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 薄々気付いていた。

 と言っても気付き始めたのは数時間前。

 椿さんから話を聞けば、美織が俺をどう思ってるのか察することは出来た。

 さっき質問した「俺をヒーローか何かと勘違いしてる?」って質問も、遠回しに俺を特別視してるのかって質問だった。

 そしたら美織は隠す事なく、本当に俺をヒーローとして見てる事が発覚。いやいや、俺ヒーローなんてキャラじゃないし。

 それでも、そう思われてたのならそうなんだろうなと思う。

 さてさて、いくら思考に耽ていようと、想いを伝えられた時点でアンサーは必要だ。

 向き合うべき相手は今目の前にいる。


「俺のどういう所が好きなわけ?」


「それ聞くのはずるくない?」


「大切だろ。それに想いを伝えた今、伝える以上に恥ずかしいこともないだろ」


「告白された側は気楽だよね。私がどれだけ勇気を振り絞ったか……」


 そう言いつつも、美織の様子はいつもの感じに戻ったような気がする。

 

「いいじゃん、教えてくれても。こういう機会じゃないと自分の魅力って気付けないからさ」


「ほんとずるい! ……けど、強いてあげるならやっぱり存在感かな」


「存在感?」


 斜め上の回答に俺は少しテンパった。

 顔とか性格じゃねえの普通?

 

「顔とかどうよ?」


「私の中だと殿堂入り」


「ごめん、聞いた俺が悪かった。揶揄うのはやめてくれ」


「本音だけど?」


 純粋な眼差しを向けて美織は言った。

 顔はそこそこ……それが俺の自己評価なわけだが、完成されたルックスの美織に言われるのはむず痒い。

 調子に乗ってすみませんでした。


「存在感ってのは嘘じゃない。そこにいてくれるだけで嬉しいし楽しいから……」


「……そうか」


 つまり、全部好きって事ね。

 って、なに黄昏てんの俺?

 普通にキモすぎ。

 

「どうしたの?」


「い、いや……なんでもないんだ」


 自分のキモさに引いてると心配された。ダサすぎるぞ俺。ただ、そんなダサい俺でもはっきりさせなきゃならない事がある。


「美織が想像するヒーローな俺と、現実の俺はまるで別人だぞ? テレビに映るおめかし女優と、家でぐうたらしてるすっぴん女優くらい別人だぞ?」


「女優はすっぴんでも可愛いし」


「ならハズレな方で」


「それは失礼だよ!」


 流石に失礼が過ぎたか……。

 けど、想像してもらいたいのは本当にそのレベル。シミとか毛穴がないような綺麗な女優さん。

 きっと美織が想像する俺はそんな人物なんだ。

 ところが残念。

 俺は欠点だらけの男子高校生。欠点がありすぎてせっかくの魅力も打ち消してしまうようなマイナス男。


「俺、雑魚だぞ?」


「そんな事ない」


「怠惰だぞ?」


「そんな事ない」


「ダメダメだぞ?」


「そんな事ない」


「性格悪いぞ?」


「知ってる」


「知ってる!?」


「けど、私なんかと違って勘違いされるタイプの性格なんだと思う。今だって私を気遣ってくれてるし」


 美織は哀愁が漂う表情を浮かべてそう呟いた。

 まいったな。

 返す言葉が見つからないや。

 

「女優がそうであるように、化粧をしていようがなかろうが女優は女優で、私の中ではどっちも凛月なんだよ」


「外見はな……。中身はきっと違うぞ」


「それでも、私は凛月が好きだよ」


 周囲を包囲されたように、美織の真剣な想いから逃げられない。神妙な顔つきで俺を見つめる美織。長い付き合いで初めての感覚だ。

 当然と言えばそれまでか……。

 告白なんて同じ人間から何度もされてたまるかって話だし。


「ごめん、美織……」


 ポツリと、俺はそう呟く事しか出来なかった。

 

「そっか……」


 美織の表情は落ち着いていて、まるでこうなる事が分かっていたかのような冷静さだった。

 まあ、タイミングって大事だろう。

 喧嘩をして、その後お互いに自分を曝け出し、その流れで紡がれた好きだよという言葉。

 付き合う流れになるはずがない。


「無理だよね……無理に決まってるよね……。我儘だもん……タイミングってあるもん……」


 分かっていたんだと思う。だから冷静に受け止める事ができたんだと思う。そして覚悟をしていたからこそ、溢れ出す涙が彼女の奥底に眠る感情を物語っていた。

 そんな美織を見つめて、俺は何を思うのか……。振った本人が可哀想だなんて言ってたらぶっ飛ばされるし、俺自身が俺を許さない。

 けど、俺が振ったという現実だけは捻じ曲げる事ができない事実なんだ。


「美織、多分俺は喧嘩をした後じゃなくても、美織の想いには応えられなかったと思う」


「っ……それ、別に言わなくたっていいじゃん」


 顔を見られないようにしながらも、語気を強めて美織は言った。


「言わなきゃダメだと思った。喧嘩をしたから振られたんだって……そんな淡い期待をさせちゃいけないと思った」


 残酷。

 そう、俺は非常に残酷な事をしている。

 美織の狙いなんて知る由もないが、もしこのタイミングで紡いだ想いが玉砕覚悟の上なのだとしたら?

 それはやっぱり、喧嘩をしたから振られたんだって言い訳にも解釈にもするためだろう。

 それをさせるのは、美織のためにもよくないと思ったんだ。


「ひどいよ凛月は……振った子に追い打ちをかけるんだもん」


「性格悪いって言われる所以なんだろうな……」


「でも、そういうところだよ。そういうところが誤解を生む優しさなんだよ……」


 美織は泣きながらもクスッと笑った。


「逃げ道を用意してた私にそれは違うんだって教えてくれた優しさ。そういうところが他の人にない凛月の魅力だよ」


「こんな時まで褒めなくていいぞ。思う存分貶せよ」


「出来るわけないじゃん。そんな事をしたら、私は一生凛月のことを引きずっちゃうもん」


「そうか……なら今の発言は余計なお世話だったな。ごめん」


「謝るのはなしって言ったじゃん……」


 俺は思わず「あっ」と、情けない声を漏らした。言い出しっぺの失言。それと俺のリアクションが可笑しかったのか、美織は笑った。

 涙なんて吹き飛ばすくらい、美織は笑っていた。


「やっぱり好きな人がいるんじゃないの?」


「好きな人の定義って難しいよな……」


「急に哲学みたいな事を言い出した」


「通りすがりの美人に目を奪われることなんてしょっちゅうあるけど、それを好きとはならんだろ?」


「そうかもだけど……急になに?」


「顔じゃ選べない。やっぱり俺は内面重視なタイプだと自分で思うんだ……そういう意味じゃ、ピンとくる相手はいない」


「そっか……」


 告白されたら付き合うのも全然ありだろう。ただし長続きするかどうかは別だ。

 趣味嗜好の傾向は大事だし、本音をある程度曝け出せるのかどうかも、今回の一件を踏まえて重要だという事がわかった。

 自分の考えを相手に伝えようとしない俺は一歩……いや、何歩も周りに置いていかれてたんだと思う。そんな気がする。


「好きな人、出来るといいね」


 ニコッと満面の笑みで美織は微笑んだ。

 そして屈託のない……そう言わんばかりの元気で、エールを送った。


「やめろよ、一匹狼扱いされてるみたいで恥ずかしくなってくる」


 俺はそっぽを向いてそう答えた。

 高校生になってまで、好きな人が作れないとかダサいにも程がある。


「それじゃあ、私は帰るね」


 そう言って美織は歩き出した。


「美織っ」


 俺は思わず呼び止めた。

 伝えたい事があるわけじゃない。それでも、反射的に美織を呼び止めていた。

 こんな終わり方でいいのか?

 話していくうちにいつも通り話せていた気がする。けど、もっと大事な何かをまだ見失ったままな気がして胸がざわつく。


「どうしたの凛月?」


 考えがまとまらない。

 時間をいくら使ったって言葉は上手くまとまる気もしない。

 だから俺は、あえてシンプルを選んだ。


「また学校でな」


「っ……」


 特別な事は言わない。まとまらない考えを不器用に伝えようとも思わない。

 何気ない……それでいていつも通りのやり取りが俺たちには必要だった。そう思って短く伝えれば、何気ない別れの挨拶に、美織はピクッと体を震わせて反応した。


「ずるいなぁ、本当に……」


 美織は少しだけ目を細めていじけるように笑った。


「喧嘩も告白もなかったことには出来ないしするつもりも毛頭ない。それと同じくらい……いや、それ以上に俺たちのこれまでの関係は終わらせないからな?」


 めちゃくちゃクサい発言。

 こんな事を堂々というガラでもないけど、男が言わなきゃ誰が言うって話だ。


「いいの?」


「なにが?」


「告白したし、喧嘩した反動も相まって今まで以上にウザく絡んじゃうかもよ?」


「どんとこい。もう細かい事で怒る俺じゃないんだ。マリアナ海溝よりも深い懐になんのよ俺は」


 つまんねえ言い回しと自覚しながらも、それくらいの覚悟だと主張する。

 

「ありがとね凛月」


 不安が消えた……俺の中にあったモヤモヤが消滅するくらい、美織は美しい笑顔を浮かべた。

 それはまるで月を照らす太陽のように、眩しいほどだった。



 ◇



 美織を広末家まで送った俺は暗い夜道をヒナタと歩いていた。

 当初は一人で帰ろうとしていたが美織だが、俺の言葉を受けて甘えるように送ってと申し出たのだ。

 もしあの時、俺が声をかけていなかったら……考えるだけ無駄か。


「遅くなってごめんなヒナタ。帰ったらミルクあげるからな」


「わふっ!」


 普段は俺の言葉に反応しないくせに、お菓子とミルクってワードには決まって反応すんのよこいつ。

 現金なやつだ。誰に似たんだか……。


「ん、そういえば……」


 ふと思い出した。

 美織が言っていた、俺が泣かした女の子について。美織の口から聞くまで忘れていたのは本当だが、思い出せば全容も明らかとなって俺の脳内に蘇っていた。

 当時、美織と美織の従姉妹と遊ぶことになり、幼い三人、仲良く遊んでいた時のことだ。

 美織に対してその女の子はあまりにも陰湿な嫌がらせや暴言を吐いていた。

 美織は俺の前で笑って誤魔化していたけど、朔楽と喧嘩しても俺の前じゃ笑うし、嫌なことがあれば笑って誤魔化すのが幼い頃の美織だった。

 それが当時の俺はムカついてたんだろうな。

 けど、それ以上に美織をいじめるその子が気に食わなくて、真っ向から挑んできた勝負で負かしたんだっけ……。そんでトドメを刺すように口で煽ったりもした。

 幼いながらも自信家だったようだし、あらゆる面で俺に負けて煽られて、その子は大泣きしていたんだ。


 まあ、要するにだ。


「流石にカッコつけすぎたな俺…‥」


 喧嘩をしなくても美織の想いには応えられないなんて、テキトーなことぬかした俺だが、多分喧嘩する前に告白されてたら普通に付き合ってたと思う。

 幼いころ、俺は美織が好きだったわけだし。

 そんな美織からの告白を俺は断ってしまった。あの流れで受け入れていたら、俺たちの関係は歪になってたと思うし、後悔はない……うそ、ちょっぴり後悔はしてる。

 

「ヒナタ、俺に一生恋人が出来なかったら一緒にいてくれよ?」


「……」


 無言。

 されど無言のエール。

 ペタペタと俺の前を歩くヒナタの背中がこんなにも逞しく見えたのは初めてかもしれない。


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― 新着の感想 ―
美織を振るのは良いにしても、今のところ主人公に恋愛する気持ちが見られない。 ずっと特定の誰かと付き合うことなく話が進んでいくだけに思えてしまいますね。
全然脈あるやんけ美織こっから頑張れ
やはり現代恋愛にハーレムは実現しないのか? 実際には付き合っていないハーレムっぽい関係はよくあるけど、 実際に付き合うハーレムは異世界物でしか見たことない
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