7 元カレを好きな気持ちは今でも変わらなくて
「なぁ華紫波。夜星と仲良いのか?」
「どうしたの急に?」
火を起こすための資材を持ってきた弥恵を迎えた同じ班の男子、影石が唐突にそう尋ねた。
影石はクラス内でも中心を担う人物で、彼もまた弥恵や慎二と仲のいいグループの一員なのだ。
「遠くから仲良さそうに話してるのが見えてさ。普段教室じゃそんな様子も見ないから」
「たまたまだよ。出遅れた私たちと同じく、夜星くんの班も出遅れたらしくてさ。それで道中が一緒でただ話してただけ」
「そうだったのか……」
どこか腑に落ちない様子で影石はそう呟き、自分の持ち場へと戻って行った。
不思議そうに弥恵は影石の背中を見つめる。
弥恵にとっては最近話すようになったクラスメイトとただ話していただけ。
しかし影石からはどこか探られているような気配を感じ取った。
「そっか!」
弥恵は理解した。
男女が仲良さそうに話していると、疑ってしまうものだと……。
弥恵もつい先ほど、凛月がサービスエリアで話していた女子はもしかすると……なんて考えたばかり。
それも弥恵と凛月は影石の言っていた通り、教室では全く話さない関係。
そう見られても仕方ない。
「弥恵ちゃん、火は大丈夫そう?」
一人思考に耽ていると同じ班の女子、九条がそう尋ねてきた。
「多分大丈夫だと思う。一応コツみたいなのは教わったし、他の班を見る限り順調についてるみたいだし」
「それじゃあお願いね」
「うん」
弥恵はさっそく火を付ける作業に取り掛かった。
しかし――。
「何これ、難しくね?」
火はつかない。
マッチを投入しても、火は新聞紙を食らって一瞬だけ強まるが、すぐに燃え尽きてしまう。
「みんなどうやって付けたのこれ? 魔法?」
「魔法なわけないだろ?」
「っ!? 急に声出さないでよ慎二!」
「悪い悪い。ただ火をつけるのに苦戦してるように見えたからさ。相変わらずだと思ってよ」
「茶化しにきたわけ?」
「協力だよ。弥恵たちの班も出遅れてるんだろ?」
「そっちはどうなの?」
「こっちはほれ」
慎二は体をずらして自身の班の方を指差した。
そこには火が激しく燃え盛り、鍋を置いてカレー作りを始めている様子があった。
「早いね」
「夜星が一瞬で火を起こしたからな」
「ふーん……」
口では出来るかどうか怪しげな事を言っていたが、実際やれば出来る男。
それが夜星凛月だ。
「自分の班の手伝いはしなくていいの?」
「班長だから、カレー作りの細かい役割がなくてな。全体のサポートをしてたわけだが、弥恵の班が進んでないように見えて」
それで助けに来てくれたのか……。
どこまでヒーローなのだろう、槇村慎二という男は。
振られて日も浅い。
好きという気持ちは今でも強く残っている。
当然だ。
弥恵が振ったわけじゃない。喧嘩別れをしたわけでもない。ただ振られただけなのだから……。
嫌いになる要素なんてない。
今だってそうだ。別れた元カノの心配をして助けにきてくれた。
その優しさが憎めない。
「おっ、ついたぞ!」
嬉しそうにはしゃぐ慎二とバチバチ音を鳴らして燃える炎。
むわっと熱気が漂ってきた。
「ありがとう」
「困ってる時はお互い様だ」
「そうだね」
慎二は自分の班へと戻って行った。
流石はクラスの中心人物。すでに班のメンバーとは打ち解けているようで、戻ってきた慎二を班のメンバーは温かく迎えていた。
そして、慎二と同じ班にいる色白の美少女、最上綺更の姿もそこにはあって、慎二が弥恵を助けたという一連の流れを褒め称えていた。
あんな美少女の好感度を稼げたら誰だって嬉しいだろうな……。
慎二の背中を見つめながら弥恵はそう感じとっていた。
心なしか……慎二が綺更にデレデレしているように見えた。考えたくない、違っていてほしい……。
だけど、どうしたってそう見えてしまう。
振られたから考えすぎているだけかもしれない。そう言い聞かせても、残酷な現実が目の前には広がっていた。
優しくてカッコ良い最愛の元カレ。
その元カレに振られた理由が、目の前の光景から連想され、一瞬脳裏に過って悲しくなった。
「どうした華紫波?」
「ううん、何でもない。火が付いたらちょっと暑くなってきて」
「確かに暑いな」
「影石くんたちは食材切り終わったの?」
「ちょうどな。今から鍋にぶっ込むところだ」
「私たちの班も追いつけそうだね」
「ああ、遅れは取り戻さないとな」
弥恵は無理やり心を落ち着かせて、自分の班の仕事に集中するんだと開き直った。
終わったことに、いちいち反応していてはメンタルがどれだけ強くてもやってられない。
嫌な思いは時間が解決してくれる。
きっとそうだ。
「華紫波、ルーを取ってくれ」
「うん」
いざカレー作りに没頭すれば楽しいもので、今この時間が永遠に続けば嫌なことを考えなくて済むのになぁと、やっぱり頭の片隅には嫌な考えが残っていて……。
それでも、クラスメイトとカレー作りするこの瞬間が楽しいのは心の底から湧き出た本音だった。