46 綺更の同級生からの警告
その声は綺更にとって聞き慣れた人物の声だった。
視線を向けると、茶髪でロールヘアの女子がいた。
「あさみ……」
「久しぶりだね綺更。やっぱり女子ならここに来るよね。わざわざ東京に行かずとも味わえるわけだし」
「そうだね」
「それで、そちらの二人は高校の友達? もしかしてその男子、綺更の彼氏だったりして!」
「っ! 違う……彼はクラスメイトで」
「そんな焦って否定しなくて大丈夫だって! こっちだって冗談のつもりだし」
あさみにとっては揶揄っただけのつもりが、予想以上の反応を見せた綺更に可笑しくてゲラゲラと笑いが止まらない。
綺更は気まずさを覚えた。
慎二の方をチラッと窺えば、そちらも苦笑いを浮かべていた。
そして慎二の隣にいる弥恵はピタッと石像のように固まっていた。
綺更は弥恵を見つめてどうしたんだろう? そう疑問に思ったが、今は目の前にいる女子の対応で忙しい。
「最上、その人は?」
慎二が尋ねた。
気まずさを紛らわすためだろう。
「中学の頃の同級生」
「えー、なんか紹介が雑じゃない?」
綺更の紹介が不満な様子であさみは言った。一見仲良さそうな風に見えなくもないが、明らかに綺更とあさみで温度差があった。
それを慎二は見逃さない。
「まあ、綺更がそこのイケメン君と付き合ってないことくらいは知ってるよ。だって綺更には彰人がいるもんね」
「っ!? 違う! 彰人は――」
「あさみぃ、さっさと会計して店から……って、最上じゃん?」
気怠げな様子で歩いてきた高身長男子。
「鈴代くん」
「なになに? こんなところで偶然じゃん。っていうか、あさみと最上仲直りしてたんだ」
鈴代と呼ばれたその男子は、この場にいる誰もが察せるだけの爆弾を投下した。
ひりつく空気。
綺更とあさみと鈴代の関係性を把握していない弥恵と慎二だが、今の空気はまずいと気付いた。
「別に喧嘩なんてしてないけど?」
笑ってあさみは言う。
「そうだっけ?」
ぽりぽりと頬をかく鈴代。
しかし、それで納得したわけではなさそうだ。
「けど彰人と最上が付き合い始めて、あさみと最上が一緒にいるところ見ないんだけど……」
「鈴代くんっ」
綺更は力強くその名を呼んだ。
ここが店の中でなければ大声を出していただろう。理性がそれを許さなかったが、そうしたい気分になるほど、鈴代に対して敵意を向けていた。
「はぁ……少しは空気を読もうよ健人。ここでわざわざ話す内容でもないよね」
「けど、二人とも仲良さそうだったじゃん?」
悪びれた様子などなく、健人のその発言にあさみは大きく溜め息を吐いた。
そして笑顔一色だった彼女の顔が、徐々に歪んでいく。
「聞いたよ綺更。彰人と別れられないんだって?」
「だ、誰からそれを……?」
「誰って……そんなの本人に決まってるじゃん。彰人の奴、周りに言いふらしてるよ? 綺更とは別れてなんかいないって」
「私は別れるってちゃんと伝えた!」
「それがまかり通る相手じゃないから、今も悩んでるわけでしょ?」
嘲るように、見下すように、冷ややかな視線を向けてくる。
しかし、否定は出来なかった。綺更の悩みはあさみに筒抜けだった。
悔しくて歯を食いしばる。
自分の知らないところで変な噂が広まってるのが気持ち悪い。
中学の同級生の中でも、あさみと鈴代は彰人と仲が良かった。この二人をはじめとして、きっと多くの人に広まってる。
そんなの、どう対処すればいい?
「ごめん、全容を理解したわけじゃないが、あきと? って奴はあまりにも自己中心的過ぎないか?」
綺更とあさみの会話からある程度情報を察した慎二の発言だ。
第三者が口を挟んで申し訳なさそうにしているが、静観はしていられなかった。
「けどさ、彰人と付き合ったのはこの子なんだよ? 付き合ったからには責任を持たないとじゃん」
「価値観が合わなくなったり、一緒にいるのが限界と感じたら別れることだってあるだろ。世の中の人間が初めて付き合った相手とそのまま結婚するわけじゃないんだし」
「他所は他所。一般論とか通用しないから」
「それでも、最上が困ってるだろ? 君たちも最上が付き合ってないと否定してるなら信じるべきなんじゃないのか?」
「槇村くん……」
綺更は縋る瞳で慎二を見つめた。
「あんたはモテそうだし、誰か一人くらいは付き合ったことあるでしょ?」
「それは……」
気まずそうに慎二は俯く。
その様子を見つめていた綺更は首を傾げた。
この話についていけない弥恵はぐふっ、と人知れずダメージを受けていた。
「まあ、別に語らなくたっていいけどさ。とにかくカップルの問題って割と深刻で面倒臭くなりがちなわけ。浮気だとか、喧嘩だとか、そういうのばっか」
「だろうな……。でもやっぱり、それとこれとは別だろ? そもそも別れたいと言ってる相手を無理矢理縛るのはどうかと思う」
「そこは彰人のやり方だから私たちが何を言おうと解決には向かわない。綺更があれを相手に自分で解決しないことにはね」
「そんな他人事みたいに……。君たちが――」
「勘違いしてるみたいだけど、別にこの子と仲良いわけじゃないんだよね」
面倒臭いと言わんばかりに、あさみは嗤った。
その光景に息を呑む慎二の額から嫌な汗が流れた。
「まあ、こんな話をしてもポカンってなるよね。そもそもだる絡みしてることくらい自覚してるし」
「あさみの悪い癖だぞ?」
「うっさい。空気読めないあんたには言われたくないんだけど」
舌打ちをして鈴代にガンを飛ばす。
徐々にその本性が見え隠れし始めていた。
「あ、そうそう、綺更と一緒にいるし、彰人が言ってた男ってあんたの事かと思ってたけど、なんか違いそうだね」
「彰人が言ってた男……?」
震える声で綺更は呟いた。
「なんか相当ご立腹だったんだよね彰人。話を聞いたらムカつく野郎がいるって言うし、綺更にちょっかいをかけて、その時綺更と一緒にいた男に返り討ちにされたって、たまたまその現場を見てた子に教えてもらってさ」
心当たりがあった。
十中八九で凛月のことだ。
「ブサイクでヒョロい陰キャなくせに生意気だって……今度見つけたらヤキを入れるって荒ぶってた」
「っ……!?」
「ふふ、その反応心当たりがありそうじゃん。まあ、せいぜい頑張ってね綺更」
最後に爆弾を投下してあさみは手を振った。
鈴代は最後までボケーっとしていて助け舟を出す様子なんてまるでなかった。
あさみ側というわけではないだろうが、頼っても助けてくれるかどうかは怪しい。
そもそも、彰人に敵対する人なんていないのだと、綺更は痛いほど知っていた。
「大丈夫か最上?」
「う、うん……ごめんね巻き込んで」
綺更は弱った様子でそう言った。
慎二と弥恵はそんな様子の綺更にかける言葉が見つからなかった。