27 歪んだ愛憎
私にとって、人生で一番凄いと心の底から感じた人物は、テレビの向こうで活躍するアスリートでも、お笑い芸人でも俳優でもなく、ましてやパパみたいな会社を経営する社長とかでもない。
私が人生で一番すごいと感じた相手は身近な幼馴染だった。
名前は夜星凛月――夜の星、凛とした月。
すごい名前だなと今でも思う。夜空に浮かぶ無数の星々の中、私たちの目に一番に留まるのは間違いなくお月様なわけで、凛月はそれを具現化したような存在なんだと思った。
けれど、小学生の頃も中学生の頃も、良い意味で目立っていたかと聞かれるとそうではないし、お月様のように輝かしい功績があったわけでもない。
なんなら中学生の頃は提出物を出さないで怒られてばかりだったし。
それでも、私にとってはやっぱり凄い人だったのには変わりなくて、お月様を具現化してるような存在だと感じたのにはちゃんと理由もある。
同い年で、凛月ほど俯瞰して物事を見つめる事が出来る人なんて他に知らない。
私と朔楽が喧嘩した時だって、的外れな事を言わないし、私たちのことをよく見てるなって思うことが度々あった。
もちろん、第三者だからこそ冷静に見れていただけかもしれない。ただ、それでも他人の喧嘩なんて第三者には感情論を読み解くだけの力はないと思ってた。多分凛月はそれも理解した上での事だったと思うからやっぱり凄い。それはもう、お月様みたく上空から私たちを見ているような。そんな視野の持ち主なんだと思った。
とは言っても、それだけで凛月が一番凄い人になり得るわけもなくて、もっと明確に私の中で一番だと実感する時があった。
それは私と親戚の関係性にある歪み。ちょっとしたいざこざが原因だった。
自惚れなんかじゃなくて、私たちの一族は親戚を含めてみんな優秀。それが私たち親戚一同の自慢でもある。
そんな親戚の中に従姉妹の女の子がいる。私や朔楽と同い年の女の子。当時家は近くて、親戚なんだし家族仲は当然良好。しょっちゅう遊びに来ていた。
その子はとにかく負けず嫌いで、それでいて一番になることに強いこだわりがあった。実際に当時からよく褒められる子だったし、同い年の私はよく目の敵にされていた。
ムカつくのは、目の敵にするのはいつも私だけ。朔楽には敵意を向けているところを見た事がない。もしかしたら私の知らないところであるのかもしれない……だとしても、私に対しては顕著なほどに敵意を向けてきていた。
あれはちょっかいの範疇を容易に超えていたし、思い出は美化され和らいでいくものだと思うけど、その記憶だけはいつまでたっても強く鮮明に思い出せる。
パパやママも親戚の大人たちも、幼い子供同士の戯れとしか思ってなかったと思う。私もあの子とは遊びたくないって言えば解決したのかもしれない。だけど、そうやって他人を遠ざけようとするのは心が少し痛んで出来なかった。
それでも、やっぱり面倒臭かったのが私の本心。
そんな従姉妹の女の子と嫌々ながら遊ぶ日々の中で、どうしてかは思い出せないけど凛月が混ざる事があった。まだ小学生の頃の話で、知り合いの知り合いと遊ぶという絶妙な気まずさも、多分幼かった当時は薄れてたんだと思う。
当時の凛月は良くも悪くもボケーっとしてる男の子だった。あまり自分の意見を言わないし、他人を傷付けるような事もしない。それでいて特別秀でた能力があるようにも見えない男の子。
端的に言えば無害な少年。
だけど、そんな無害な少年にも従姉妹は突っかかっていく。それはもう猪突猛進って具合にね。
またやってるよ、止めなきゃ!
そう感じたのは鮮明に覚えてる。だけど、気が付けば泣いてるのは従姉妹の方だった。
気が付けばというのは、私自身も細かくは覚えてなくて、ただ従姉妹が最後泣いていた事だけは何故か強く覚えてるの。
もしかしたら……いや、きっとザマァみろって感じたからなんだと思う。鬱憤が晴れて気分が良かったから強く記憶に刻まれたのかもしれない。
性格悪いなぁと自分でも思う。私は根っからの性悪女なんだと思う。それでいて我儘で短気なダメな女。
誰も知らない。けれど、私にとってはかけがえのない思い出で、ヒーローが誕生した瞬間の話。
凛月はお月様そのものだ。
太陽という光源がなければ輝く事ができない存在。決して私が太陽だと言ってるわけじゃなくて、他人の力がなければ輝かない存在と言いたいわけでもなくて。
誰かがスポットライトを当てて顕にすると、その魅力が感じられるような存在。
逆も言えて、特別目立つような男の子でもなかったからその魅力は私だけが知っている。醜い独占欲が芽生えた瞬間だ。
その独占欲も月日の流れと比例するように大きくなって、いずれ愛憎と変わる。
きっかけは単純。
幼馴染という近いようで一番遠い存在と気付いちゃったから。凛月は私に興味がない。他人に自分の意見を話さない。価値観を共有しようとしない。
幼馴染なのによく凛月の事が分からなかった。分からないという事は、私は凛月に近付けていないってことの裏返しでもあって……それが嫌な具合に噛み合い始めた時、私の中の独占欲すら孕んだ愛情は愛憎に変わった。
好きだけど憎い部分もあって、それでも好きだから現状維持を望む。
その結果。
高校一年生にして、過去生きてきた15年間の中で一番の後悔をするハメになった。
「美織、この後みんなでバスケしようって話で近くの公園に行くんだけどどうする?」
夏のインターハイ予選の帰り。
無事先輩たちが勝った試合の帰り道。応援が仕事だった私たち一年生は体を動かしてないし、先輩たちの活躍を目の当たりにして熱が宿ったんだと思う。
バスケがやりたくて仕方なかった。
「もちろん行く!」
一年生のこの時期は予選を控えてる先輩たちの練習が優先。
私も少し練習に混ぜてもらってはいたけど、ベンチ入りすることは出来なかった。
「あれ、男バスじゃない?」
チームメイトがそう言って指をさした先には、同じ一年生の冥海男子バスケ部が確かにいた。
向こうも私たちに気付いたっぽくて、集団がゾロゾロと近付いてきた。
会場が近いとは聞いてたけど、帰るタイミングまで一緒なのはすごい偶然だと思う。
「そっちも終わったんだな」
「タイミング一緒だね」
「そっちは帰んないのか? 駅向かってないみたいだけど」
「私らはこれから体動かそうかなって」
「おぉいいね! 俺たちも混ぜてくれ」
「えー、男バス荒いじゃん」
「フェアプレーを心掛けるに決まってんだろ」
どうやら男女混合でバスケをする流れに話は進んでいるらしい。
帰るのは遅くなりそうだけど、今家に帰っても椿姉に気を遣わせるだけ。本当は凛月との事を話すべきなんだろうけど、私が話せばきっと私は自分を肯定するように、守るように話しちゃう気がする。
弱い自分が責められないように……そんなずるいことをしちゃう気がする。
「行くよ美織」
大事な決断すらできない私は、逃げるようにチームメイトたちとバスケへ向かった。