28 向き合う時
大人数でバスケをすると、時間が経つのはあっという間で、気付けば18時を回っていた。
そろそろお開きにしようという男子の言葉で、みんな今日は満足だと言わんばかりに帰り支度を始めた。
帰る足取りが重い。
「広末、この後暇か?」
駅に向かって歩いていると、男子バスケ部一年でクラスメイトの高藤が尋ねてきた。
「暇、だけど……」
私は辿々しくそう返事をした。
経験上、この質問の後に来る言葉なんて容易に想像がつく。
「飯行かね?」
だろうなと思った。
バスケをした後はお腹が空くし、駅へ向かう道中も繁盛する料理店からは食欲を刺激する香りが漂ってくる。
私もお腹は空いてる。
「他の奴らも行くっぽいし」
「どうしようかな。今日はちょっと疲れたし……」
行く気分じゃない。
それくらい今日はバスケをした。それこそいつもの何倍も体を動かした気がする。
何かを忘れるくらい、目一杯体を動かした。
どう返事しようか迷っていると、スマホに通知が届いた。
椿姉からだ。
「ごめんね、今日は遠慮しとく」
「そうか」
断る口実が出来た。
けれど、椿姉からの連絡は決して私の心を穏やかにするものでもなかった。
【夜星家に来れる?】
短いけど察するには十分なメッセージ。
いよいよ本気で向き合わなければいけない時が来てしまった。
はっきり言って私は逃げてた。
だって凛月に言ったことに対して後悔と罪悪感があったから。誰がどう見たってあの状況は私が悪い。
それは分かってるけど、暴走していた当時は自分じゃ自分を制御出来なかったし、振り返ってみるとあまりにも情けなくて向き合う勇気すら湧かなくて……。
だから考えないように逃げてた。
けど、私から始めた揉め事。私が逃げているだけだと、迷惑を被るのは周りの人間。
中でも一番はやっぱり凛月だ。
私は覚悟を決めて夜星家を目指した。
◇
夜星家は近所の一軒家。
高級住宅街とされる私たちが住まう地区は豪邸が建ち並んでいるけど、夜星邸も見劣りしないレベル。
インターホンを押せば空音ちゃんの声がして、鍵は開いてるからと私は玄関を開けてリビングを目指した。
「いらっしゃい美織」
空音ちゃんは明るくそう迎えてくれた。
椿姉はそんな空音ちゃんの前に座って私に視線を送っている。
「バフっ!」
ヒナタが吠えた。
少し見ない間に大きくなった気がする。顔周りがモフモフでライオンみたい。
「とりあえず座りなよ」
「バスケしたから汚いよ?」
「平気だって。凛月なら座らせないけど、女の子は平気」
空音ちゃんがそう言ってくれたから私は甘えて椅子に座る。椿姉の隣だ。
「で、凛月には会えた?」
「凛月……? 会ってないけど……」
「えっ!?」
空音ちゃんは驚いて私と椿姉を交互に見据えた。隣の椿姉の様子を窺うと、こちらもまた動揺している様子だった。
「そらちゃん、りっちゃんは美織の場所に向かったんじゃないの?」
「そうだと思ってたけど……美織に連絡はいってない?」
「きてないよ」
あの一件以降、凛月と連絡はとってない。
「何しに出かけたのあの子は?」
「もう家を出て7時間以上経ってるよね?」
椿姉と空音ちゃんは心配した様子。
どういう経緯なのか分からないけど、心配されてるってことは行き先を伝えてないってことだ。
それと二人の反応から分かることだけど、多分私のもとに向かったと思われてたみたい。
つまり、三人で私について話してたに違いない。
「何してんのよ凛月……」
「空音ちゃん、凛月は何て言ってた?」
私は震えた声で尋ねた。
私の話をしていたのは間違いなくて、当事者の私がその事実に向き合うのは必然のこと。
卑怯だけど、こうして話し合いの席に座れた今なら聞く勇気が湧いてくる。
「あの子は自分が正しいって言ってたわよ。けど、美織の意見も否定はできないって」
たしかに私と喧嘩した時もそう言ってた気がする。
「美織、今なら私たちに話せる?」
椿姉はずっと時を窺っていた。
そして絶好のチャンスが訪れたタイミングですかさずそう言った。
◇
「私が全部悪いよ」
そう、私が悪いんだ。
凛月に理不尽に当たったのは私だ。
私が勝手に勘違いして、それに逆ギレして凛月のせいにして……そこからは想いが溢れてきてもう止まれなくなった。
もしあの時、凛月をフォローする立場に回れていたら。凛月に共感して寄り添う事ができたらこんな事にはならなかったかもしれない。
けど、こうなってしまったのは私の我儘で傲慢な性格が原因。
そしてすぐに謝っておけば椿姉たちを心配させることもなかった。
全部私が悪いんだ。
「心のどこかでりっちゃんに理想を押し付けてたんだね。だから現実との乖離に戸惑ったんだね」
椿姉は核心をついた事を言う。
要約すればそうだ。
「知らない部分は想像が勝手に補完しちゃうの。私の中での凛月は誰よりもすごい人だったし、想像は私の理想へと勝手に膨らんでいった」
完成されたヒーロー像が私にはあって、そのヒーロー像に凛月は当てはまっていた。
けど、それは何も知らない私の妄想でしかなくて、やっぱり無茶苦茶に理想を勝手に押し付けた私がどうかしてた。
「凛月が理想、ね……」
空音ちゃんは可笑しかったのか、クスッと笑った。
そして「そういう事ね」と、意味深に呟いた。
何かを察したんだと思う。こくこくと頷いて頭を整理しているのか、空音ちゃんは妙に機嫌が良くなった。
私の中でその様子が凛月と重なった。
「椿ちゃん、ご飯食べに行こうよ」
「え、今?」
「今日、両親が帰ってこないからさ。家にいても何もないんだよね」
「そういうことなら良いんだけど……」
椿姉は私を気遣うようにちらっと窺う。
「ああ、美織はここにいて?」
「「え……?」」
私と椿姉の声が重なった。
椿姉も私を放ってはおけないらしい。
「安心して、一人放置するわけじゃないから。むしろお邪魔虫は消えるって意味だから」
「それって……」
それは凛月が帰ってくる事を予言しているように聞こえた。
「私はさ、凛月に結構理不尽に説教して考えを矯正させようとしたんだけど、冷静になってみると私も自分の価値観を押し付けてただけなんだよね。しかも凛月は美織に謝りに行ったとか憶測で的外れなこと言ったし」
自嘲するように空音ちゃんは笑った。
「けど、これだけは自信をもって言える。凛月は――」
その時、ガチャっと玄関の扉が開く音がした。
ヒナタが吠える。
「それじゃあ私たちは食べに行ってくるから」
「ちょっ、空音ちゃんっ!」
空音ちゃんは私の声を無視してリビングを出た。椿姉はおどおどしながら空音ちゃんの後を追うようにしてリビングを出た。
それと入れ替わるように凛月がリビングに登場した。
「り、凛月……」
二人きりのリビングを静寂が支配していた。
人がリビングに近付くと吠えるで有名なヒナタでさえ今は大人しい。
何か言わなきゃ。
謝らなきゃっ!
「凛月――」
「美織、時間はあるか?」
二人の声は重なった。
それでも、最後まで言葉を紡いだのは凛月の方だった。
「うん、あるよ」
「そっか……」
私の返答に凛月はただこくっと頷くだけだった。
この静寂が不気味でちょっと怖い。
「付き合ってくれるか?」
「え……」
「ヒナタの散歩、ちょっと付き合ってくれ」




