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45 期待と信頼が狂う歯車の軋み


「凛月くん、この後の休憩なんだけど、綺更ちゃんと一緒でお願いできるかな?」


 休日のバイト中。

 客足が減った時間帯もあって一つ上の先輩である清水(しみず)さんにそう告げられる。

 一つしか違わないのに、大人っぽくて接客の対応力が非常に参考になる女子高生。

 今日も見事な捌き方だった。


「良いんですか二人同時で?」


「店長がそれで良いって。昼間もいつもより少なかったし、今の時間帯は更に来ないだろうからって」


「そういえば今日、確かに少なかったですね」


「駅前に東京で流行りのケーキ屋さんが出来たからね。多分みんなそっちに行ってる」


「確かに来る時凄い行列でしたけど」


「女性の比率が高かったよね。しかもオープン記念で全商品割引中みたいだし、そりゃ敵わんわって感じ」


 そんなわけで、今日は割と暇。

 シフトは夜まで入ってるからここらで一本休憩を取る必要がある。


「綺更ちゃん、このあと休憩一本ね」


 裏に来た最上にもそう伝えた清水さん。


「夜星くんも?」


「そうみたい。店長が二人同時で良いってさ」


 すんなりと受け入れた最上は首を縦に振った。


「二人は同じ学校で同じクラスなんでしょ? なんか良いね!」


「そうですか?」


「私も同い年はいるけど同性だし、ドキドキ感が足らないというか」


「けど楽しいそうじゃないですか」


「楽しいよ。楽しいんだけど、異性に対するドキドキって人生に必要だと思うの」


「学校でいいじゃないですか」


「ノンノン。わかってないね凛月くん。学校じゃその他大勢がいるでしょう? 特別感がないんだよね」


「そういうもんですか?」


「そういうものなの」


「へー」


 そういうものらしい。


「綺更ちゃんもそう思わない?」


「私は目の前の仕事に集中するので精一杯ですから……。けど、夜星くんがいるのは心強いです」


「おっ! そういうのが青春っぽくて羨ましい!」


 一つしか違わないのに、何歳も離れたお姉さんって感じで俺たちを見つめる。

 いや、おばさんっぽいとか言ってるわけじゃないよ?

 たださ、青春を羨んでるところとか、ちょっとそれっぽいなって。

 本当に悪口じゃないんだ。

 そんなことを考えていると、清水さんは仕事へ戻っていった。


「夜星くん、暇な日はあった?」


「あまりないな」


「……バイトがない日はないの?」


「あるよ。シフト確認したら人数過多で休みになってたから来週はバイトが少なかった」


「な、なら……模試の勉強に付き合ってくれない?」


「そういえばそんな話をしてたよな……」


 そんな話をしていたことを思い出した。

 しかし、今になってそれが難しいことだと実感し、俺は二つ返事で了承することが出来なかった。


「ごめん……。模試まで集中したいから、時間を用意できないかも」


「っ……!?」


「本当にごめんっ!」


 俺は誠意を込めて頭を下げた。

 約束しておいて自分の都合に合わせて予定をキャンセルするとか相手に失礼だと理解しながらも、今回の模試は本気を出したいという想いが強く、どうしても自分一人で集中したいのが本音だ。

 もちろん教えながらも勉強はできるが、他人に助力している余裕が俺にはない。

 模試となれば定期試験よりも範囲が広い。それに加えて高校に入学して始めての全国模試。

 難易度や問題傾向も把握しきれていないのだ。

 何より、宮國先輩に勝ちたいという思いが日に日に強くなっていく。

 あの人が俺をどう思っているのかは分からない。失望されてむしろラッキーとは思いつつも、見下されていると思えば腹も立つ。

 平静を装っている俺だが、見下されるのは気分が悪い。勝って一泡吹かせれば気分も上々だ。

 

「そうだよね……模試は大事だもんね」


「力になれなくてごめん。今回はちょっと本気で上を目指したくて……」


 どんな言葉を並べても、それはただの言い訳にしからない。

 情けない、申し訳ないと思いつつ、今回ばかりは自分を優先せざるを得ない。


「全然気にしないで……。自分優先で構わないから。私も頑張るけど、夜星くんのことは応援するよ」


 そう言ってくれた最上の表情は、誰がどう見ても笑顔で愛想の良い表情……だが、哀愁が漂ってくるのは何故だろう……。



 ◇



「お疲れ様です」


「お疲れ、綺更ちゃんまたね」


「はい。お先に失礼します」


 綺更はペコリと会釈をして店を出た。

 空は真っ暗。

 しかし街並みは綺麗なほどに眩しい。それだけ都会な場所で働いてると実感できる。

 駅に向かう道中。今日からオープンしたという流行りのケーキ屋をチラッと覗くと、まだ営業中で店は繁盛していた。

 テイクアウト用のメニューを覗くと、どれも美味しそうで割引値段はとてもリーズナブルなものだった。

 買って帰ろうかと悩む中、どうせなら今度、友達を誘おうと結論を出す。

 店の雰囲気を味わいたいのと、ケーキは一人ではなく皆んなで食べるのに限る。今日買って帰っても、一緒にケーキを食べる相手はいない……。

 

「あれ、綺更ちゃん?」


「弥恵……」


 ショーケースを覗いていると、弥恵が背後から声をかけてきた。

 

「あれ、このお店って流行りのケーキ屋さんだよね? ここでもオープンしてたんだ!」


 綺更の隣で食い入るようにショーケースを見つめる弥恵の口元には、涎が垂れそうな勢いだ。

 それだけ女子高生には目がないらしい。


「どこか行ってたの?」


「友達と遊びに行ってた帰りなんだ。綺更ちゃんは?」


「私はバイト終わり」


「バイトしてたんだ!? サッカー部のマネージャーは?」


「今日は練習がオフだったから」


「そっか……。ちなみに、ケーキ買うの?」


「美味しそうだなと思ったけど、今日はやめておこうかな。バイトで疲れてるし」


「偉いねバイト。私もした方が良いのかと思いつつ、したら遊べないじゃんって葛藤が永遠に続いて、一生バイトする気になれないんだよね。けど、流石にお金がやばい」


「ならバイトしようよ。ウチのお店なら――」


「弥恵? それに最上も……」


 聞き慣れた声がした。


「慎二、どうしてここに?」


 慎二の登場だった。


「妹がここのケーキを買ってこいってうるさくてさ……。まあ、俺も気になってたし買いに来たわけだ」


綾香(あやか)ちゃんにパシられたんだ」


「違えよ。二人こそ何してたんだよ?」


「私たちもたまたまここで会って」


「そうなのか……。なら、二人とも時間はあるか?」


「私はあるけど……」


 弥恵はチラッと綺更を窺った。


「私も大丈夫だよ」


「どうせなら食べて行かないか?」


 その提案に弥恵と綺更はタイミングよく同時に頷いた。



 ◇



「甘くて美味しいっ!」


 まろやかなモンブランを一口頬張った弥恵はほっぺを抑えて満面の笑みを浮かべた。


「このチョコケーキも、チョコ独特のくどさがなくて美味しい」


 綺更もペロリとチョコケーキを堪能している。

 

「綺更ちゃん、モンブラン食べる?」


「ありがとう。私のも食べて」


「あ、なら俺も――」


「慎二はない!」


 便乗して女子の百合空間を破壊する害悪を弥恵は睨んで牽制する。

 流石におふざけが過ぎたと反省する慎二は頭を掻いて誤魔化すように笑った。


「はい、あーん」


 弥恵が一口サイズのモンブランを綺更の口元へと差し出せば、あーんと口を開いてパクッと口に含む。

 とても甘い。それでいて口の中いっぱいに広がる栗の風味が鼻から抜ける。


「美味しいっ!」


 笑顔が弾けた。


「良かった」


 弥恵はホッとした。


「綺更ちゃん、浮かない顔をしてたから表情が柔らかくなって本当に良かった」


「そんな顔してた?」


「うん。寂しそうな顔をしてた」


 綺更にとっては無自覚だった。

 しかし、思い当たる節はある。


「心配かけてごめんね」


「平気なら良かったよ。やっぱりケーキは人を笑顔にするよね! はーむ……うひょー!」


 何度目のリアクションか分からないが、モンブランを口に入れる度にこの反応だ。

 綺更は可笑しくてつい笑ってしまった。

 同級生と来てよかった。

 テイクアウトじゃこんな気分は味わえない。ケーキは誰かと食べるからこそより美味しく――。


「ああ! 綺更じゃん!」


 その時、肌がゾワっとする声がしたのだった。


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― 新着の感想 ―
なんということだ勉強優先してフラグをへし折りやがった ラヴコメ主人公にあるまじき所業、育成系ギャルゲーで育成に嵌った時の主人公の行動である 続き楽しみにしてます
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