40 綺更と凛月とチンピラ
想像以上だった。
頭がいい事は知っていたけど、いざ勉強しているところを目の当たりにするとスペックが違うと思い知らされる。
まず驚いたのは集中力。
私たちは昼食も兼ねてファストフード店で勉強をしていた。既に四時間は経ってるけど、夜星くんは一度も休憩をしていない。
時々雑談や、私が質問をした際に言葉を交わすけど、それ以外は口から音を発さない。
目の前に座る私だからこそ伝わるプレッシャー。
さらに驚いたのは、その勉強の内容が今回の試験範囲ではないということ……。
どうやら期末試験の後に控えてる校外模試を見据えた勉強っぽい。
「そろそろ休憩するか……」
その言葉を発したのは五時間が経った頃。
夏だというのに空は薄暗くなっていた。時刻は18時半を過ぎている。
「すごいね夜星くん」
「流石に頑張りすぎた。休憩とは言ったけど、もう再開できないかも……」
そう言って夜星くんは背筋を伸ばした。
そのまま大きな欠伸をする。
「最上はどう?」
「分からないところは夜星くんのおかげで理解出来たし、あとは明日の私次第かな。解らない問題が出たら諦める」
私も勉強は捗った。
目の前で凄まじい集中力の夜星くんがいたから、感化されてたんだと思う。
「休憩とは言ったけど、時間も遅いし帰るか? 最上も夜ご飯とかあるだろ?」
「私は平気……。だけど、夜星くんも家でご飯が用意されてるんじゃない?」
「俺も平気。今日姉貴がいないし飯は自炊か外食しないとだから」
「両親は?」
「仕事。基本的に家を留守にしてるからねウチ」
「一緒だ……」
驚いた。
勝手に夜星くんには親近感を覚えて似たもの同士って印象を抱いてたけど、家庭環境まで一緒だとは思わなかった。
でも、多分夜星くんの両親はウチの両親とは違う。きっと優しくて愛情もあるんだと思う。
「流石に疲れたよな」
「え……」
「さっきから幸薄そうな顔ばかり浮かべてるぞ最上。まあ、これだけ勉強すれば疲れて当たり前だけど」
「夜星くんはほとんど休憩してなかったからね。それに比べて私は……」
あれ……。
なんだか気持ちがブルーになってる。
確かに勉強の疲れもあるけど、それだけじゃない……。嫌な胸騒ぎがする。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫……。そうだ、ご飯がないなら何処か食べに行かない?」
「っ……いいけど?」
夜星くんはキョロキョロと視線を彷徨わせながら首を縦に振った。
何かあったのかな?
◇
勉強を終えて店を出た私たちは駅周辺の飲食店を探す。私たちの地元は栄えている街並みで最寄り駅には飲食店がずらりと並んでる。
何にしようか二人で選んでるけど、なかなか決まらない。
「そういえば、美織たちとよく一緒に行ってるお店はどうなの?」
「ただのファミレスだぞ?」
「ファミレスでいいんじゃない?」
「まあ、ファミレスが安定だよな」
淡々とファミレスに決まった。
どこのファミレスか分からないから、私は夜星くんの後を追う。
時間的に仕事終わりのサラリーマンが多くて道は混雑してるけど、離れないようにぴったりと背後につく。
「あれ、綺更じゃん?」
「っ……!?」
背後から私の背筋をゾワっとさせる声がした。
その声は最近私が何度も耳にしてきたもので、中学時代は毎日聞いていた声でもある。
「よく会うな。今日は何してんだよ?」
私は足を止めてしまった。
ぴたりとくっついていた夜星くんの背中がどんどん遠くなっていく。
怖い、怖い怖い……。
「おい、無視すんなよ?」
「きゃっ!?」
私よりも一回り、いや二回りは大きい中学時代の同級生――篠原 彰人に肩をガシッと掴まれた。
そしてここ最近私が抱えている悩みの正体でもある。
「お前、俺の連絡も無視してんだろ? そのくせにこんなところで何してんだよ?」
「友達と一緒にテスト勉強してただけ」
私は吐き捨てるようにそう言った。
少し威圧的に怒りも込めて。
「その友達はどこにいんだよ?」
「今はちょっと逸れてて……」
「なら友達探すの手伝ってやるから少し話そうぜ? まだ俺たちの話し合いは終わってねえんだしよ」
「だから、私たちは付き合ってなんか――」
「ピーピーうるせえよ綺更。恋人ってのは両者合意の上で成り立つもんだろ? なら逆もまた然りだ。片方が意見しようと合意しなければ解消もしねえ」
「そんな……」
そう、私の悩みは私自身に落ち度がある。
私の人生で一番の過ちは、この男と付き合ってしまったこと……。
私には中学時代、やさぐれている時期があった。そんな時に付き合ったのが今目の前にいる篠原彰人だ。
告白されて、全てがどうでも良かった私は二つ返事で了承した。
私の人生で一番最初の彼氏なのだ。
「恋人は両者合意の上って言ったよね? 私が別れたいって言ってるんだから矛盾してるじゃん」
「知るか。付き合った時点で責任は発生してんだよ。お前の一存で物事は決まらねえ」
この理不尽な対応は昔から何も変わらない。
もはやストーカーの域にもさしかかってるし。私が行く先々で出会うなんて、そうとしか考えられない。
誰かに相談しなきゃって何度も思った。
ただ、思春期だった中学時代は学校の先生に頼る事ができなくて、警察に行くのも怖かった。親には頼れない、お兄ちゃんは……これ以上苦しめたくない。
高校に入学して高校の先生に頼ったら解決してくれるのか考えた事もある。
なんか違うなと思った。
それ以降、私は一人でこの悩みを抱えてる。もう警察に頼った方がいいのかもしれない。
「おい最上。俺を一人で先に行かせるなよっ!」
その時、夜星くんが戻ってきた。
「てっきり後ろにいると思って話しかけたら誰もいなくて、ずっと一人で話してるみたいになって周りからの視線がきつかったんだがっ!」
私が怯えていると、やっぱり夜星くんも悩みを抱えていた。種類は違うけど、彼も彼で彼なりの悩みがあるんだと、こんな時まで可笑しくて笑いそうになった。
だけど、今はそんな時じゃない。
「誰だお前?」
彰人はそう言って夜星くんを睨んだ。
私よりも背の高い夜星くんだけど、彰人はさらに大きい。威圧的に見下ろされれば怖くてたまらないはず……。
「誰って……え、あんたこそ誰だよ?」
「舐めてんのか? 俺が先に聞いてんだよ。さっさと答えろっ」
彰人の視線が鋭くなった。
ドスの効いた声が怖い。
チラッと夜星くんの様子を窺うと、どこか冷めた様子で小さく溜め息を吐いていた。
その目がちょっと怖い。
だけど、その目を私は見たことがある。夜星くんは時々そんな目をしている。
「ごめん、今から最上と用があるから、今日のところは勘弁してくれない?」
「俺も用があんだよ」
「先約は俺にある。そういうの察しろよ。なんでも自分優位になると思うなよ?」
「テメェ…‥」
彰人は青筋を浮かべた。
中学時代の彼ならすかさず相手を殴っていたと思う。だけど、流石に人目を気にしている様子。
「覚えてろよ……」
そう吐き捨て、彰人は人混みに紛れていった。
「覚えてろよとか、現実で初めて言われたし、本当にそんなことを言う奴っているんだな……」
夜星くんはくすっと笑った。
さっきまでの雰囲気なんて嘘みたいに、いつもの夜星くんに戻っていた。
「ごめんね……」
「訳ありなのは感じ取ったし、今日のところは帰ろうか。家まで送るぞ」
「……」
その提案に私は首を振った。
我儘だけど、今家に帰るのは違う気がする。警察とか先生とか家族とか……目上の人ばかりに頼ろうとするから怖気付いていたんだと思う。
「少しだけ私の相談に付き合ってくれない?」
そう提案すると、夜星くんは数秒黙り込んで「分かった」と、短い言葉とともに頷いた。




