5 天才双子兄妹
合宿当日はあっけなくやってきた。
服装は学校指定のジャージ。カレー作りをするから制服を汚さないようにするためだろう。
しかし、夜の勉強大会は制服で明日のスケジュールも制服着用とのこと。
だから荷物の中には制服が入っていて、夜の寝る時の服もあるしで、そこそこの荷物だ。
集合場所に集まったら各クラスの観光バスに荷物を詰め、出欠確認のためにバスの外で待たされる。
地球温暖化ってのは早々に解決するべく動かないといけないらしい。ゴールデンウィークだってのに、真夏のような暑さが俺たちを苦しめている。
「それでは時間になったので私の方から今回の合宿について話していく」
時間が来た。
生徒たちの前でメガホンを使って話すのはスキンヘッドの中年。
学年主任の斎藤先生だ。
ダラダラと長話が続く中、集中力を切らした生徒たちからはヒソヒソと話し声が聞こえ始める。
こういう場合、先生の話を聞かずに談笑する生徒が悪いのか、集中を切らすほどの長話をする先生のどちらが悪いのかという議論を、俺は一人ディベートして時間を費やした。
結論は先生が悪い。
理由、俺が生徒である以上、どうしてもそっちの意見に傾いてしまったからである。
「一組から順番にバスへ移動する。指示があるまでは動かないように」
俺たちは三組。
全部で八クラスだから移動はすぐにできるが、八組の立場で考えると、暑い中待たされるのは結構しんどい。
名前順とかクラス順あるある、若い番号とかの方が得しがち。
「なあ夜星、広末って知ってるだろ?」
じーっと立ち尽くして待っていると、後ろの男子に声をかけられた。
クラスメイトの田中だ。
茶髪のチャラい系男子で、槇村と同じグループ、つまりクラスの中心人物の一人。
話したことは何度かあるが、話し込んだことはない程度。
「広末って、二組の?」
「いや、四組の広末 美織」
「あー、そっちか」
「同じ中学なんだろ? どんな子なんだよ?」
「どんな子って言われても……うーん……」
田中が気にしているのは、俺と同じ中学出身の女子、広末美織。
ちなみにもう一人の同じ中学出身組の名前は広末 朔楽。
苗字で察しはつくだろうが、二人は双子だ。
社交的で明るい妹と、真逆の兄。性格も顔もあまり似ていないことで有名な双子。それが広末兄妹なのだ。
「明るい子だな」
「へー。夜星は仲良いのか?」
「まあね。同じ中学出身の数少ない同級生だし」
「彼氏とかいんの?」
「俺に聞かれても……」
「そうだよな、知ってるわけないよな」
オープンな恋人ってどれくらいの割合なんだろう。
俺の知ってる一例では、華紫波と槇村。その二人は内緒にしていたわけだし、広末美織に彼氏がいても隠している可能性だってある。
仲はいいと言ってもクラスは違うし異性だし、なかなか話す機会も高校生になってからだいぶ減った。
広末美織の恋愛事情を知る由はないのだ。
「広末ってバスケ部期待のルーキーって学校中で話題だろ? 可愛くて頭良くて運動神経も抜群とか物語のヒロイン過ぎないか?」
「まあ、兄貴の方もスペックは高いからな」
「ああ、双子なんだっけ?」
「そう、天才双子だよ」
二人とも成績は良い。
しかし、この学校に入学したのはスポーツ推薦。というのも、冥海はあらゆる部活動で全国区の強さを誇る名門校。
野球部は数年前に甲子園優勝。
サッカー部も県内ベスト4にはほぼ入るし、バスケ部は一昨年インターハイに出場してる。
そのほかの部活も似たようなもん。
そんな名門校の冥海に、兄の朔楽はサッカー部、妹の美織はバスケ部の期待の星として入学した。
「そもそもウチの学校って偏差値高いのに、全国レベルの部活で期待されるとか天は二物も三物もどころの騒ぎじゃないぞこりゃあ」
恨めしそうにそう語る田中だが、心の底から嫉妬しているようには見えない。
田中だって冥海生だからな。
それなりの誇りと自信はあるっぽい。
ただ、田中が羨むほど天才ってわけでもないんだ実は。無論、勉学や運動に関しては一級品。
ただ性格に難ありなんだよ兄貴の方は。
妹は疑う余地もないパーフェクトヒロイン。
そう考えるとうちの学校って女子のレベル高過ぎじゃね?
「ちなみに夜星はさ、クラスで可愛いと思う子とかいる?」
「何だよ急に……」
「照れんなや! こういう機会じゃないとなかなか話さないだろ?」
「こういうのは夜するんじゃないの?」
「ま、それもそうか。夜は楽しみにしてるぜ!」
田中とは寝る部屋が一緒。
合宿とか修学旅行とか……。夜の部屋では話題が尽きないからな。
◇
神奈川県出発からの目的地は長野県。
片道3時間はかかる道のりで、その途中にサービスエリアに寄った。
ただのトイレ休憩で時間にしておよそ15分。
バスの中では田中と他愛のない話をずっとしていたが、案外盛り上がっていたと思う。
「あれ、凛月じゃん!」
「美織」
トイレから出てきた俺を見つけては駆け寄ってくるポニーテールの美少女、広末美織。
運動部なだけあって軽快なステップを刻んで俺のもとへとやってきた。
「なんか久々だね。高校入学した頃は私と朔楽と凛月の三人で登校してたのに」
「クラスは違うし、お前にも友達が出来たしで自然と一緒に行くことはなくなったな」
「それ私が悪いみたいじゃん」
「別にそうは言ってない。ただ環境が変わって新しい友達ができた。それだけのことだろうし」
「凛月はどう? 友達は出来た?」
「100人」
「小学生?」
友達100人作りたい小学生。
懐かしのフレーズだ。
「まあ凛月ならなんだかんだで上手くやれそうだよね。それに比べて朔楽ときたら……」
「まあ、兄の方は唯我独尊というか、孤高というか……人見知りというよりは他人に興味がないって感じだからな」
「友達とか無価値って本気でそう思ってそうだからね。捻くれてるんだよ」
「兄妹なのに全然違うな」
「ね。双子なのにさ」
血を分けた兄妹。
けれど、血を分けただけで歩んできた人生は大きく異なるのかもしれない。同じ家、同じ食事、同じ生活リズム。
それでも、人生ってのは十人十色。
二人とも優秀なだけに、自分で考える力が発達し、次第に芯のようなものが自分を支えるようになる。
そのベクトルがたまたま真逆だったのかもしれない。
広末兄妹を見てると、何だかそん感じがする。
「あ、噂をしてれば……おーい朔楽!」
妹はそう言って兄を呼んだ。
一人ポツンと立っていた高身長のイケメン。サラサラの黒髪をマッシュにしている男。
こいつこそが兄の朔楽だ。
「バスの中はどうだった? ちゃんと隣の子と話せた?」
「なんでお前にいちいち報告しないといけねえんだよ」
「兄妹なんだから普通でしょ? 兄の心配をして何が悪いのよ?」
「過保護なんだよお前は。それにお前こそどうせ愛想を振り回して犬みたく尻尾振ってるだけだろ」
「振ってませんけど? 朔楽と違って仲良しフレンズばかりですけど?」
俺を挟む形でバチバチと火花が散る。
腐っても双子。
喧嘩するほど仲が良いのだろうと捉えておこう。
「それじゃあ、俺はこの辺で」
「「逃げんな」」
「え……」
休憩時間ギリギリまで、天才双子兄妹の口喧嘩に付き合わせられたのだった。