6 自然豊かな大地、そしてお転婆娘
到着したのは11時過ぎ。
そこから再び学年主任の長話を聞かされ、いよいよカレー作りは始まった。
やってきたのは広いキャンプ場だ。
代々、冥海と繋がりの強い施設らしく、贅沢なことに貸し切り。俺たち以外の利用者はいないから広々と使える。
長野県の自然を全身で感じられるほど緑が広がる山。林の奥には川が見えるし、出発の時よりもずっと涼しくて居心地も良い。
将来は田舎暮らしもありだなマジで。
本気でそう考えてしまうほど、心が穏やかになれる。
「うわっ! 虫っ!?」
そう、心は穏やか――。
「デカい! なにこれ! 蜘蛛? いやぁああああああああああああっ!!!」
「ちょっ、うるさいぞ華紫波!」
せっかくの大自然が一人のお転婆娘によって台無し。
っていうか本当にデカい虫がいるな。蜘蛛か?
「ヘルプっ!」
「嫌だ」
「男でしょ君!?」
「男なら虫を対処できて当然とか女尊男卑も甚だしいな。自分でどうにかしろよ」
「言っておくけど、夜星くんの班の資材も人質なんだからね?」
現在、俺と華紫波は火付けの資材を取りに来ていた。周りの班はとっくに資材を回収したというのに、出遅れた俺たちの班と華紫波の班は残り物を取りに来た次第だが、薪の束の上に虫がいる。
薪を取るには虫を避けるしかないが、薪を持ち運ぼうとしたら動きそうで近付けない。
「無視するか?」
「虫だけに?」
「よーく見たら華紫波の班の薪の上だし、俺のは取れるな」
「ちょ、無視? やめてよ、私は虫じゃないんだから!」
本当に騒がしいなこいつ。
つまらなくすぎて空気が冷えないように華麗にスルーしてやったのに、自分から地雷を踏むとか馬鹿か本当に。
「どうせ私は虫ケラですよぉだ……」
いじけた。
面倒臭い。
「ちょっとそこの木の棒をとってくれ」
「何する気?」
「つつけば逃げるだろ?」
「そっか!」
俺の提案にパッと明るくなる華紫波は、すかさず足元に転がっていた長めの木の枝を俺に渡してくれた。
長さは十分、遠くから慎重に突けば――。
「ひぃっ!? 動いた!」
モゾモゾと虫は岩の影に隠れていった。
「これで大丈夫だな」
そう確信して俺は薪の束を手に取った。
「え、そっちは私たちの班のやつだけど……」
「別にどっちでも同じだろ?」
「そうだけど……」
「さっさと持てよ。俺たちと華紫波の班は出遅れてるんだからさ」
そう言って俺は歩き出した。
華紫波は戸惑っていたようだが、実際班ごとに用意されていただけで、薪の種類も質も量も何も変わらない。
歩き出した俺の後を追うように華紫波も急いで薪の束を抱え、急足で俺の隣に肩を並べた。
「火起こしとかやったことある?」
「小学生の頃の修学旅行でもカレー作りをしてさ、その時も俺は火起こしだった」
「なら火を付けるのは得意なの?」
「それっきりだからな。もう忘れてるし、当時はチャッカマンだったから。今回はマッチだろ? 火力が違うしどうなるかは分からない」
「私やったことないんだよね」
「だろうね」
「ちょっと、それどういう意味?」
「ただの独り言」
「随分と嫌味たらしい独り言だね」
草木生い茂る道を歩きながら、俺たちはただひたすら歩く。その道中で他人聞かれたらバカに思われるかもしれない会話を幾度となくして。
「そう言えば、さっきサービスエリアで話してた子、あれってもしかして彼女だったりする?」
「彼女? ああ、美織のこと?」
「名前! やっぱり彼女なんでしょ!」
「違う、ただの幼馴染だよ。そんで双子の兄も同じ学校に通ってるから区別するために名前で呼んでるんだ」
「とか言って、仲良さそうに見えたけど?」
「仲は良いと思う。でも付き合ってなくても仲が良い男女ってざらにいるだろ?」
「ま、そうかもね。私たちもそういうタイプだし」
「え……私たち?」
俺は足を止めてそう尋ねた。
そんな俺を不思議がるように見つめて足を止めた華紫波は首を傾げ「そうだけど」と、キョトンとした表情を見せた。
「え、なに? もしかして『俺たちって友達なの?』とか訊いちゃうタイプの鈍感くんなの?」
「違う……いや、そうかも」
「素直じゃん。でも寂しいな。なんか私の片想いみたいじゃん」
「失恋してすぐに片想いはよくないぞ」
「例えば、だよ!」
ムッキーと顔を赤くしてご立腹の華紫波は俺を置き去るように歩き始めた。
流石に揶揄いすぎたかと、俺は反省して今度は俺が華紫波の隣を追いかける。
「夜星くん、性格悪いってよく言われない?」
「全く言われない」
「やるじゃん」
「どうも」
「でも私は思うね。君は性格が悪いよ」
「華紫波には負ける」
「私のどこが性格悪いのよ!」
「冗談だって」
「凄いよ夜星くん。君と話してると話題が尽きないや」
「トーク力を褒められたのは初めてかも」
「つっこみどころが多いだけなんだけど……」