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4 鎖がちぎれた猛獣こと、かしば……


「でさぁ、それからというもの特に変わったこともなく、学校じゃ変わらないメンバーで、そこに私と慎二もいる感じなのよ」


「当然周りは二人が別れたって知らないんでしょ?」


「うん、誰にも言ってないしね」


 華の女子高生は窓際の席に座り、長いこと話し込んでいた。

 内容はタイムリーなもので、華紫波の失恋話。どうやらショートカットの女の子は華紫波の中学時代の友人らしく、槇村と華紫波が付き合っていたことを知る数少ない人物の一人。

 延々と華紫波の愚痴に付き合わされているようだ。


「実際どうなの? 槇村くんとは上手く話せるわけ?」


「どうだろう……客観視してみても話せてる方だとは思うけど、意識しないのはやっぱり無理だから、どこかぎこちなさはあると思う。けど、慎二の方はクールというか表に出さなくて、全く意識してるようには見えないんだよね」


「なんか複雑だね」


「複雑過ぎてマジでしんどいよ。いっそのことせっかく形成した今のグループから抜けてやろうかと血迷ったもん」


「それは血迷いすぎだと思うけど……。でも、実際弥恵の立場になってみないと分からないしね」


「私たちが付き合ってるって話を広めなかったのはある意味正解なのかも」


「凄いよね、周りに気付かれないってなかなかだと思うんだけど」


「まあ、私にかかればこんなものよ!」


 ふんす、と胸を張って鼻を鳴らす華紫波。

 俺にバレたってのはノーカンなんだろうか?

 それとも、別れた後だから仕方ないと割り切ってるのか?

 まあ、俺もこの目であの現場を見なければ知り得なかったことだし、そういう意味じゃ本当に上手く隠せていたとは思う。


「ねえ、沙知(さち)。このパフェ頼んでいい?」


「頼みなよ」


「だって今日は沙知がおごってくれるから……」


「弥恵は気にしないの!」


「そう? うん、そっか! それじゃあ頼んじゃお!」


 そんな会話が聞こえてきたのと同時に呼び鈴が鳴った。

 別に華紫波たちの会話を盗み聴いてたわけじゃない。華紫波たち以外に客がいないから聞こえてくるだけだ。


「ご注文をお伺いいたします」


「このデラックスフルーツパフェを一つ」


「デラックスフルーツパフェですね」


「それと、苺パフェも一つ」


「……」


「聞いてます?」


「あ、ああ……苺パフェも追加ですね……」


「あとは……」


 おい、お前は遠慮というものを知らんのか?

 っていうかショートカットの君も止めた方がいいぞ本当に。

 ウチの店はお洒落なだけあって料理の値段もファミレスより少し高い。それなのに華紫波は二つどころか、三つ目を選ぼうとしたぞ。

 つうか、どんだけ食うんだよ。


「うーん……やっぱりその二つでいいや。お願いします」


 結局注文は二つ。

 俺はハンディターミナルを巧みに操作し、注文を済ませた。

 

「空いてますね。いつもこんな感じなんですか?」


 席を離れようとしたその時。

 ショートカットガールが俺にそう訊ねてきた。


「いえ、いつもはもっと繁盛してますよ。今日はびっくりするくらい客足が少ないですけど」


 凄いよこの人。

 店員さんに話しかけるとか、とんだコミュ力モンスターだな。

 俺も咄嗟の事で焦ったが、冷静に対応出来た方じゃないだろうか?

 どもらなくて良かった。


「そういえば、今日イベントやるってチラシを駅で見たよ。多分そっちの方に人が集まってるんじゃないかな」


「イベント……たしかにそんなチラシを俺も見たかも」


「駅にドンって貼ってあったし、この地域じゃかなり有名なイベントなのかもね」


「ってことは、イベント終わりに客が流れてきそうだな」


「あ、今面倒臭さって顔した。店員失格じゃん」


「いや思ってないし。なんなら接客の対応が素晴らしいって店長に褒められてるし」


「それで接客良いとか嘘でしょ? 多分お世辞だから思い上がらない方がいいよ?」


 俺はキッと華紫波を睨む。


「ねえ、もしかして二人は知り合いなの?」


「「あっ……」」


 思わず声が重なった。


「イ、イヤ……シラナイヨ?」

 

 無理がある。

 いくら何でも、そんな片言じゃ無理があるぞ華紫波。


「仲良さそうに話してたけど?」


「クラスメイトなんだ俺たち」


「そうなの! あ、もしかしてクラスメイトのバイト先だから来たとか?」


「違う! 断じて違う! 夜星くんが今日バイトとか知らなかったし、ここに来ようと思ったのは……その、振られた時にたまたま知った店で、来てみたかったから」


 思い出したくもない記憶を呼び覚ますようにごにょごにょと華紫波は語った。

 怪我の功名ってやつか。

 あの時振られて、たまたまクラスメイトの俺に出会わなければ、この店を知ることもなかっただろうし。


「クラスメイトのバイト先か……二人は仲良いの?」


 爆弾投下。

 なんて気まずい質問をぶつけてくるんだこの子は……。

 仲良いとは決して言えない。

 学校じゃ全くと言っていいほど話さないからな。けれど、連絡先を交換してそれで終わり……ってことはなく、ちょいちょいメッセージでのやり取りを実はしてたりする。

 大半が華紫波の愚痴を聞く役に回ってるだけなんだけど。


「教室じゃあまり話さないかな」


「そ、そっか……」


 華紫波の返答に、気まずさを覚えたのか、ショートカットガールは引き攣った笑みを浮かべて納得した。

 

「けどさっきの会話を見てると、仲良さそうに見えたけど……」


 勘繰られているのか? 

 やけにこの会話を引き伸ばそうとしているように思える。

 教室で話すような仲ではない。そういった華紫波の答えが全てだと思うんだが、それで引き下がらない理由はなんだ?

 いや、逆か。

 教室では話さないような男女の割に、先程の会話はなかなかにスムーズだったように見えたからこそなのかもしれない。

 ここで下手に誤魔化しても疑いが深くなるだけ。ならいっそのこと本当の事を言ってしまえば良い。


「実は、華紫波が槇村に振られる瞬間をこの店から見てたんだ」


「ぬわっ!?」


「なんだ、そういうことか」


 ショートカットガールは腑に落ちた様子で満面の笑みを浮かべた。 

 一方、般若のような顔で俺を睨む華紫波はというと――。


「言わない約束だったよね!?」


「別に彼女は事情を知ってるわけだし、下手に誤魔化すよりは納得してもらった方が良いだろ?」


「でも約束っ!!」


「学校では誰にも言ってない。その約束だけは絶対に破らないよ」


「むぅ……今ので夜星くんに対する信頼値がぐんと下がったよ」


 ぷすぅ、と風船のように頬を膨らまし不貞腐れてしまった。

 爪楊枝でつつきたい。


「学校で言わないだけ全然良いじゃん。むしろ私に疑われてることを察して素直に話したんだから賢いよ……えーと、夜星くんだっけ?」


「うん、夜星凛月」


「私は倉形 沙知(くらかた さち)。弥恵とは中学一年生の頃から三年間ずっと同じクラスだったんだ」


「凄いね」


「ちょっと、凄いってどういう意味! 私みたいな面倒臭くて彼氏に振られるような女と三年間も同じで『大変だったね、よく頑張った、凄いね!』っていう意味の凄いね、なの? ねえ、どうなの!」


「ちょっと弥恵、落ち着きなって」


 なるほど、俺は今ようやく華紫波弥恵という女の人間性を把握することができた。

 多分この子はちょっと重い。

 ネガティブ思考なのか、被害妄想が強すぎる。そのせいで警戒心が剥き出しの野良猫みたいに噛みついてくる。

 

「どうせ私は見た目だけの女ですよぉだ!」


 自分を卑下しようと、ナルシストだけは消えないらしい。

 凄いよ、その自信だけは見習いたい。


「ごめんね夜星くん、仕事中なのにダラダラと喋っちゃって」


「平気だよ、今は客がいないからね。むしろお客様とのコミュニケーションを大切にってのがこの店のスローガンだから」


「なら良かった。弥恵は私が何とかしておくから」


「うん、よろしく」


「私は鎖がちぎれた猛獣かっ!」


「はい、一旦黙ろうね」


 倉形さんなら華紫波の扱いにも慣れてるだろう。今も檻から脱走した百獣の王を、チワワのようにあやしてる。

 そんな光景を目にして俺は店の裏へ戻った。

 この後、華紫波たちが帰ったのと入れ替わるように、イベント終わりの客が津波の如く押し寄せてきたのだった。


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