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44 生徒会長の腹黒さ


 今日は特別な予定なんてなかったはずだが、学校に登校するとクラス中から視線を集めていた。

 不快感を覚える視線じゃない。

 むしろ逆で、賞賛されるような視線ばかり。

 理由は分からないけど、気分が良いので尋ねることはしなかった。

 授業も夏休み前なだけあって緊張感がなくなってきている。

 それでも、模試に備えて勉強はしておこう。普段の休み時間なら誰かと話したりする俺だが、模試まで時間もない。

 別に模試に特別な想いがあるわけじゃない。ただ一位の座を維持したいって思ってるだけだ。

 決して、あわよくば宮國先輩に勝てたら……なんてことは考えてない。

 断じてない。

 そう考えて参考書や問題集を開くと。


「やっぱりすごいね!」


「休み時間も欠かさず勉強するなんて偉いよ」


「生徒の見本だね」


「生徒会長候補なだけあるよな!」


 むむ? 

 やけに視線が強くなった気がする。

 チラッとクラスを見渡すと、やっぱり俺に向けられる視線が多い。

 何かあったのか?

 一昨日は早退して、昨日は休んでいたから分からない。

 あ、昨日と言えば演説があったか。

 俺は欠席したから不参加だけど、軽く俺の紹介はされていたのかもしれない。

 俺が生徒会長候補って公に明かされたのはおそらく昨日が初めてのはずだし……。

 なるほど、尊敬されてるってわけか。

 となると、視線の正体もそれについてか。

 

「夜星、俺はお前を見直したぞ」


 周囲が俺を遠目から見つめている中、安曇は俺の席に歩み寄り、訳もわからずそう言った。


「見直したって……それまでどう思われてたんだよ」


「昨日はサボりだろ?」


「っ!? 違えよ、昨日は体調が悪かった。ケホッ、ケホッ……」


「マスクつけてないし、咳が嘘くさい。っていうか、保健室で体温計を摩擦で加熱してたろ?」


「し、してねえし?」


「見てたから隠さなくていい。それでも、昨日の演説を聞いてやっぱりお前はすごい奴なんだと再認識した」


「昨日の演説……?」


「そうか、休んだ……サボったから知らなくて当然か」


 言い換えせんでいい!


「実は生徒会長がお前の代行だったんだよ」


「宮國先輩がっ!? お、おい……それマズいんじゃないか!?」


「何がまずいんだよ? 宮國先輩の話し方も相まって一番聞いていて面白かったぞ? ああやって教員も含めた全員の前でスカートの丈の長さに言及したのも意外性があって良かった。ああいう発言はなかなか出来ないからな」


「あ、あが……」


「女子からすれば是非とも実現してほしい内容だっただろうな。実際に演説が終わった後はその話題で盛り上がっていたし」


「うっ……」


 おかしい。

 何かがおかしい。

 宮國先輩が俺の代行を務めていたという時点でまずおかしいが、演説内容が良かった?

 あり得ない、あり得るはずがない。

 俺の下書き通りに演説が行われたというなら、ゴキブリが可愛いって言ってるレベルで的外れな発言だ。

 女子だーいすきっ!

 って言ってるようなものだぞ?


「何かがおかしいってばよ」


 そう、何かがおかしいのだ。



 ◇



「ラブレター欲しいなら、私がたくさんあげよっか?」


「やめてくれ……」


 昼休み。

 普段なら購買で買って済ませる俺だが、今日は美織に誘われて学食に足を運んでいた。

 高校に進学して学食を利用するのは今日が初めて。

 とても広く、メニューの品揃えも豊富。値段も500円あれば十分。

 初めての今日は無難に唐揚げ定食にしたが、麻婆豆腐定食や生姜焼き定食も美味そうだし、今度食べにこようと思う。


「生徒会長の演説は真に受けるな。話を聞いた限り、そうとうアドリブが組み込まれてる。もはや俺の言葉じゃないぞ」


「でも、下書き通りに読むって言ってたし、その下書きは当然凛月が書いた物なんでしょ」


「そうだけど……」


「狙いは悪くなかったと思うよ。先生たちは頭を抱えてたけど、スカートの話題は良かった」


「クラスメイトにも言われた。普通に男子がスカートの丈について言及したらキモいって思うだろ?」


「私は思わないけど? まぁ凛月限定だけど」


「俺であっても流石に警戒はしてくれ……」


「平気だよ凛月なら。お風呂上がりの姿とか見慣れてるでしょ?」


「それとこれとは別だろ。あとあまりこういう場所でそういう発言はするな」


 心臓に悪い。

 周りの目が怖い。

 前よりはマシだ。

 けれど俺の麻婆豆腐メンタルが簡単に改善されるわけではない。

 表では平静を装えるけど、内心に溜まるストレスはピリッと山椒の刺激のように俺の心に突き刺さる。


「それにしても水臭いよね。会長候補ならそう言ってくれれば良かったのに」


「会長候補ってのが嫌だから考えないようにしてたんだよ。それと、演説と言ってもあくまで候補挨拶だ。あれで生徒の心を掴んだところで会長に一歩近付くわけでもない」


「けど、インパクトとしては十分じゃん」


「どうなんだろうな……。宮國先輩の演説を聞いてないから何とも言えないや」


「凄かったとだけ言えるよ」

 

「はぁ……」


 大きなため息をついて天井を見上げた。

 本当にどんな演説をしたんだよ宮國先輩は。

 下書きの内容を外に漏らすわけにはいかないが、誰もが俺の下書きを見たら目を疑うぞ。

 先生方に見せようものなら呼び出しを受けて叱られるかもしれない。

 坂田先輩に渡した時でさえ、本当にこれでいいのかという忠告を何度も受けた。呆れられても、怒られてもその下書きの内容で提出するつもりだったから痛くも痒くもない。

 それで俺に対して幻滅して失望すれば候補から外れると思った。

 ところが実際は真逆。

 溜め息しか出ない。


「ここ、隣いいかな?」


「っ……」


 その時、俺たちの空いていた隣の席に坂田先輩がやってきた。

 そして坂田先輩の向かいに座るのが天敵、宮國先輩だった。


「元気そうだな」


「おかげさまで絶賛不機嫌中ですよ」


「まだ体調は悪いのか。病み上がりだし無理はするなよ?」


「どうも……」


 会話が止まった。


「二人とも空気が重い。せっかくの食事なんだから楽しまないと」


「楽しいですよ」


「楽しいぞ」


「どこがっ!?」


 俺の隣で不貞腐れる坂田先輩を他所に、俺は美織に視線を向ける。

 美織もこの緊張感に耐えられないのか、目をキョロキョロさせて動揺している様子だ。


「人間には選択肢が迫られた際、絶対天秤が発生する」


「何の話ですいきなり?」


 坂田先輩に共感。

 急に語り出した宮國先輩に俺たち三人は視線を向けた。


「俗に言われるリスクとリターンの話だ。どんな選択肢にもその二つは必ずあって、リスクを避けて無難な道を選ぶ」


「人によるんじゃ?」


「もちろんそうだ。しかし、夜星に関してはそう言えるんじゃないか?」


「どういう意味ですか?」


 俺はキッと睨んだ。


「勝てる勝負しかしない主義だろ夜星は。俺は少しだけお前のことを買い被りすぎていたらしい」


 煽り口調。

 そんな宮國先輩を坂田先輩は睨んだ。


「わざわざをそれ言うためにここへ来たんですか?」


「たまたまだ。たまたま空いていた席の隣に、たまたま夜星が座っていただけ。伝える絶好の機会でもあったから、俺はそう言ったに過ぎない」


 なんとも悪役じみた発言だこと。

 そうやって俺を煽れば闘争心に火をつけられるとでも思ってるんだろうなこの人は。

 しかし残念。 

 最初から敵のステージに上がるつもりのない俺に効果はない。それこそ、勝てる勝負しかしない主義なのは事実だし俺の美学でもある。

 負けて得られる物は何もないからな。


「首席を生徒会長にするという伝統は潰えるが、ある意味それでいいのかもな……。こんな奴を次期会長にすれば、OBから俺が失望される。夜星は生徒会長の器じゃない」


「ちょっと宮國くんっ!?」


 俺より先に坂田先輩がキレた。

 

「落ち着け、食堂だ」


「あまりにも失礼だと思ったので」


 この後、無言の食事が続いた。


 

 ◇



「あの生徒会長、演説の時と違いすぎ。っていうか私の凛月を煽ってんじゃないわよ」


「なんでお前がキレてんだよ……」


「ムカつかないの凛月は?」


「全然。むしろ失望されるためにずっと行動してきたからな。その努力が実ってハッピーだ」


「相変わらず凄いメンタル。けど、私はやっぱり悔しい。自分の物をああだこうだ言われてムカつかない人間はいないし」


「自分の物……?」


 気になるワードがあったがスルーの精神でいこう。

 しかし、宮國先輩があそこまで陰湿な手を打ってくるとは……。

 やっぱり人は見た目に寄らないな。

 一見、ぼーっとしてそうな人でも腹の底は黒い。良い勉強になった。

 だけど、やっぱり分からせてやりたい気持ちが心の底にあるな……。

 決してムカついてるなんて事はない。けれど、本気を出さずに格下に見られるのはちょっとね……。

 勝てる勝負しかしないのは認めるけど、だからこそ勝ってやろうじゃんか。

 勝負こそ撤回したが、模試で宮國先輩の順位を超えれば良いだけの話だ。

 

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