32 何メンチきっとんねんごらぁあっ!!
『お前は俺が守る。だからこの抗争に首を突っ込むな』
『嫌よ! 私を巻き込みたくないなら、京一もヤンキーなんてやってないで普通に暮らしてよ!』
『そいつは無理だ。俺は普通には生きられねえ。喧嘩して相手をぶちのめして、そんでもって自分の価値を認識しなきゃ生きていけねえ化け物なんだよ』
『そんな事ないわ! 私が京一の優しさや魅力を理解してあげる。だから――』
『ごめん鈴。やっぱり俺は――』
『京一っ!』
休日の昼間。
ソファで寝っ転がりながらテレビをつけると、昔のアニメが一挙再放送されていた。
少女漫画風なヤンキーもの。
荒くれたヤンキー主人公が喧嘩をしながらもヒロインと愛を育んでいく物語。
意外に面白い。
「凛月、チャンネル変えていい?」
「嫌だ」
「いつまで見てんのよこれ?」
「17時までだからそれまで待って」
「あと3時間もあんの!?」
ようやくクライマックスに突入したとこなのよ。
しかも相手は主人公の因縁の相手。それこそ、ヒロインをかけた恋敵。
かつて不良界の伝説と言われた男の息子。それがこれから戦う主人公の最大のライバルだ。
「何が面白いのよ? 男なんて真面目で頭が良くて面倒ごとを起こさない方がいいに決まってるのに」
空音は呆れた様子で食卓に座り、肘をつきながらつまらそうに言った。
「男には譲れないもんがあんだよ。京一はかっこいいよ本当に」
「誰京一って?」
「主人公」
「名前まで覚えてるし……」
そりゃあずっと見てたしね。
空音もずっとリビングにはいたけど、ずっとスマホをいじってたしキャラの名前を把握してるはずもない。
「親に捨てられて、親戚をたらい回しにされて……勉強なんてできる環境はなくて、そのイカつい顔立ちとアスリートにも劣らない体格のせいで、ヤンキーたちに絡まれて。平和に生きるには喧嘩するしかない境遇……うん、痺れるね」
「どこが? え、どこがなの?」
姉には分からない男のかっこいいクサさってもんがあんのよ。
負けられない戦いとか、女のための戦いとか……。
「くぅー! 俺も背負いたい!」
「あんたは一撃でKOでしょ」
「……」
冷めた事を言う。
まあ、喧嘩なんてした事ないし、人を殴れば拳よりも心が痛くなるピュアな男子だけどさ俺は。
こういう展開は大好物なのよ。
「本当にヒロインのことが好きなら、ヒロインの言うことを聞くでしょ。ヒロインがヤンキーなんてやめろって言ってんだから、好きな女の頼みなら二つ返事すんのが本当の男ってもんよ」
なんだか俺以上に男っぽい発言の姉に俺は思わず感心させられた。
一理あるなって思った。
「まあ、かっこいいと思えるのは時代に反してるからなんだろうなとは思うよ。今時喧嘩なんてしたらどこに目があるか分からんし、簡単にSNSにアップされる時代。このアニメの主人公みたいに学ランなんて着てたらすぐにどこの高校か特定されるしね」
流石は2次元。
だからこそ、憧れちまうんだよな。
「そういえば美織とは上手くやってるんでしょ?」
「あぁ……」
「何よその反応?」
「別に。空音が心配しなくても上手くやりすぎてるよ」
美織とは本当に上手くやれてる。
というか、喧嘩する前よりも話す機会が増えた気がする。学校ですれ違うことも前より多くなったし、すれ違えば当然話す。
周りの連中は勘違いしてたみたいだけど、あまりにも大胆に人前で話すようになって、それに加えて俺たちが幼馴染だと知れ渡れば、「まあ普通か」って意見に落ち着いた。
それが美織の狙いなのだとしたら見事なもんよ。俺がそういう噂に振り回されるのが好きじゃないって考慮してくれたわけだし。
ただ何というか……。
男としては嬉しいんだけど、美織からの好意が以前よりも見え見えというか……。
とにかく俺は振り回される立場にあるわけだ。
「仲直り出来たなら良かった。今年は椿ちゃんと二人で旅行に行く計画を立ててるし、私たちがいない間に関係が冷えてたら気が気じゃないしね」
「旅行、行くのか?」
「行くわよ。夏の北海道にね」
「いいなぁ……」
北海道とか全国47都道府県で俺が一番な好きな場所なんだよなぁ……。
特に好きなのは函館。
飯が美味い、夜景が綺麗!
「あのぉ、お供しても?」
「男子禁制なの。それに凛月がいたら椿ちゃんは夜も不安で眠れないわよ」
「俺は狼じゃねえよ」
「知ってる、チワワってところね」
「……」
チワワって……。
俺はケージからリビングに解放され、寝っ転がる俺の足元を噛んでくるヒナタを見つめた。
「バフっ!」
「仲間! だって」
「っるせえっ」
◇
「凛月、今日の夕食どうする?」
「外でいいんじゃね?」
ウチは両親が忙しい立場にあって、土日は基本的に家にいない。平日も基本仕事だし、家を留守にする事が多く、両親はこことは違う別の場所で暮らしてる。
まとまった休暇を作ってくれた時は一緒にいられるが、それ以外は基本的にこの家には俺と空音とヒナタだけ。
俺も高校生だし空音は大学生だし大きな問題はないが、唯一困るのは食事問題。
朝はパンでいいし、昼は学食でも購買でもなんでもいい。ただ夜はそれなりにちゃんとした食事をしたいってのが俺と空音の意見。
ちなみに自分たちで料理はしない。
面倒臭いし、不味くはないけど美味くもないから。
「外食ばかりだと高いわよ。凛月は結構食べるしね」
「なら、蕎麦茹でる?」
「この前、椿ちゃんが来た時にお昼ご飯で食べちゃってストックがない」
「ふむ……うどんも朝食でなくなったからな」
夜ご飯で悩みすぎだが、俺たちにとってはだいぶ深刻な悩みだったりするのだ。
食事代は毎月もらってるけど、俺たちの場合は朝、昼、晩だからな。
上手い具合にやりくりしないとすぐ消えるし、そうなるとバイト代から出さなくちゃならない。
「買い物行く?」
「それしかないでしょ」
家に食べるものがない。外食もしない。
残された選択肢は買いに行くだけだ。
「椿ちゃんから電話だ」
食卓に置かれていた空音のスマホが振動していた。
「もしもし椿ちゃん?」
空音が通話をしている間、俺はテレビの電源を切った。そして買い物に出かけるためヒナタをケージにしまう。
悲しそうに閉じ込められながらも俺を見つめてくるヒナタ。
くっ!
何年一緒にいようとその視線だけは耐えられない!
そんな時。
「凛月! 今日広末家でバーベキューやるから来ない? って椿ちゃんが!」
「やっふー!!」
この日、俺たちの夕食問題は豪華なバーベキューの肉に決まった。
昔から付き合いのある広末家ならヒナタも連れて行けるし、ヒナタの散歩にもなるから丁度いい。
ただ、バーベキューの肉を頬張る俺と食欲を刺激する焼肉の香りがヒナタを煽り、ずっと吠えていたのが心苦しかった。