35 はじめまして、さようなら最上さん。そして……
本日二度目の投稿です!
前話を見ていないという方はそちらからお願いします!
「初めましてだね。俺は最上 陸矢。大学二年生だ」
「初めまして、夜星凛月です」
この日、バイト先で唯一挨拶していない最後の一人である最上先輩と顔を合わせた。
名前の通り、この人がクラスメイトである最上綺更の兄で間違いない。端正な顔立ちがそうだと物語っているようだし。
「店長から聞いてる。めちゃくちゃ頑張ってるってね」
「自分なんてまだまだですよ」
「いや普通に凄いよ。稼働率の悪い俺よりよっぽどね」
そう言って自虐するように笑う最上さん。
「二人は初顔合わせだったかしら?」
店長が来た。
「そうですね。今挨拶を済ませたところです」
「ようやくなのね。けど残念、今日で陸ちゃん最後だから」
「え、そうなんですか?」
「実はそうなんだよ……。それで今日、無理やりシフトを入れてもらったんだよ。やっぱり先輩として、新しく入ってきた後輩と挨拶しないで終わるのはなんか違うなと思ってさ」
はじめまして、さようなら……。
あまりにも出会いから別れが早すぎる。
「良かったじゃないですか店長。めちゃくちゃいい子ですよ夜星くん」
「そうなのよ。他の子達も愛想が良いって褒めてたわ」
「やっぱり俺以外とはもう面識があったんですね」
「仕方ないわよ。陸ちゃんが忙しいのは分かってるし」
「何かやられてるんでか?」
興味本位で俺は尋ねた。
「大学でサッカーをね。こう見えて結構上手いんだぜ」
「サッカーですか」
そう言えば最上もサッカーが好きだからマネージャーになったんだよなぁ……。
「それじゃあ今日が最後だけど、よろしくな夜星くん」
「こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺は最上さんと仕事をすることになった。
第一印象は明るく礼儀正しい人。
そして実際に仕事をしているところを見れば、本当にコミュニケーション能力に長けた凄い人だった。
接客もスタッフ同士のコミュニケーション能力も抜群に高い。
スポーツマンなだけあってハキハキと喋るし声量も大きい。機敏な動きも対応力もサッカーで培われたものだろうか。
とにかく、めちゃくちゃ仕事が出来る人って感じだった。
学校終わりからシフトを入れていた今日は閉店して締め作業までやる事になっている。
ある程度仕事を終えた俺は店長から上がって構わないと許可を得た。
着替えて帰る支度をしようと更衣室に向かうと、そこには最上さんがいた。
「お疲れ夜星くん」
「お疲れ様です」
「いいね夜星くん。全然動きに無駄がなかった。もう熟練のアルバイトの動きだよあれは」
「最上さんの方がよっぽど凄かったですよ。客の回転率が全然違いましたから」
「常連さんに顔を覚えてもらってるからな。常連さんはこの店のことをよく理解してるし、忙しい時は俺たちに配慮をしてくれる。その親切な心遣いに甘えつつ、最大限のお返しをする。そうすると店はいい具合に繁盛するんだよ」
「凄いですよ。頭ではわかってても、実際に出来るかどうかは別ですし」
客足が多くなるとテンパるのがホールってもんだと思う。料理提供に注文確認、そして案内などホールはバタバタする事が多い。
最上さんの話は理解してても、実際にそう動けるかは別だと思う。
「っ……その肩どうしたんですか?」
着替え中、上半身が裸となった最上さんの肩を見て俺は息を呑んだ。
サッカーをやってるだけあって鍛え上げられた筋肉は惚れ惚れするが、俺が見ていたのはそこじゃない。
「前に怪我してな。これは縫った跡だ」
そう言って最上さんは赤く腫れ上がった肩をそっと撫でた。全長10cmほど左肩の皮膚がぽこっと膨れ上がっているのだ。
「痛みはあるんですか?」
「ないよ。普通に腕も動くし」
たしかに、仕事中は痛がっている様子もなかった。
「サッカーの試合中にやらかしたね。運が悪く切らないと治せない怪我でさ。しかも切ったところで完治する保証もないって言われてて……それでも、治る可能性があるなら受けるしかなかったんだ」
「完治はしたんですよね?」
「おかげさまでな。前のようにプレイも出来るし、何も問題はないわけだ」
話を聞いて俺は表情を険しくさせていた。
人生で大怪我を負った事はないからね。骨折すらないから大怪我の苦しみがよく分からない。
それでも、切らないといけない手術は怖いし、治るかどうかも怪しいってのが心配を募らせていた事だと思う。
「夜星くんは何かスポーツやってる?」
「自分はやってないですね」
「そっか……。でも、体育でも遊びでもスポーツは大怪我の可能性があるから気を付けな」
「はい、肝に命じておきます」
◇
最上さんは話しやすくて頼れる先輩って感じだった。昨日しか一緒に仕事をしていない俺でさえそう感じるんだから、きっとこの店に対する貢献度と信頼度は高かった事だろう。
そんな偉大で立派な先輩との出会いと別れを一日で体験した翌日。
「よろしくね夜星くん」
「お、おぉ……」
辞めた最上先輩の代わりと言わんばかりに、新人が入ってきた。
しかもその新人は辞めた最上さんと同じ名前。というかクラスメイト。
「聞けば二人はクラスメイトらしいじゃない。夜星ちゃん、綺更ちゃんの面倒を見てあげてね?」
「は、はい……」
「それにしても陸ちゃんが辞めて、その妹が来てくれて本当に助かったわ」
「兄から仕事のノウハウやこの店のルールはお聞きしたんですけど、まだまだ分からない事ばかりなのでよろしくお願いします」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする最上。
同い年がいない俺にとって、気を遣わずに話せる存在は本当に大きい。
それもクラスメイト。心の余裕が出てくる。
「実際に現場に立って仕事をすると、分からない事だらけでしょうし、分からないところはじゃんじゃん聞いちゃってね! 夜星ちゃんが一番頼りやすいでしょうし、夜星ちゃん頼んだわよ」
「はい」
こうしてバイト先に同い年の仲間が出来た。
「本当に働いてたんだね夜星くん」
「最上こそ、入るなら言ってくれれば良かったのに」
「実は急遽決まったんだよね。お兄ちゃんがいたってこともあって、お兄ちゃん伝に私の情報は伝わってるから、面接もなかったし」
「そうだったのか……」
「私はマネージャーの仕事もあるから、頻繁にシフトは入れられないけど、大会も終わったし、丁度いい機会かなって」
「お兄さんから仕事を教えてもらえるのは大きいよな。教える側も理解が早い方が助かるし」
俺も入ったばかりなんだが、仕事はある程度こなせる。クラスメイトってこともあるし、コミュニケーションは俺が一番取りやすいから店長に頼られるのも頷ける。
「そういえば……」
この前、最上が一緒にいたのは誰だったんだろう?
お兄さんは陸矢さんだし、この前見た男とは明らかに違かった。遠目だったが、アスリート体系で引き締まった陸矢さんとは違い、タンクトップ男は格闘家っぽい体格だった。
腕や足がとにかく太いのだ。
「どうかした?」
「なんでもない」
誰と一緒にいたってそれは本人の自由だ。
ただ最上とは正反対というか、ああいうチャラい男と一緒にいるイメージがなかったから驚いただけ。
プライベートに口を突っ込むほど俺は無神経でも自己中でもない。
紳士オブ紳士……。
それが俺って男なのだ。
黒のタンクトップ男は一体全体、誰なんだ?
ということで、この章では主に綺更が主役となってきます。そして怒涛のような展開になってくるかもしれません。
面白いと思ってもらえるように頑張りますので、読者の皆様も続きをどうか楽しんでいただければと思います!
では、次回で会える事を楽しみにしています。




