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37 開講、朔楽のバッティング教室!


 カッキーンっ!


「おぉ……飛ばすな」


 学校が終わり、放課後に俺は朔楽に連れられバッティングセンターに来ていた。

 ちなみにテスト数日前。

 部活動がオフだからこそ朔楽は部活へ行かず俺を連れてバッティングセンターに来たわけだが、なんだか似たような光景を少し前にも見たな……。


「また美織に何か言われるんじゃねえの?」


 全20球を終え、打席から戻ってくる朔楽にそう聞くと、鼻を鳴らして前髪をかきあげた。

 そして――。


「もうアイツは何も言ってこねえよ」


「そうなのか?」


「むしろ私も連れてけって駄々をこねてやがった。流石にテスト前に遊ぶ罪悪感には勝てなかったみてえだけど」


「へー、美織が……」


 あいつも変わったな。

 俺や朔楽の心配ばかりをしていた過保護な美織はもういない。

 俺たちの事を信頼してくれてる証だろう。


「それにしてもバッティングセンターが好きね朔楽は。この前もめっちゃ打ったろ」


「サッカーやってなけりゃ野球をやってたかもな。それと、部活がねえと疲れないから夜眠れねえんだよ」


「だから体を動かしたいってわけか。そういう事なら付き合うけどよ」


 俺も野球は大好き。

 もちろん観戦が趣味だが、機会があればバッティングセンターではなく実戦形式で打席に立ってみたい。

 プロとか高校球児の球は速いから嫌。

 怖いし打てるわけねえし。

 中学生……いや、小学生と真剣勝負してみたいな。


「兄ちゃんたち、野球やってるの?」


「君は?」


 朔楽と休憩がてらベンチに座って話していると、坊主頭の子供が話しかけてきた。

 

「僕は(すすむ)。兄ちゃんたちのことずっと見てたんだけど、凄く打つからカッコいいなって」


「ありがとな進くん。ただ、俺たち野球経験者じゃないんだ」


「そうなの?」


「俺は観るのが好きでルールは詳しい。こっちのお兄ちゃんはサッカーやってるから運動神経は抜群。それでも、野球はバッティングセンター以外でやった事がないんだよ」


「そうだったんだ……。ボールに当てるのが上手だったから、教えてもらいたかったんだけど……」


 困ったな。

 褒められたのは素直に嬉しいけど、俺たちのスイングは多分デタラメ。

 10回フルスイングをして全部録画すれば、きっとバットの軌道はバラバラ。

 ただ当てるだけなら、バットを短く持ってコンパクトにスイングすれば当てられるし、専門的なアドバイスは出来ない。

 けど、進くんは勇気を振り絞って年上の俺たちに話しかけてきたんだ。分からないの一言で突き放すのはなんか違う気がする。


「進くんは何年生?」


「小学四年生」


「一人できたの?」


「うん。僕、試合じゃ全然打てなくて……。パパやママは野球に興味がなくて、コーチたちに教えてもらおうとしても、時間はないし」


「だから一人で練習にきたわけか……。その努力だけは認めてやる」


「上から目線すぎるだろ朔楽……」


 ずっと黙っていた朔楽が口を開いたかと思えば、年下に対して威圧的すぎる言葉選び。

 しかし、朔楽が自分から話しかけるなんて珍しい。


「バットは軽いのを使え。重いバットじゃスイングに無駄な動きが出る」


「うん、重いバットは振れないから軽いのを使ってる」


「とりあえず打席で20球、振ってみろ。その都度アドバイスをしてやる」


「わ、分かった……」


 そう言って進くんはバッターボックスに入って行った。朔楽も後を追うように入り、マシンにお金を投入。


「お金……」


「出してやるから思う存分振れ」


「ありがとうございます」


 礼儀正しく進くんは頭を下げた。

 そして左打席に入った。

 構えをとって80キロの球速設定で初球が放たれた。

 結果は空振り。


「打ちにいこうと体が前に出過ぎだ。頭がブレてバットも的外れな位置を通過してる。次の球は我慢してボールを見ろ。絶対振るな」


 若干早口で朔楽が伝えると、進くんは頷き、視線を前に向け構えをとった。

 ズドォンっと、ボールが通過した。進くんはピクリとも動かない。


「もう一球見逃せ」


 指示通り、3球目も見逃した。


「次は足を上げるところまでやれ。ただし振るな」


 そうやって細かい指示を出していく。共通しているのは絶対に振るなということ。

 せっかくバッターボックスに立ってるのに振らなきゃ勿体無い気がするが、進くんは素直に従ってるし、そもそも朔楽の金だし誰も文句はない。

 そうして15球が過ぎた頃。


「大振りじゃなくていい。良くボールを見てバットを振れ」


 ようやくバットを振れという指示。

 放たれた山なりの80キロのボール。それに合わせてスイングを始めた進くん。

 素人目でも分かった。

 初球とは大きく違うスイング。

 

「あ、当たった……」


 打球こそ弱いが、決してフライやゴロではないヒット性の当たり。あわよくばホームランの的に当たるかという一打。

 手応えがあったのか、残りの打席全て似たような当たりで空振りやファールは一球もなかった。


 

 ◇



「凄えな朔楽」


 朔楽のバッティング教室が終わり、夏の空も暗くなった。ひと足先に帰宅した進くん。

 朔楽には多大な感謝をしていた。

 というのも、あの後の打席もコツを掴んだようにバンバン打っていたのだ。

 もちろん全打球がヒット性なんて都合の良い話はないが、あの擦りすらしなかった一打席目とは見違えるほどの成長だった。

 本人の器用さと、他人からのアドバイスを聞き入れる素直さはもちろんのこと、それを踏まえて朔楽の教えが凄かったとしか言いようがない。


「どこで学んだんだよ?」


「独学に決まってんだろ」


「だとしたら凄すぎんだろ」


「あいつのセンスが良かった。人の話をよく聞く奴は成長も早い」


「だとしても、朔楽の教え方が上手くなければあそこまで上達はしなかったと思うぞ?」


「まあ、お前よりは上手かったかもな」


「うっ……否定できないのがムカつくな」


 ちなみに野球は好きだが上手くはない。

 前回も朔楽にはボコスカやられて飯を奢るハメになったしね。

 バットに当てる事は出来ても、前に飛ばないのが初心者あるある。打球も上がらずゴロばっかだし、朔楽のバットコントロールには遠く及ばないのだ。


「なんでも出来るよな朔楽って。マジで野球やってたらウチの学校で甲子園目指せてたかもしれないし」


「さあな。スポーツ全般強いウチの中でも、野球部の実績は頭ひとつ抜けてる」

 

 それでも、朔楽なら……。

 そう感じてしまうのは幼馴染贔屓かもしれないけど、割と朔楽のスペックならあり得なくないと思う。

 とは言え、サッカー以外をやってる朔楽も想像なんて出来ないんだけどな。


「おい、あれ……」


 隣を歩く朔楽が指を差した。

 そこには最上がいた。

 実はあの放課後、意味深に「またバイトでね」と言われた日以降、最上は学校を休んでる。

 とは言え二日間だけだが、学校に来ていない最上が例の男……ピアスやネックレスを装飾するチャラい大男と一緒にいるのだ。

 前に見た時と同じ組み合わせ。

 やっぱり陸矢さんではない。


「付き合ってる奴いたんだなあいつ」


「あれ付き合ってるのか?」


「男と一緒に歩いてりゃそれ以外ねえだろ」


「俺も美織とたまに二人で歩くけどな」


「……なら、幼馴染かもな」


「意見変えんの早えなおい……」


 幼馴染なのか恋人なのか……。

 槇村に告白されて振ったらしいけど、あれが恋人なら納得もいく。

 幼馴染だとしても、あの男に好意を寄せている可能性もあるだろう。

 今思うと最上が学校の誰かに好意を寄せているなんて噂はないし、誰かと付き合ってるって噂もない。

 他所の学校に恋人、ないしは好きな奴がいるなら腑に落ちる。


「部活に顔を出してなかったが、デートでもしてたのかもな」


「あれが恋人なら、な?」


 部活に顔を出さなかったのは槇村との一件が理由だろうが、同じサッカー部でも朔楽は知らない様子だ。

 クラスでも話題にはなってないから無理もないだろうが。


「やべ、親父から電話だ……」


「なら早く帰ろうぜ。勉強して結果出さねえと何してたんだってなるし」


「はぁ、面倒くせ……」


 不機嫌な溜め息を吐き、電話に出て話しながら歩き出す朔楽。

 その後を追おうとする俺は最後に一度だけ最上を一瞥する。

 気のせいだろうか……。

 遠くから見えた最上の顔が険しくなっていた気がする。


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