33 生徒会長のスペックに驚いてねえし?
ウチの学校はどの部活動も基本的に強いが、伝統という観点から言えば野球部が頭ひとつ抜けている。
そもそも日本の伝統とも言えるのかもしれないが、夏の甲子園の注目度は毎年高い。
甲子園常連校として神奈川の顔と呼ばれる一校に冥海は入っているのだ。
そんなわけで、神奈川県予選準決勝、決勝まで上がると学校応援ってのがあるらしい。
サッカー部やバスケ部とか、試合や練習がある場合は参加しなくてもいいらしいが、どこの部活動にも所属していない学生は基本的に参加しないといけない。
そのせいで、応援歌の歌詞を渡された。ネットに音源はあるからそれで練習しろって事だ。
「帰宅部っていう立派な部活があんのよ俺たちは」
「部活としての実績があるなら、参加しなくても文句は言われないだろうけどな」
俺の愚痴を拾ったのは安曇だった。
「安曇も部活には入ってなかったよな?」
「ああ、俺は勉強で忙しいからな」
生徒会長を目指している安曇には部活動の時間すらも惜しいようだ。
やっぱり凄えよこいつ。
「サボっても文句は言われないだろうけど、俺って変なところで真面目だからサボろうとすると良心が痛むんだよな」
「なら良心に従って参加すればいいだろ?」
「ナンセンスだぞ安曇?」
俺はちっちっ、と人差し指を揺らす。
「夏の日中の屋外球場を舐めちゃいかんよ。燦々と照りつける太陽が本当に眩しくて暑いんだからさ」
「そうなのか?」
「本当にやばいぞ?」
「俺は運動なんて全くやってないから、夏の暑さには弱いんだが?」
「タオルと帽子は必須だな。それと水分補給はこまめにして、日焼け止めは塗った方がいいかも」
「お、おぉ……万全の準備はしろって事だな」
本当に舐めちゃいかんのよ夏の暑さってやつは。
「甲子園行ったら学校応援で兵庫まで行かないといけないんだろ?」
面倒臭そうに言う安曇。
「寄付もしないといけないらしいぞ?」
「大変だな本当に……」
「甲子園は日本の夏の伝統。春の選抜も凄いが、注目度は比べものにならないからな」
「夜星は野球詳しそうだな。好きなのか?」
「プロ野球は横浜ファンになって10年。小さい頃から観てるぞ」
「凄いな」
「高校野球や大学野球もそれなりに詳しい。というか、ドラフト候補や注目選手は毎年必ず抑えてるんだ」
「かなりの野球ファンなんだな」
きっかけは父親の影響だ。
父親が何かのきっかけで球団関係者と仲良くなって、それ以来横浜ファンらしい。
小さい頃から俺も一緒になって応援してたら、いつの間にか生粋の野球オタクになっちまった。
「応援は面倒と思いつつ、なんだかんだ観戦すれば盛り上がれる自信があるんだよな。毎年テレビで観てるし」
「なら良かったじゃないか。現地観戦に勝るものもないだろ?」
「まあな……」
試合は結局面白い。
ただ団体観戦ってのは初めてだからどうだか分からない。応援歌を覚えるのも面倒だし。
「凛月くん、ちょっといいかな?」
「坂田先輩じゃないですか」
廊下を歩いている俺と安曇の前に坂田先輩が現れた。手には大量の書類が抱えられている。
「昼休みは暇かな?」
「昼食以外は……」
「ちょっと時間もらえる?」
「はい」
また何かの手伝いだろうか?
生徒会長はしょっちゅう行方不明になるようだし、力仕事を俺に頼みたいのかもしれない。
◇
「久しぶりだな夜星」
「久しぶりです、宮國先輩」
連れてこられたのは生徒会室。
随分立派な造りの一室だ。掃除もされていて埃一つ落ちてない。
「座って凛月くん」
坂田先輩の言葉に甘えて俺は席に着く。
向かい合うように宮國先輩と坂田先輩が座っている。なんだか面接みたいで緊張する。
「校内模試の結果は夜星が首位だったらしいな。おめでとう」
「どうも……」
「時期尚早だが、ひとまず学年順位が出た今、学年首席の夜星には話さないといけない事がある」
「なんでしょう?」
「大体察しはついてると思うが、生徒会長についてだ」
空気が変わった。
というより、俺が無理やり変えた。
「嫌そうだね凛月くん」
そう、俺が嫌だというオーラを全開に出しているからだ。生徒会長なんてやりたくない。生徒会にすら入りたくもない。
俺は面倒な役割を押し付けられるのが嫌だ。というか人前に出るのも得意じゃない。
「気楽に考えてくれ。ただ学年首席が例年生徒会長になるっていう伝統だ」
やっぱりそういう狙いがあったのか。
「もちろんメリットもあるぞ? 内部推薦枠を優先して選べるし、卒業したらOB会に参加も出来る。そこで名前を売れば大企業なり政界なり、今活躍してる人たちと繋がることもできる」
「さすがは冥海の生徒会長ですね……」
冥海大学出身の著名人は多いからな。多額の寄付をしてくれるし、年々規模が拡大している。
そんな方々と知り合いになれば何かと有利に働くだろう。メリットは大きい。
「次の試験で自分の順位が下がった場合は?」
「あくまで候補って段階。一年通して成績優秀だった者が生徒会長の座につく。もっとも、校内模試の順位はまんま校外模試や定期試験に直結する。一番難しいのは校内模試だからな」
「そうだね。実際宮國くんはずっと首席だし」
凄いねこの人。
首席を守り続けるってのはきっと楽じゃない。しかも生徒会長もやってるわけだし、負担は大きいはずだ。
「伝統って言ってましたけど、やりたい奴にやらせるのはダメなんですか?」
「OB会があるからな。プライドと見栄の塊なおっさんばかりだし、いつの時代も会長の座には首席を添えたいんだろうな」
「けど、熱意ある奴の方がきっと働き者になれますよ?」
「それも一理あるな。ただ経験から言わせて貰えば、結局この学校で首席になるやつは何をやらせても一流にこなせる」
「俺は無理です。不器用なんで」
「謙遜する必要はない。生徒会の仕事はそんなに多くないしな」
だとしても、人前に立つ仕事はやっぱり苦手だ。演説とか性に合わないんだよな。
「他をあたってください。俺は――」
「試しに勝負しないか?」
「勝負? どうやって……」
「次の校外模試の総合順位でどうだ?」
「学年が違いますけど?」
同じ試験じゃない。
公平性が損なわれてる気がする。
「凛月くんにとっては高校生活初めての校外模試。だけど、受験を見据えて動き始める子が多い高校二年生の模試は一年生が受ける模試よりも上位を取るのは難しい。割と公平だと思うな」
坂田先輩がそう捕捉した。
納得させられた。確かに入学したばかりの一年生よりも、早い奴は受験に備えて動き始める二年生の模試の方が上に行くのは難しい。
所謂勉強ガチ勢って奴が多い。
なら楽勝に勝てるんじゃね俺?
「いいですよ、その勝負受けます」
「そうか……」
淡々と勝負を受けると、宮國先輩も落ち着いた声音で相槌を打った。
「何か賭けるわけじゃないし、適度な緊張感は持ちつつも、気楽に受けてくれ。あくまで俺と夜星の現在地を明確にするためだからな」
「いいえ、俺が勝ったら他を当たってください。その方がモチベーションにも繋がりますし」
「なら俺が勝てば夜星が生徒会長って事でいいのか?」
「それは爆弾ゲーム過ぎません?」
「妥当だろ」
まあ、妥当か…………え、妥当か?
確かに俺を諦めろって条件を出すからには、負けたらお前に託すってのは納得出来る。
いや、流石に負けたらやばすぎる!?
「ちなみになんだとけどさ凛月くん。宮國くんってちょー頭良いんだよ?」
「学年首席なんですよね? 大体イメージはつきますよ」
「この前先生から試しに解いてみろって言われて、溟海大学と極山大学の理工学部の数学の入試問題を解いてたけど、どっちも満点だって」
「でゅふっ!?」
冥海と極山大学の入試問題が満点!?
どっちも私立じゃ一、二位の偏差値を争う名門中の名門。
それを高校二年生の一学期で満点っ!?!?
「あ、えーっと……ごほんっ。そうですね、試験で争うのはどうかと思います、はい」
「「……?」」
「やっぱり試験は自分との戦いですし、他人と比べるのはナンセンス。己に勝って己に負ける……つまり、満足してちゃ成長はそれまで。だから他人と比べるなんてもっての外!」
「なら勝負はお預けか?」
「そ、そうですね。俺は校内模試で一位をとっただけの暫定一位。まずは校外模試でも慢心せず一位を取る挑戦者なんです」
「そうか……」
「凄い志だね凛月くん!」
誰が勝算のない勝負なんか挑むもんか。
俺は勝てる勝負しかしない主義。別に卑怯じゃねえぞ?
冷静に俯瞰して宮國先輩の脳みそは俺なんかよりもずっと優れてるってだけだ。
ちょうど一年後の自分を想像しろ。
入試問題で満点なんてとれる気がしない。
それに満点ってことはまだ底が知れてない。もしかすればもっと難しい入試問題でも満点を叩き出すポテンシャルがあるかもしれない。
無理無理、絶対負けんじゃんそんなの!
「それじゃあ、勝負をしないなら生徒会長について少しは考えておけよ?」
「う、うす……」
うすしおポテチが食べたい……。