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23 一難解決せずにまた一難


「ごめんね夜星ちゃん。本当に助かるわ」


 その日、俺は急遽バイトのシフトを入れる事になった。

 店長から連絡が来たからだ。いざ店に顔を出すと本来シフトを入れていたはずの二人から欠勤の連絡が届いたらしい。

 店長は慌てて色んな人に声をかけたらしいが、結局助っ人として来れたのは俺だけ。

 本来より少ない人数で店を回さなくちゃいけなくなったわけだ。


「いらっしゃいませ」


 今日も客は多くて休む暇はない。

 俺が働いている【海男の宴】っていう店はカフェだが、メニューが豊富で評判がよく、それでいて立地も良いから昼や夜になれば食事をメインとして来る客が多い。

 ファミレスや大衆食堂と変わらない繁盛具合だと思うし、実際注文も多い。しかし、いつもより少ない人数に加え、今日はやけに客が多い。

 店長もそれを理解しているから店を回すのを優先に考えてる。俺たちもそれを共有しているので――。


「すみません、ただいま混雑しているため案内にお時間がかかります」


「どれくらいかかんの?」


「他のお客様次第ですが、案内まで15分ほど。そこから注文をいただいて提供するまでさらに15分から20分ほどはかかるかと」


 客足は止まらない。

 そんな中、俺は仕事終わりのサラリーマンに見えるスーツ姿の男性にそう伝えた。


「そんなかかんの?」


「ご来店していただいたところ申し訳ないですが、お時間がないようでしたら他の店も検討された方がいいかもしれません」


「大体30分くらいなんだろ? 待つ」


 男性は少し機嫌が悪そうに言った。

 気のせいじゃなければ舌打ちも聞こえた。


「それではお名前を書いてお待ちください」


 記名台に名前を書いてもらう機会なんてあまりないが、一般的なファミレスと同じで席に着いてから注文をするシステムであるため、席に着くまでは注文を受け取れないし案内も出来ない。

 この男性を含めて記名されている名前は四組。席は満席で料理も立て込んでいるから時間はかかるだろう。


「夜星ちゃん、こっちお願いできる?」


「はい」


 店長は全体を動かしながらフォローして自分の仕事もこなしている。

 先輩たちも自分の仕事で忙しく、ホールを動き回れるのは俺だけだ。

 お客様の案内はほぼ俺に一任されている。

 


 ◇

 


「遅えんだよっ!」


 怒声が店に響き渡った。

 騒がしかった店が一瞬で静寂と化した。

 全員が声の方に視線を向けると、そこには先ほど俺が案内したサラリーマンがいた。

 そして接客をしているのは俺だった。


「もう作らなくていいから」


「お客様、今作り始めたところなので、もう少しお時間を……」


「だから遅えんだよっ!」


 そう怒鳴って男性は荷物を背負って店を出て行った。

 その光景は誰の目にもとまっていたことだろう。あれだけ繁盛していて騒がしかった店が依然静けさに包まれている。


「大丈夫か夜星?」


「だ、大丈夫です」


 一連の流れを見ていた先輩の男子大学生が声をかけてくれた。

 俺は動揺しながらも平然を装って言葉を返す。周りも徐々に察したのか店に賑やかさが戻ってきた。

 一人取り残されたように俺だけが、先ほどの光景から現実に戻れていなかった。

 投げつけられた言葉は頭の中で何度もグルグルと蘇っていた。

 まだ入って間もない俺にとって、今回の経験は初めてのことだった。


「すみません、注文良いですか?」


「は、はい……お伺いいたします」


 若干引きずりながらも、俺のすぐそばに座っていた老夫婦に呼ばれ、ハンディターミナルを起動して俺は注文に伺った。


「大丈夫だった?」


 注文に向かうとお婆さんの第一声はそれだった。


「びっくりしました」


「あの言い方はないわよね」


 穏やかなお婆さんが俺を気にかけてくれている。やらかした後にこの温かさはとても心に染みる。

 しかし、それと同時に怒りが込み上げてくる。

 その怒りでつい仕事を投げ出してやりたくなるが、そんな事は責任が許さないし、逃げ出す勇気もない。

 


 ◇



 忙しかった時間も閉店時間を迎えて終わりを告げた。

 テラス席を掃除しながら夜風にあたる。

 初夏は嫌だね。

 心を落ち着かせたいのにジリジリとしていて暑苦しいや。


「ごめんね夜星ちゃん」


「店長……」


 しみじみと海を眺めながら心を落ち着かせていると、店長が唐突に頭を下げた。


「あれはアタシが責任を持って対処するべきだった。なのに忙しいのを理由に夜星ちゃんに全責任を押し付ける形にしてしまった」


 店長は悔しそうに歯をギシっと表情を歪めた。


「仕方ありませんよ。むしろあの客一人に店長が時間を割く方がよっぽど非効率的だったと思います」


「けど、あんな大声で怒鳴られて怖かったでしょ?」


「めちゃくちゃびっくりしました」


 あの状況になったのは、例の男性客を席に案内して注文を受けた後、15分がたった頃に『まだ料理来ないの?』と威圧的に話しかけれたことがきっかけだった。

 俺は厨房の様子を把握していたし、すでに料理に取り掛かっていた事も知ってるからそう伝えようとしたら、聞く耳持たずで怒鳴られた。

 そして帰られてしまったわけだ。


「アタシは夜星ちゃんの接客を見てたから。夜星ちゃんは正確な時間をお伝えして、それでいてこの店じゃ時間がかかるからと他の選択肢も与えた。そして事前に伝えていた通りの時間で案内して、料理も提供できる寸前だった。あの一件に関しては、夜星ちゃんに全く非はないわ」


「そう言ってもらえるとありがたいです……」


 随分と心が弱っていたらしい。

 大人にフォローされると崩すまいと耐え忍んでいた心のダムが決壊しそうになる。

 涙が出そうになった。

 だからだろう……誤魔化すように、八つ当たりするように心の内に秘めていた愚痴が次々に浮かんできた。

 

「めちゃくちゃムカつきましたよ。自分は出来るだけ相手を思い遣って言葉を選んで選択肢を与えたのに、いざ遂行すれば怒鳴られて……馬鹿なんじゃないのって、本気で人を軽蔑……いや、蔑視しました」


「うん、そうね」


「頭悪いにも程があるでしょ。別の店行けばこうはならなかったし、どうしてもこの店で食べたいなら文句言うなよって思うし、お客様が神様だともう思えないです」


 不貞腐れた小学生みたく俺は赤裸々に思いを語った。店長の前で言うことはでないかもしれない。店の理念に反する考えもしれない。

 それでも、俺は思いをひたすら吐き出した。

 

「しかも人前で怒鳴って、相手のことを考える脳みそないんですかあいつはっ! 今時あんな怒鳴り方するやつの方が珍しい時代だってのに……」


 ダメだ止まらない。

 普段は冷静であろうとしている分、一度吐き出すと本性が抑えられないんだ。

 この感覚、つい最近もあったな……。


「夜星ちゃんは大人から見てもすごく賢いから、その分損をすることが多いのは間違いないのよ」


「別に賢くないですよ自分」


「十分賢いわ。接客もそうだし相手を気遣う能力も、相手を思い遣り考える力が肥えてないと出来ないの。色んな大人を見てきたけど、大人でも出来ない人は多いから」


 社会に揉まれたと言っていた店長の発言だ。説得力はあるが、実感は出来ない。


「けどね、アタシから一つアドバイスがあるとすれば、相手を思い遣る気持ちと、相手の考えを理解しようとする気持ちは必ずしも一緒だとは限らないの」


「っ!?」


 不思議とその言葉が俺の心に突き刺さった。

 まるでこの考えを噛み締めろと言わんばかりに俺の心に響いてきた。


「アタシから言わせれば今回は夜星ちゃんが正しいと思うし、他の子達に聞いてもみんなそう言ってくれるはず。だけど、あのお客様が店の状況を知る由はないし、もしかしたら仕事で何か嫌なことがあったのかもしれない」


「分かってますよ。最初から機嫌が悪かったし何か嫌なことがあったのかもって自分も考えました。だから混雑していてストレスが溜まるこの店よりも他を行くことをおすすめしたんです」


「そこまで考えてたのね。やっぱり凄いことだし、夜星ちゃんは達観しているわ」


 達観していようと被害は受けた。

 どれだけ上手く立ち回ろうと嫌な思いをしたしみんなに迷惑をかけた。

 

「店の状況なんて客が分かるはずもないし、文句を言う筋合いは……」


 止まらず愚痴を吐こうとした時、ふと幼馴染との口論が過った。


「どうしたの?」


 店長は心配した様子。


「いえ、なんでもありません……」


 俺は吐露しようとしていた思いをグッと内に秘めた。これを言うのは違う気がする。

 そう考えてしまったのだ。


「すみません店長。それとありがとうございました」


「いいのよ謝らなくて。実はウチの店って料理の評判は良いけど、時々クレームが届くし、今日のことなんて別に珍しくもなんともないから」


「自分もクレームを受けた仲間入りってことですね」


「実は最速記録だったりするわよ?」


「えっ!?」


「まあ、クレームを受けるほど仕事を任せてるってことだし、これからも期待してるわよ」


 重たかった空気が消えた。


「頑張ります」


 考えさせられる事が増えた一日になった気がする。


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― 新着の感想 ―
[一言] 出禁にして情報回そうぜ そのくらい今の客って理不尽にワガママな人多い
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