39 健康優良児
健康優良児として幼い頃から先生たちには褒められて育ってきた。
小学校、中学校の頃は皆勤賞だったし、インフルエンザや流行病を患ったこともない。
そんな私は高校生になって初めて学校を休んだ。それも一日だけじゃない。何より体調不良なんかでもなくて……。
友達には心配させちゃったけど、大丈夫だということを伝える。言ってしまえばサボりだけど、悟られないように体調が悪かったと伝える。
それは私を心配してくれる友達だけじゃなくて、槇村くんに対してもそうでないといけないから……。
「ごめん最上……」
登校して自分の席に座ると、槇村くんは私に頭を下げた。
「体調不良だっただけだから槇村くんのせいじゃないよ? それにこれからも仲良くしていこうって話だったじゃん」
「あ、あぁ……そうだったな。最上が平気そうでよかった」
多分、私が休んでいたのは告白が関与していると槇村くんは勘違いしている。
もちろん、原因のうちに含まれてはいるんだけど、告白されたくらいで休む私じゃない。
嫌なことや不安が募って、たまたまそんなタイミングで槇村くんに告白されて戸惑っただけ。
結果的に疲れちゃった私は休んだわけだけど、私が休んでいる間、槇村くんにんは余計な心配をかけさせちゃったな……。
そんな反省をしながら私はとある席を見つめた。
そこには私よりも先に登校していて机に項垂れている男子がいる。
寝てるわけじゃないと思う。
眠そうにしてるところを見たことがないし、学年一位なだけあって授業中もちゃんと聞いてるし。
「夜星――」
安曇くんが夜星くんに声をかけた。最近話すようになったなと思う。よく二人が一緒にいるところを見るようになった。
「テスト前の体力温存か?」
項垂れてる夜星くんを見て安曇くんはそう言った。
今日は期末試験。
実はクラスの雰囲気はテスト前の重たい緊張感に包まれている。
私は教科書やノートを広げない。後悔のないように家で頑張ったし、テスト直前で知らない知識があったら不安になるから。
多分、私も夜星くんと一緒。
テスト前は集中力を高めたり無駄に疲れないようにしたいのかも……なんて思っていると。
「見ろこれ!」
「これはこの前のやつだな……。まだ書いてなかったのか?」
「これも見ろっ!」
「……何故二枚同じ紙が?」
「机に入ってたんだよ。そんでもってこっちの紙の角がちょっと折れてるだろ?」
「そうだな」
「これは絶対宮國先輩が入れたんだ。器用で大切に紙を持ち運ぶ坂田先輩と違って、宮國先輩は汚物でも持ち運ぶかのように紙の端っこを摘むからな。手の圧で萎れるんだよ」
「よく見てんな……」
安曇くんは感心した様子で二枚の紙を見比べている。そして夜星くんの言っていたことを肯定するように「ほんとだ……」と、ボソッと呟いていた。
夜星くんは再び項垂れて文句を吐き出す。それはもう止まらないほどだった。
「まあ、提出すればいいだけの話だし、そこまで悩むことでもないだろ」
「前提として提出したくねえんだわ」
けっ! と捻くれた小学生のように悪態をつく。夜星くんを観察してると面白い。
私と同じで悩みがあるはずなのに、悩みに対して怯えていないというか……私とメンタルの差があるように思えた。
「何かあったの?」
気付いたら私は夜星くんのもとに歩み寄って自然と声をかけていた。
「あぁ、最上。実は……」
一連のやり取りを見ていたから分かっていたけど、やっぱり生徒会関連の悩みだったみたい。
それも演説の下書き。
人前で話すのが嫌な夜星くんは何がなんでも演説なんてしたくないみたい。
「どうするの? 辞退って出来ないの?」
「出来ない。やりたくないって駄々こねたら無視された。副会長の坂田先輩は俺を気遣って、それでも説得しようと丁寧な言葉選びと、配慮を感じられたけど、会長……ありゃダメだ。人の心ってもんがない」
「一応先輩だぞ?」
「だから坂田先輩は敬ってるって」
「宮國先輩もな?」
「知ってるか安曇。敵対組織にいちいち敬意を払う奴なんてそういないんだよ」
「バトル漫画でも繰り広げてんのかお前らは?」
「生徒会長どうのこうのより、俺は宮國先輩のやり方が気に食わない。どっかで叩きのめしてやりたいんだけど、あの人頭の方は強すぎんのよ。まじラスボスって感じ」
学年首席の夜星くんがそこまで言うって、生徒会長は私には想像できない賢さなんだろうな。
試験前に試験と関係ない事を話してると、チャイムが鳴った。
各々席につき、いよいよ試験が始まる。
◇
午前中で終わる今日のスケジュール。明日も試験で当然部活はオフ。
友達から勉強のお誘いを受けた私だけど、全てを断った。
その理由はただ一つ。
「夜星くん、今日一緒に勉強しない?」
夜星くんを誘うためだ。
「いいぞ」
了承してもらえた。
「他に誰か誘ったのか?」
「ううん、夜星くんだけ」
「……そっか」
意外そうに目を丸くした。
話す仲ではあるけど、一緒に遊びに行くほどの仲でもないからね私たちって。
「どこでやる?」
「最寄駅同じだし、とりあえず駅に行こうよ」
「分かった」
私たちの最寄駅は一緒。学区が違うから中学は別々だったけど、通ってた塾は一緒。
夜星くんは私の事を知らなかった様子だけど、私は彼ほど目立ってないし。
二人で駅に向かっている途中、流石に気まずいかなと後悔した。バイトも同じだし、私の中で夜星くんは異性では仲がいい方。
それでも、やっぱり二人でどこかへ出かけるのはこれが初めてだったから。
「ど、どうせなら広末兄妹を誘う?」
逃げるように私はそう提案した。
私から夜星くんを誘っておいて、流石に二人きりはどうかと思って逃げようとしているのだ。
私って嫌な女だなと思う。
「いや、やめておこう」
「あ、そう……」
私の提案が通ることはなかった。
「朔楽は飽き性だから、勉強のムードを壊すし、美織は朔楽の監視役を任せる」
「そういうことね……」
やっぱり幼馴染なんだなぁ。
二人のことをよく理解してる。
「あ、もしかして二人が嫌だったとか? もしそうなら全然あの二人誘ってくれて構わんぞ? 何なら他のメンツを誘ってもいいし」
「大丈夫! 私から誘ってるし嫌なんて思ってるわけないし」
「そ、そうか……」
気を遣わせちゃった。
それと察しがいい。私の不安が盛れすぎていたのかもしれない。反省しなきゃ。
ただ、夜星くんを誘ったのにはちゃんと理由がある。もちろん勉強を教われたら嬉しいけど、私が学びたいのは試験勉強についてじゃない。
夜星凛月という人間の考えとメンタルの保ち方。
勝手に悩みを持つ者同士、親近感を覚えてるのかもしれない。




