31 変わり映えのない日々とメンツ
夏は暑い。
外で体育なんてやってられないし、昼休みに校庭で遊ぼうとも思えない。
しかし、そんな俺の考えとは対照的に、昼休み外でサッカーをする連中は今日もいて、俺は高みの見物をするように校庭を見下ろす。
そう、俺は現在屋上にいるのだ。
暑いのが嫌なら屋上になんて行かなければいいと分かっているが、呼ばれちまったのだから仕方ない。
「おい、いるなら声をかけろって言ったろ?」
「っ!? よく分かったね……」
微かな足音に気付いて俺は背後にいる華紫波にそう言った。華紫波もあえて気付かれないように忍び寄ってきたのか、俺にバレた途端分かりやすく動揺を浮かべた。
「扉の音も足音も普通に聞こえるからな」
「でも前回は全然気付いてなかったじゃん」
「前回はマジで気付かなかった」
それでも今回は気付けた。
「なんか良いことでもあった? 顔がスッキリしてるように見えるんだけど」
よく見てるな華紫波は。
「それで、今日呼んだ理由は?」
「沙知についてなんだけど……」
「倉形さんか。次はどんなアドバイスをしてやろうか」
「その事なんだけど、実は夜星くんには感謝してて」
「感謝?」
「沙知の好きな人、実は彼女いたんだってさ」
「っ! マジかよ……」
リアクションに困る。
次があるさ、なんて言えないし、その他のコメントもしにくい。
「けど、夜星くんに言われた通り特別なアピールなんてせず、ただひたすらに仲良くなろうとしてたら、彼女がいるんだって秘密を教えてくれたらしいの。その男子、私と慎二みたいに隠してたらしいから、秘密を知れて良かったんだよ」
「知らないでアタックしてても実らない……そういうことか?」
「そう。旅行に行ったとか、遊園地に行ったとか理由をつけてプレゼントをあげてアプローチをしても、結局はダメだった訳だし、無難な方法で仲良くなれて、それで秘密を知れて良かったって沙知は言ってた」
「そっか……」
まさか俺のアドバイスで傷を受けずに済むとはな……。まあ、実質振られたのと同じだから無傷ってわけじゃないだろうけど。
それでも、華紫波の様子を窺うと深刻な感じはしない。あえて俺に伝えてくれたのも、感謝のため。感謝してるってことは、最悪にはいたらなかったって事だろうし。
他人ながら人の役に立てて良かったと、俺は再び校庭に視線を移した。
「暑いね今日」
「暑い……最近は暑すぎて犬の散歩も夜しか出来ないんだよな」
「犬飼ってるの?」
「飼ってるぞ」
「犬種は?」
「チワワ」
「チワワ!」
な、なんだ華紫波のやつ……。
まるでそこに尻尾があるみたいに興奮してる。見えるぞ、俺には華紫波の後ろにブンブンと振られた尻尾が見えるぞ。
「私もおじいちゃんが犬飼っててさ。長期休みの時は実家に帰って犬と戯れるんだけど、本当に可愛いよね」
「ああ、可愛いな。時々生意気だけど」
ヒナタは俺がソファで寝っ転がってる時、髪や足を噛んでくるんだよな……。そういう時はたいてい眠いか、腹が減ってるか、うんちかおしっこなので分かりやすいんだけど。
「いいねチワワ。おじいちゃんの家にいるのはシベリアンハスキーだからチワワみたいな小型犬が憧れるんだよね」
「シベリアンハスキーがいるのか? めっちゃかっこいいだろそれ!」
「ウチのは大人しいからマシだけど、シベリアンハスキーって凶暴らしいよ?」
「らしいな。犬を選ぶ時にそう言われたよ」
ウチは母親が動物苦手だったからな。
今でこそヒナタは可愛くてしょうがないらしいけど、多分大型犬は今でも無理だと思う。
「今度会わせてよ!」
「機会があったらな。ちなみに人見知りするぞ?」
「私犬には好かれるから大丈夫!」
犬に好かれる華紫波か……。
確かにイメージがつくな。犬っぽいというか、華紫波が犬と戯れてたらどっちが犬か分からなくなりそうだし。
「それじゃあ、俺は先に戻るな」
そう言って俺は歩き出した。
その時。
「待った! 待った待った、待った!」
華紫波はそう言って俺を呼び止めた。
ひどく焦っている様子だ。
「危なかったぁ……本題を忘れて帰らせるところだったよ」
「本題? 倉形さんの話は終わったろ」
「それも本題だけど、もう一つあるんだよ。君が私を騙していたっていう重罪がね」
はて……?
華紫波に嘘なんてついただろうか?
「廊下に張り出された順位表は見た? 学年トップ50が載ってる校内模試の順位表」
「見てない。けど、先生から結果は伝えられてたからな」
「私、34位だったんだよ? 全体で300人を超える中、私34位だったんだよ!?」
「それなら俺は――あっ」
そういうことか……。
「夜星くんの事平民とか言ってた私バカ丸出しだったじゃん! 平民だと思ってた男子が超一流貴族……いや、もっとすごい皇帝陛下だったんですけど!?」
「ち、近い……」
グイグイとゼロ距離まで迫る華紫波は上目遣いながらも怒りをぶつけるように俺を睨んでくる。
やわらかい胸部があたってんのよ。
「学年1位はチートでしょ!」
「運が良かったんだよ。それと相性も良かった」
「だとしても、34位が1位を平民扱いしてた事が恥ずかしいの……はっ! 私のこと揶揄ってたんでしょ!」
「落ち着けシベリアンハスキー」
「誰がシベリアンハスキーよっ!」
おっといけない、ついうっかり。
思わず迫ってくる華紫波がペットショップで初めて会ったショーケース越しに俺へと尻尾を振っていたシベリアンハスキーと重なったのだ。
「あの時は華紫波から平民扱いしてきただろ?」
「そうだっけ?」
「おい……」
そこを覚えてないでどうすんだこいつ。
まあ、覚えてないからこうやって絡んでくるわけなんだろうけど。
「そう言えば、安曇はどうだったんだよ?」
「グルっ! 安曇くん?」
ん? こいつ一瞬犬みたいな唸り声を上げたか?
「安曇くんなら7位だったよ。ウチのクラスから学年トップ10が二人いるってちょっと話題になってたし」
「そうか……」
「それで言うなら、夜星くんが学年1位なのにちょっとみんな大人しいよね? クラスメイトが学年1位だったらもっと驚くと思うんだけど……」
「結構褒められたぞ、みんなから。それと中間試験で俺がクラス1位だってみんな知ってたわけだし、そのまま学年1位でも驚きは半減なんだろうな」
「みんな知ってたの!? なら私だけ騙されてたって事!?」
「勝手に勘違いしてただけだろ……」
ぷんすかと怒る華紫波はそっぽを向いた。
本当に被害妄想が激しい女の子だ。
「次のテストでぎゃふんと言わせてやるんだから」
「なら、ぎゃふん! って言う練習しとかなきゃな」
「っ!? 覚えててね夜星くんっ!」
顔を真っ赤にして華紫波は屋上を去った。
追われるのは好きじゃないが、念願の学年1位なんだから覚悟の上だ。
安曇に負けるわけにもいかないしな。
一人残された屋上でそんな事を考えていると、ポッケにしまっていたスマホが鳴った。
「朔楽か……」
朔楽からのメッセージだった。
【今日の夜空けとけ】
そんなメッセージだった。
「そう言えば球技大会の賭けで奢ってもらえるんだっけ」
結局約束はまだ果たされていない。
色々あったしね。
「そうだ!」
俺はそのままトークアプリで別のトーク相手を表示し、【今日いつもの店来れるか?】と短めのメッセージを送った。
すると10秒かからず既読と返信が来た。
【行く!】
その返信に俺は思わず笑ってしまった。
その夜、俺と朔楽と美織で集合すると、朔楽は美織がいることに驚き、余計な金を使わせるなって怒っていたが、そんなのはいつもの事なので気にしない。
俺と朔楽の賭けはいつだって美織もセットなんだから。
変わり映えのないそのメンツで集まれるのが、やっぱり俺は嬉しいみたいだ。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!
感想を送ってくださった方々も本当に感謝しています。
うまく纏まったのかは皆様の評価次第ですが、ひとまず一章は終わったといったところです。
面白かった、続きが気になる、作者頑張れ!
少しでもそう感じてもらえたら、ブックマーク登録、評価☆☆☆☆☆を是非お願いします!




