25 お姉ちゃんたち
休日の朝はゆっくりしていられるから好きだ。今日はバイトもないし、久々に家でゆっくりできるかもしれない。
そう考えて起きたのは11時。
普段の学校なら寝坊だが、休日なので当然学校はない。
俺は重たい体を引きずるようにして階段を降りてリビングに向かった。
「おはよう」
リビングに入るのと同時に挨拶をした。
「バフっ!」
リビングに人が近づくと吠える我が家の優秀な番犬、ヒナタ。
犬種はチワワ。それも毛がもふもふで可愛いロングコートチワワ。性別はオスだ。
「バフっ、バフっ!」
人が近づいてくると吠える習性がこの子にはあって、家族だろうと無関係。自分のテリトリーであるリビングに人の気配が近付いてくると容赦なく吠えるのだ。
「おはよう凛月」
「おはよう……。って、椿さんどうしてここに!?」
俺の姉である空音に返事をすると、食卓には空音と向かい合うように椿さんが座っていた。
凛とした座り方で黒髪の大和撫子。
めっちゃ美人でモデルクラス。
自称絶世の美女などと宣うウチの姉とは大違いの本物の美人さんがリビングにいた。
「久しぶりだね、りっちゃん。少し背伸びた?」
「あまり伸びた感じはしないですけど……」
「姉弟だと気付かないけど、他人からそう見えたんならそうなんじゃない?」
実感はないが、空音がそうフォローするのでそうなのかもしれない。
どうやら背は伸びているらしい。
中学三年から高校一年の春の身体測定だとあまり伸びていなかった事に絶望していたが、もしかすると夢の170目指せるんじゃないか?
春の段階だと残り2cmだったし、このままいっちまえっ!
「りっちゃん下に降りてくるの遅かったけど、何かしてたの?」
「勉強してました」
「寝てただけでしょ……。どうする椿ちゃん? 主役が凄く遅い登場をしてきたわけだけど」
「ん、主役?」
「あんたのことよ凛月」
「俺がどうかして……」
そこで俺は気付いた。
椿さんがウチに来たわけを……。
「とりあえず座りなよ」
空音が言った。
俺も現状を把握して頷き、空音の隣の席へ向かった。
「お隣失礼します」
「キモいからさっさと座れ」
空音の隣に腰を下ろす。そしてシャキッと背筋を伸ばして椿さんと向かい合う。
本当に綺麗な人だ。何度見たって見慣れない。
遺伝子ってのは凄くて、流石は朔楽と美織の姉なだけはある。まあ、ルーツを辿ると三人の母親が若かりし頃に芸能活動をしていたくらいだから、顔が良いのは納得。
「本人たちのいざこざに私たちお姉ちゃんが口出しするのは過保護かもしれないけど、何があったか聞いてもいいかな?」
優しく丁寧に、それでいて俺に気を遣って椿さんは尋ねた。
「ただの喧嘩ですよ。意見の衝突、考え方の違い……俺がむしゃくしゃしてるのもあって美織の指摘に反論をしてしまって」
「そうだったんだ……。美織から話を聞こうにも、ちょっと聞き辛くてなかなか聞けなかったんだよね。朔楽に聞いたら、美織が悪いの一点張りで詳しくは分からなかったし」
「朔楽はそう言ってたんですね」
「まあ、あの子は昔からりっちゃんの意見を尊重するし、美織にはお節介を焼かれてたからね」
椿さんは苦笑しながらそう言った。
姉として、あの二人と過ごした時間は俺なんかよりもずっと長い。
朔楽のことも美織のことも、俺以上に理解してる人だ。
「さて、りっちゃんなら詳細を話してくれそうだし、やっと解決の糸口が掴めそうだよ」
「多分無理ですよ……」
「え……?」
希望を見出し綻ぶ椿さんには悪いが、その希望を紡ぐも潰えさせるも俺次第だ。
「仲直りしたくないわけじゃないですけど、多分仲直りしても前みたいには戻れない」
「な、なんで……?」
「幼馴染ってのは不便で、同性の朔楽ならまだしも異性にはどうしても気を遣う場面がやってくる。思春期特有の悩みとも言えると思います。それでも、なんだかんだ仲良くやってこれたのは、誰がなんと言おうと美織のおかげです。その美織と衝突して、俺に対する気持ちも聞かされた今、もう前のように戻れる自信はないんですよ」
今までも喧嘩がなかったわけじゃない。
それでも今回はお互いの価値観に迫った口論。つまり己を支える芯を曝け出した本音の喧嘩。
それがすれ違っていたと理解した。
幼馴染と言えど本音を隠して生きてきたんだ。そのつけが回ってきたとも言えるだろう。
前みたいに仲良くってのは難しいと思う。
少なくとも俺はそう感じてる。
「前提として、俺は美織の考えが間違ってるとは思いません。実際美織が言っていた通りの人間は多いので」
「細かく聞かせてもらってもいいかな?」
「そういえば事細かには話してませんでしたね」
俺とした事がついムキになって本題から遠ざかるところだった。
一旦落ち着こうと深呼吸をする。
ふぅ……よし。
冷静さを取り戻してあの日ことを話した。空音も椿さんも茶化すこともコメントすることも無く、ただ俺の話を最後までじっと聞いてるだけだった。
「ほぉ……まあ、分からなくもないかな」
話を聞き終えた空音の第一声はそれだった。
「私もしょっちゅう同性から嫉妬の目とか向けられてたからさ。普通にウザかった記憶あるわ」
「そらちゃん、しょっちゅう文句言ってたもんね」
クスッと、優しく椿さんは笑った。
この二人はめちゃくちゃ仲良いが、一応椿さんが一つ上だ。空音が大学三年生で椿さんは大学四年生。大学院進学を控えてるから就活はしてないみたい。
だから就活や卒論で忙しいであろうこの時期に、わざわざ足を運んで話を聞きに来てくれたんだ。
「嫉妬ってさ、まるで才能や立場を羨ましく思われてるだけって思いがちだけど、向けられる本人にしか分からないものってあるよね。それこそ、陰口やいじめも結局は嫉妬が原因だったりするし」
「たしかに!」
「ドラマとかで嫉妬するモブたちをマイルドに描きすぎなんだよね。実際はもっと醜い憎悪の塊だってのに」
空音の発言に感心させられた。さすがは姉弟と言うべきか。
思わず笑いそうになった。
それほど意見が近いと感じてしまったのだ。
「ちょっと考え方が変わるねそれ。そうすると今回はやっぱり、りっちゃんが被害者な気がする。そらちゃんも言ってたけど、やっぱり本人にしか分からないもんね」
「俺はそういうもんだと思ってましたけど」
そう信じて意見を曲げなかった。
それが美織には気に食わなく映ったのだろう。意見の衝突はそれが原因だし。
「いじめも、いじめられた本人にしか辛さは分からないのに、周りがああだこうだと無責任に口出しするからいじめっ子たちがエスカレートするケースだって珍しくないしね。結局被害者の気持ちは誰にも分からない」
良いことを言ってやったぞ!
空音からそんな様子が全開に出ていた。
まあ、共感の嵐なんだけど。
「それじゃあ、私も余計なお世話だったね。ちょっと話を聞けば助言出来るかもって考えが甘かったみたい」
「そんな事ないですよ。気にかけてくれただけ嬉しいですし。さっきは仲直りする気なんてない……そんな荒ぶったことを言いましたけど、仲直りしたいのは、まあ本心ですし」
「そっか……」
椿さんは割とガチで天使だと思う。
こういう時、どこまでも優しい表情を向けてくれる。底なし沼のようなその優しさに俺はいつだって甘えたくなってしまうんだ。
「まあ、少ししたらお互いの熱も冷めるでしょうし、その時には謝りますよ」
そう言って俺は席を立った。
先ほどからケージに閉じ込められているヒナタがずっと俺の方を見つめてくるのだ。
可愛くて出してやりたくなった。
「待ちな凛月」
「なに?」
席を立つと空音が俺を呼び止めた。
「共感はしたけどさ、凛月が一方的な被害者ってわけでもなくない?」
この話は続くので本日の正午頃に続きを投稿しようと思います!
そちらも是非読んでいただけると嬉しいです!




