34 黒のタンクトップ
勉強は好きじゃない。
けど苦手ってわけでもない。
そんな俺でも、模試や定期試験、生徒会長や生徒会長や生徒会長、そして生徒会長について考えてると頭がおかしくなる。
宮國先輩は厄介な強敵だ。
ああいうタイプは俺を追い詰めて生徒会長の座に無理やり就かせようとしてくるだろう。
ふん! これは俺と生徒会長の勝負。
負けられない戦いってやつが今始まろうとしてるのかもな……。
「凛月、手が止まってるけど大丈夫?」
俺は現在、美織と勉強中だった。
「大丈夫だ。少し休憩してただけだから」
目の前に座る美織が俺の顔を覗きこむように上目遣いで心配していた。
俺は平静を装ってペンを回す。
あ、落としちまった……。
「ん……?」
落としたペンを拾おうと屈む俺は、向かいに座る美織の足が俺のテリトリーまで伸ばされていた事に気付いた。
ここは我が家のリビング。食卓で向かい合うように座っている俺と美織。
「姿勢の良さは勉強の効率に繋がるんだぞ?」
ペンを拾った俺は何食わぬ顔でそう言った。
「何の話?」
首を傾げた美織。
次の瞬間、俺の足に美織の足が絡まった。
「おい……」
「なに?」
「足」
「すべすべでしょ?」
「心地よい肌触りだな」
「毎日欠かさずケアしてるからね。触っていいよ?」
「触れるかっ!」
生々しい!
痴女だよ美織。
前はそんな事を言う奴じゃなかったじゃん!
「男ならシャキッとしなよ凛月」
「お前に羞恥心がなさすぎなんだよ」
「だって言ったじゃん凛月。告白以上に恥ずかしいこともないって」
「あの時はな? 今はそういう時じゃないだろ」
こんな感じだ。
美織はあの一件以降、好意を隠す事がなくなった。
俺としては有耶無耶にせず、しっかり断った。変な期待なんてさせないように……前に進めるように。
しかし、蓋を開けてみればアプローチが始まっただけだった。
「好きな人がいないならいいじゃん。少しでも私の魅力に気付いてもらいたいし」
今更だろって思う。
美織の魅力はよく知ってるんだ俺は。
それに俺が付き合おうって言ったら美織は喜んでくれるだろうけど、あまりにも優柔不断すぎるから絶対に言えない。
あの時、俺は確かに美織を振った。
そのけじめと責任からは逃れられない。万が一、幼い頃みたく美織を純粋に好きになれば、きっとその時は俺から想いを伝える。
のこのこしてると、美織は他の人を好きになりそうだけど、そうなったら俺の自業自得で済む話。
「私が告白した事、空音ちゃんや朔楽にも言ってないんでしょ?」
「言えないだろ。他人の秘密をペラペラ話したくないし」
「正直空音ちゃんや椿姉に伝わって心配されるかなって思ってたんだ」
「言う必要がないな。余計な心配をかけることになるし」
「そうだね」
「足絡むのやめろ。勉強に集中しろ」
「はーい」
言うことはちゃんと聞くんだよな美織。
というか、忠犬っぽく感じるのは流石に気のせいであってほしい。
まあでも、生徒会長や宮國先輩の事よりも悩みは少ないし可愛げもある。
生徒会長が伝統を重んじている以上、首席がその座に着くのはやっぱり逃げられないんだろうか……。
「ねえ、また手が止まってる」
「ごめん……」
「悩みでもあるんじゃない?」
「勉強は奥が深いなって思ってな……」
「今更?」
「すればする分だけ結果に繋がるけど、必ずしも良いことばかりじゃないんだなって」
「そうなの? トップにはトップにしか分からない悩みがあんだね。私にはさっぱり分からないや」
極端な悩みだけどな……。
それでも、宮國先輩自ら接触してきたって事は、絶対に無視できない問題なんだ。
◇
「サッカー部、負けちゃったってさ」
「そうか……」
休憩中。
美織はスマホを見つめながらそう伝えてた。
「後半のアディショナルタイムで逆転だって……。キツい敗け方だね……」
「朔楽は出場したのか?」
「出番はなかったみたい」
朔楽は一年生ながらにユニフォームを貰ってる。それだけ期待されてるって事だけど、フィールドに立ってボールに触ることは出来なかった。
次こそは、だな。
「冥海は部活動が盛んだから面白いよね。この時期になるとどこの部活も注目されてるし、期待通りに勝ち上がって全国にも届く勢いなんだから」
「そうだな……ところで、その情報は朔楽からか?」
「朔楽が連絡くれるわけないじゃん。綺更からだよ」
「そういえば、最上と仲良かったんだよな」
「塾が一緒で当時からよく話してたし、凛月っていう共通の知り合いもいる。この前なんて凛月のことでああだこうだって、結構話し合ったし」
「最上と俺についてどんな話をすんだよ?」
「気になるの?」
「別に」
ニヤッと俺を見つめる美織。
俺はそっぽを向く。
正直どんな話をしてるのか気になってしょうがない。
「マネージャーって忙しいよね絶対。マジで綺更は凄いと思う」
「選手と違って裏方だもんな。雑用とも言える。サポートも疎かに出来ないし、本当に大変だと俺も思うよ」
「私も専属マネージャーが欲しいなぁ」
「女子バスってそもそもマネージャーいたっけ?」
「別にバスケ部のマネージャーじゃなくて……」
俺をチラッと窺う美織。
その視線はどことなく妖艶で男を誘惑しようとしているように思えた。
「いらないだろ専属マネージャーなんて。自分のことは自分で管理しろ」
「冷たいなぁ凛月は。私がスタメンになって忙しくなっても助けてくれないの?」
「忙しくなったらな」
「じゃあスタメンにならなきゃね!」
美織のやる気が満ち満ちていく。
こんなやり取り一つでモチベーションに繋がるなら安いもんだ。
マネージャーのようなサポートはできなくても、言葉の一つや二つはかけられるんだ。
「この後俺は出かけるから、勉強はそれまでだな」
「バイト?」
「ただの買い出し。最近空音が料理の勉強を始めてさ」
「何かきっかけでも?」
「料理の楽しさに少しずつだけど気付いたらしいぞ」
「いいね! 女はそうやって自分を磨いていくものだから」
美織は料理が得意。
前に手伝った事があるけど、俺は美織からの的確な指示に応じるだけのロボットだった。
◇
『買い物終わった?』
「ちょうど今終わった」
『私も駅に着いたところだから一緒に帰ろうか』
「了解」
駅のスーパーで買い物を終えた俺は空音と通話していた。スーパーのラージ袋にはいっぱいの食材や調味料。
片手で持つには重すぎるが、両手で持つには持ち難いスーパーのレジ袋。
俺は中身が崩れないよう、地面に置いて空音を待つことにした。
そんな時……。
駅を行き交う人々を見ていると、見知った顔を発見した。
クラスメイトの最上だ。サッカー部のジャージを着ているし、今日の試合帰りっぽい様子。
そんな最上の隣には俺の知らない男がいた。
サッカー部のジャージじゃない。
筋肉が強調される黒のタンクトップと、首元を飾るネックレス。身長も大きいし、耳元にはピアス。
いかつい男が最上の隣を歩いていた。
「兄がいるって言ってたっけ?」
前にそんなことを言っていた。
確かおれと同じバイト……けど、まだ顔を合わせた事はない。
しかし、遠目から見るに兄妹ではない気がする。
なんとなくそう思った。
 




