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24 狸


 夏は暑くて嫌になる。

 しかしこの暑さが思考を吹き飛ばしてくれるから、悩みが多い時は案外助かったりもする。

 ジリジリと俺の肌を刺すような直射日光も、鬱陶しいなという考えが先行するから、ウジウジと悩みに頭を使わなくて済む。

 そんな俺は現在、お天道様が眩しく輝く昼休みに屋上で日向ぼっこをしている最中だ。

 屋上からグランドを見渡すとサッカーをしている学生が目立つ。

 俺も中学時代は毎日があんな感じだったと懐かしく思い出に浸れる。


「神妙な様子で屋上からグランドを見渡してると、なかなか絵になるね」


「華紫波……いつから?」

 

 俺の隣にひょこっと華紫波が現れた。


「ちょっと前からだよ。声をかけようか迷ってたんだけど、なんか深刻そうにグランドを見つめて黄昏てたから」


「たしかに考え事はしてたけど、いるんだったらもっと早く声をかけろよ」


「だから話しかけにくい雰囲気だったんだよ。何か悩みでもあるんでしょ?」


 核心をついたその発言に俺は押し黙って、再びグランドに視線を移した。


「呼んだのは私だし、話には付き合うよ」


「華紫波……」


 俺はハッと目を見開き華紫波を見つめた。

 そもそも屋上に呼ばれたのは華紫波から話があるとメッセージを今朝に受けたからだ。

 わざわざ人のいない場所を選んだあたり、大事な話があるんだろうと察してはいたけど、まさか俺の様子がおかしかった事に気遣ってくれていたとは……。

 ならばその気遣いに甘んじて話そうと思う。


「実は最近――」


「それじゃあ、私の相談に乗ってもらうよ!」


「へ……?」


 俺の話を遮るように華紫波は大きな声で盛大に話し出した。


「どうしたの夜星くん? 鳩が豆鉄砲を食べたみたいな顔して」


「いや……俺の悩みを聞いてくれるんじゃなかったのか?」


「それはついでね。まずは私の相談からだよ」


「俺を心配してたわけじゃないのか?」


「ん? どうして夜星くんの心配をするの?」


 まじかよ。

 盛大な勘違いをしてんじゃん俺。

 めちゃくちゃ恥ずかしいっ。

 華紫波が俺に気を遣ってくれているとか勘違いしてちょー恥ずかしいんだが。

 

「っていうか、鳩が豆鉄砲を食らったような、だろ?」


「っ!? べ、別に知ってたけど!?」

 

 赤面して全力否定するあたり多分知らんかっただろ。

 まあ、そのおかげでこっちの羞恥心も薄れたから良かったけど。


「えーっと、相談って何?」


 本題に入るため、俺は切り替えてそう切り出した。

 華紫波も赤面を落ち着かせ、一息ついて本題を話し出す。


「沙知っていたでしょ?」


「倉形さんだっけ?」


「そう、倉形沙知。実はあの子から恋愛相談されてて」


「へー」


「好きな人が出来たんだって。それでどうやったら付き合えるのか伝授してほしいって」


「自分の経験をもとに話せばいいじゃん。つうかそれ俺に話して大丈夫なの?」


「……まあ、平気かな?」


 疑問系はアウトだろ。


「私は力になりたいし、夜星くんが言いふらす人間じゃないってことは分かってるからね。出来るだけ多くの意見を集めたいじゃん」


「そういうことなら微力ながら意見させてもらいたいところだが、生憎と語れるだけの豊富な経験はないんだよな」


「体験談じゃなくてもいいんだよ。どうしたら男子は喜ぶとか、そういう男子目線からの意見も参考になると思うし」

 

「男が喜ぶことね……」


 エロ、スキンシップ……まあ、なしだ。

 付き合ってもないのに仕掛ける勇気は必要だし、それを倉形さんにアドバイスするのも違うと思う。

 ならばもっと現実的に嬉しいことと言えば……。


「案外、特別なことはいらないかもな」


「そうなの?」


「話しかける……つまり、仲睦まじく話してればそれでいいんじゃないか? 男ってちょろいから、話しかけてくれるだけで嬉しいと思うし、「自分に気があるのかも?」って少しでも意識させれば有効的だと思う」


「なるほど! 恋愛初期のムーブだね!」


 え、これ恋愛初期ムーブなの?

 

「小学生の頃を思い出すなぁ。あの頃は話しかけてくれたり、ちょっかいかけられただけで誰々はあの子が好きとか、もしかしたら私のこと好きかもって意識してたし。小学生の恋愛あるあるだよね!」


「……」


 俺が捻り出した案は、大半の連中が小学生の頃に経験した事があるらしい……。

 いや、別に……俺の恋愛観は小学生の恋愛思考じゃないし?

 初心に戻ってこそ純粋な気持ちを相手に向けられるんじゃないかって考えただけだし?


「ありだねこれ! 下手なことするよりよっぽど効果的だよ」


「だろ?」


 どうして俺は胸を張って堂々と「だろ?」なんてキザに言えるんだろう?

 自分で自分をぶん殴りたいっ。


「ひとまずこの案採用。プレゼントとかあげるのはちょっと重いし、相手に意識させ過ぎるのもよくないよね」


「好意的過ぎると、かえって迷惑になる可能性もあるからな」


 テキトーに言っておく。

 男なら好意を寄せてくれるだけで本能が奮えるもんよ! 

 知らんけど。


「それじゃあ、夜星くんの悩みを聞いてあげるよ!」


 話の緩急が凄いな。

 さっきまでのテンションならノリでいけたが、今は流石にキツイ。

 悩みが女々しいと思われるのも癪だし、恋愛相談からの男の女々しい悩みとかつまらないにも程がある。


「俺はいいよ」


「本当に?」


「ああ、本当に……」


 華紫波に話して何が変わるだろう。

 俺の考えに共感してくれたら仲間が増えて嬉しいと、俺は無様にも舞い上がるのだろうか?

 いや、多分それはない。

 元より共感してもらいたいとも感じないのが俺だ。一人に共感してもらおうと、大多数が動くわけじゃない。

 分かりきってることだ。


「夜星くんさ、他人(ひと)に話さないと悩みは解決しないよ?」


「なんだよ急に?」


「時間が解決してくれるのはいつだって諦めをくれるだけ。もうどうでもいいやって、解決することを諦める妥協だけをくれるんだよ。だから話してみなよ。この天才、華紫波弥恵様にね!」


 俺の思考は止まった。

 いや、止まったというより、華紫波の言葉に呆気に取られたのかもしれない。

 諦め……。

 そうだ、俺は諦めようとしていたのかもしれない。

 

「華紫波に話しても解決は出来ないからな」


「なぬ? 私を誰だと思ってるの?」


「振られた女」


「ぐふっ!?」


 華紫波が振られて一ヶ月以上が経ったわけだが、どうやらまだ引き摺ってるらしい。

 なんだか槇村が羨ましくなってくるな。


「出たよその目! 夜星くんって時々私を馬鹿にしたような憐れむような目を向けてくるよねっ!」


「憐れんでなんかねえよ。ただ羨ましく思っただけだ」


「私が羨ましい?」


「槇村が、だ」


「慎二がどうして?」


「華紫波みたいな女子に好かれてて羨ましいなって」


「っ……」


 そういえばふと思い出した。槇村は最上を食事に誘ってたが、流石に本気を出し始めたってところか。

 最上は槇村をどう思ってるのか……。

 俺はまた新たに他人の秘密を握ってしまったわけだが、流石に華紫波と槇村の一件で学習した。

 他人の恋路に首を突っ込むのはもう勘弁だ。

 槇村と最上がどんな結末を迎えるのかは楽しみだが、静観しようと思う。


「え、えーっとね夜星くん……。私は慎二が好きで、その気持ちは今でも変わらなくて……」


「ん?」


「し、慎二はかっこよくてヒーローで……好きだった時の想いは今でも強く残ってて……」


「知ってるが?」


「だからその、何というか……」


 もじもじと華紫波は恥じらいを見せる。

 今更槇村への想いを語らなくたって十分俺は理解してる。好きだった男に振られただけの女、それが華紫波弥恵だ。逆を言えば華紫波から槇村への想いが途絶えたわけではない。

 本当だったら今も付き合っていたかもしれない。

 槇村の気持ちが動かなければ華紫波は今でも幸せな学園生活を彼氏と送れていたんだ。


「ちょっとは嬉しいんだけど……やっぱり私には慎二がいるから……」


「ああ、一緒に槇村を見返してやろうぜ!」


「っ!? それは私と夜星くんが……っ! ダメだよ!」


「最上はとびっきりの美少女だけど、華紫波も負けてない。だから槇村も華紫波が良かったって再認識する日はいつか来る。そうなれば戻ってきてくれるかもな」


「へっ……!?」


 そう、華紫波はウザイけど可愛らしい女の子だ。

 たとえどれだけ鬱陶しくても可憐な女の子だ。

 槇村はないものねだりをしてるに過ぎない。手にしていた幸せがどれほどのものかを理解して後悔する日が来るねきっと。

 それだけの魅力が華紫波にはあると思う。


「良くないよ……本当に良くないよ夜星くん」


 気のせいか……。

 不貞腐れた様子で華紫波はそっぽを向いた。

 狸みたい。


「今変なこと考えたでしょ?」


「凄い、よく分かったな」


「え、本当に考えたわけ!?」


「あ……」


 墓穴掘ったわ。


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