩く様は、ほとんど寝ている姿と変わりない。
ララものろのろと支度を始め、30分後にはテントも片付けられ、今すぐにでも出発できるようになっていた。
テキパキと仕事をこなす彼らの姿を見て、綜馬は感心すると共に、少しの寂しさを感じていた。
「それじゃあ、綜馬。ありがとな。」
レオがみんなの言葉を代表するように話し始める。時間としては一晩と少し。彼らとの出会いで人生が変わるなんて事は無いかも知れないけど、明日の生き方は少しだけ変わるかも知れない。
人と関わる事を極力避けてきた綜馬にとって、レオ達との出会い、ララの言葉というのはこの先も残り続けるものになると確信する。
「こちらこそ、色々と、」
「そんな、一生の分かれみたいな顔すんな!お互い住んでるシェルターも知ってんだ。いつだって会えるんだぞ!」
レオから肩を叩かれた綜馬は、俯きながら話していた事に気付いて視線を上げる。
みんなが綜馬を見ている。目が合うと目尻を下げて笑みを浮かべているのだとわかる。
「また、今度は一緒に冒険しましょう!次はご馳走します!」
言葉足らずの別れの言葉。けれどそれで十分だった。
レオ達はそれぞれ綜馬と言葉を交わし、ダンジョン深層に向かう転移石を使った。彼らの残滓が消えるまで、綜馬はその場で手を振り続けた。
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消臭石はこの破滅した世界の中で、生活を支える重要な役割を果たしていて、
他にも結界石、転移石、魔石など様々効力を持つ石が存在する。
これらの異品は世界が破滅した際に出来た副産物であり、様々な方法で獲得できる。
岩窟タイプのダンジョンで獲得する方法が一番効率が良いと考えられ、理由としてはそのまま採掘出来るだけでなく、石をドロップするモンスターが多くいる事が考えられる。
綜馬も多くが考えるのと同じで、地上に湧いたモンスターから低確率でドロップするのを期待するより、少し面倒でもダンジョンに来た方が結果的に面倒が少なく済むと考えている。
レオ達がわざわざ遠征してきたのも、近所のダンジョンが混雑しているからだけでなく、効率や報酬の面を見てその方が良いと踏んだからだろう。
レオ達とは違い単独である事と、多対一が苦手なことから中層。このダンジョンで言うところの4から7階層で探索を始めるた。いつも採掘するのは6階層。ランダムスポーンのゴーレムが生成される階層。
7階以降は道幅が広がり、モンスターとの接敵回数は増えるだけでなく群れるモンスターの数も増えてくる。低級モンスターではあるが中には連携や作戦を用いてくる個体も現れるため、6階層に落ち着いている。
綜馬はいつもの狩場、それぞれの階層階段から少し離れ、あまり人が通らない6階層の端の方。袋小路になっているそこは、程よくモンスターが湧き、鉱石の鉱脈も生きている最高の穴場だった。
綜馬はその場所でいつも通り採掘しながら、索敵に引っかかったモンスターを狩るやり方から、新たに得た能力。いうならば【召喚分身】を使ってより効率的にできるのではないかと考えた。これまで何度か分身を使って効率を高めようと考えたことはあるが、人通りが少ないとはいえダンジョンはダンジョンだ。それも初級で物資も豊富。モンスター相手の索敵と人相手ではそれに使う労力、集中力、魔力の次元が違う。
しかし、今度の【召喚分身】では消費する魔力が多い代わりに自分とは一切違う者を生み出せる。黒の鎧兜は目立つだろうが、同じ人間が2人以上いるよりはその衝撃は全く別物だ。そこから綜馬の隠している能力についても詮索されづらい。
思い切って[朔]を作り出す。当然能力完全再現ではなく、かなり落とした値の[朔]。それであってもやはり消費魔力の量は
凄まじい。
簡単な命令だけは出来るはずなので、モンスターを狩ってドロップアイテムを集めるよう指示したが、理解を示していない様子だった。何度か説明方法を変えたり、作業を単純にしたがそれもいまいち効果が薄い。
そこでふと思いつき、[カンジ]も作り出す。そして、[カンジ]にさっきと同じ指示を出すと理解を示す。そして「朔」には[カンジ]の指示を聞くように言うと理解を示し、これで綜馬の思い付きがあっていたことを決定づけた。
[朔]は元々自我の薄い存在であるため、能力を落として作り出された個体は命令主がその場で何をするか逐一指示しなければならない。その命令主の役割を索敵、移動を得意とし、能力を高い状態でも作りやすい[カンジ]を仲介することで両者とも能力以上の力を発揮する。
[カンジ]の方に空間魔法を使ってアイテム回収するように教え、基本的な戦闘は都度[朔]に指示するように伝えた。
彼らの成功を祈りつつ、綜馬は自分の作業に取り掛かる。必要なものは消臭石だけだが、どんなアイテムであってもあればあるだけ得になる。空間魔法を使う者の役得ともいえよう。
郵便の仕事をしていると、掲示板に載せられる個人で出すことの出来るクエストのようなものを口頭で頼まれることが多々ある。
特に高齢の方は掲示板まで行くのが大変だったり、操作がわからないなどで、直接綜馬に頼んでくる。基本はシェルターの代表者に伝え、掲示板に載せてもらうという対処をするが、火急の用事や得意先などの要望に応えられるようストックしておきたい。
空間魔法から採掘道具を取り出す。小ぶりのピッケルとハンマーはホームセンターでストックしておいた品だ。少し乱暴に使ってもまだまだ在庫があるから安心だ。
剝き出しになっている鉱石から順番に採掘し始める。鉱石自体も少し強引な採掘であってもその効力を失うほど破損することはないが、限度はある、それに状態のいい物であればその分効果も高い。
几帳面な性格もあってか、綜馬は丁寧に作業し始める。
作業し始めてどれくらい経っただろうか。腰と腕が痛くなってきた。うぅぅ、と伸びをするとつい声が漏れ出した。
時間を確認するとお昼を回ったくらい。夕方には家に帰っていたいので、昼休憩を取るのにちょうどいい時間だった。
朝は携帯食だったため、昼はそれなりに良いものを作って食べようと倉庫と畑に向かう。
中途半端に残る豚ロースを見つけたため、カツサンドを作ることに決めた。油物は少し面倒だが、食べた時の幸福度が違う。
揚げ物なんて普通に生活している大勢からすると、死ぬまでに食べられたらなんで夢見る食事の一つだろう。
ララ達のことがあって、綜馬は自分の持つ資源に関して色々考えるべきなのかもと思い始めた。
これまでは資源を欲する人全てを、羽虫のような鬱陶しいものだと決めつけてどうやって払い除けようかとしか思わなかった。
けれど、母親が息子に久しぶりの甘味をあげるためだったり、辛い生活を頑張って明日も戦うために活力が欲しかったり、その人間の別視点からみた姿を考えるべきなのかもしれない。そんなふうに考えた。
考え事をしながら料理をしていると、あっという間に完成が近づく。キャベツをスライサーで千切りにして、軽く水気を絞る。
トンカツは2度揚げのおかげで衣がたって見るだけでサクサクなのがわかる。包丁を入れて、挟みやすい大きさにしていく。
刃を押し返すような弾力と、耳心地のいい衣が切れる音。断面から肉汁が漏れ出て、勿体無いと思いながら作業を進める。
パンにマヨネーズ、からしを塗り、キャベツ、トンカツの順で乗せる。ソースをかけて、パンで挟み込めばカツサンドの出来上がりだ。
トンカツはロース肉が思ったより多かったため、余分にあげて保存しておく。空間魔法の塩梅で、時間経過をほとんどゼロに抑えることができるため、冷蔵庫より保存性は高い。
カツサンドが残り2切れになったところで、脳内に情報が流れ込む。この感覚は知っていた。
集中力を高め、[カンジ]の視点に移る。
目の前には岩の塊。その岩の塊がしなるように動き、[朔]の剣戟をもろともせずに腕を振るっている。
ゴーレムだった。そもそもレアスポーンのゴーレムは中層で見かける事がほとんどない。中層の中での最下層、下層の入り口でもある7階層で稀に見つけるくらい。
掲示板や、人から聞いた話でもゴーレムの出現情報は中々出ない。
その理由はレアスポーンというだけでなく、ゴーレムを倒した時の報酬の多さにあった。
綜馬は視点を戻し、準備を始める。[朔]では恐らく勝ち目はない。核を見つけた破壊するという作業を知らない限り、ただ持久戦し続けるだけになるからだ。
残ったカツサンドを頬張り、口の中に残したまま空間魔法から出て、戦いの場まで急いで向かう。
ゴーレムとの戦闘に少し興奮していた。