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21 価値観は曲がらない


 他人には理解されない個人の価値観ってのは、人間誰しもが持ってると思う。

 例えば、ライブ会場や夏祭りのような人口密度が高い場所を嫌う人間は必ずいて、逆もまた然り、そういう熱気がこもる場所が楽しくてしょうがないという人間もいる。

 両者の意見が交わることはないだろう。共感することはないだろう。だって真逆の意見なんだから。

 だから俺は他人に価値観や考えを理解してもらおうとはこれっぽっちも思っちゃいない。

 時には大切だ。しかし反立してしまえば面倒臭い。

 それでも、幼馴染が答えろと無言でお節介にも程があるが、話を聞くという姿勢を見せてくれているんだ。

 

「例えばの話。美織は店員やスタッフに文句を言ったことはあるか?」


「ないよ。もちろん明らかに態度がおかしかったりする時はムカつくし言いたくもなるけど」


「まあ、そういう場合は言われても仕方ないな。ただ問題なのは真面目に働いてる人間にクレームを入れることがあまりにも理不尽だと俺は思う」


「それは共感。だから基本的に悪口は言わないようにしてる」


 言いたい奴には言わせておけ。

 どっかで誰かがそんな事を言っていたような気がする。それはあまりにも残酷で強メンタルの持ち主にしか出来ないことだと言うのに。


「多分俺はメンタルが強くないし、恨みを買うのが怖ければ他人の様子を窺ってる節がある」


「凛月が?」


「そう見えないか?」


「うん……。だって中学の時はヘラヘラしてたし、塾でもしょっちゅう怒られてたじゃん」


「黒歴史だな……というか、それがきっかけでこういう考えになったのかもしれない。成長して冷静に振り返ってみると、あの時の俺はだいぶ痛いし恥ずかしかった」


 宿題をやらない俺かっこいいと思ってる時期が俺にはあったんだ。

 地元の公立中学校には所謂ヤンキーって連中がゴロゴロいた。先生に歯向かったり、バカを曝け出して叱られたり……。

 叱られるのがかっこいい。そう思っていたのかもしれない。

 実際、当時の中学生にはそれがウケていたのは間違いなくて、そういう奴らはこぞって可愛い彼女がいたりした。

 心のどこかで羨ましいと思っていたんだろうな。その時の俺は現在進行形で考えている嫉妬を確かにしていたと言える。


「ほんとバカだよな。宿題はやらない……だけど、テストで低い点数を取るのだけは怖くて結局勉強だけは一人で頑張ってた。まあ、そのせいでテストの点数こそ良かったけど学校の提出物は全然で、結果内申点が低くて、公立受験は諦めたわけだけど」


 冥海を選んだ理由はそれだ。

 中学時代を真面目に生きれていれば、もう少し勉強に対するモチベーションがあれば……もしかすれば違う進路になっていたかもしれない。

 冥海が嫌というわけではないが、自らの首を絞めたつけはきっとどこかで回ってくる。

 それが少しだけ怖い。


「ごめん、だいぶ話が逸れたけど、何が言いたかったかというと、嫉妬とか敵意を向けられるのが心底嫌なんだよ俺」


 遠回りになったが、結局言いたいことはそれだ。

 所謂、負の感情を向けられるのが好きじゃないんだ俺は。

 

「嫉妬されることは何も名誉なことじゃない。今までの人生を振り返れば当然の結果で、そこに辿り着くまでの努力があってこそだ」


 あくまで持論。

 しかし美織はキッと鋭い視線を俺に向けた。


「暴論じゃない? だって凛月は不真面目に憧れて塾でも叱られてばっかりだったじゃん。そんな生徒が自分よりもレベルの高い学校に進学したら嫉妬もするでしょ」


 いつもとは違う、僅かばかりの覇気と怒気が含まれた口調だ。


「冥海を目指すにあたって努力したに決まってんだろ」


 俺も便乗するように荒い口調になった。


「それを周りが知る由はないじゃん。だから表面だけを見てあいつは不真面目なくせにずるいとか文句を言うんだよ」


「だったら文句言えねえだろ。知る由がなくて当然。関わりがないんだから教える義理もない。だからそいつらにどうこう言われる筋合いもないって俺は言ってんだよ」


 事情を知らない第三者にああだこうだと言われるのが好きじゃない。

 

「そもそも、他人に嫉妬することが悪いとは言ってねえよ。俺だってするしな。ただ俺にそれを向けてくるのが腹立つって言ってんだよ」


「自分だってしてるんでしょ?」


「俺は嫉妬しても他人に悟られないように隠してる」


「口ではどうとでも言えるよ。それに才能ある人は心に余裕があるに決まってるじゃん」


「出たよ才能理論。あいつは天才だとか、才能に恵まれてるだけだろとか……そういうのも嫌いなんだよな」


「けど事実じゃん」


「なら苦しい思いせずに成功した真の天才を連れてこいよ。結局成功してる奴らはみんな誰よりも努力してるんだから」


「そんなの分からないじゃんっ!」


「プロのスポーツ選手はこぞって言うぞ。世界一の選手は誰よりも練習してるって。もちろん才能を否定したいわけじゃないが、そもそも努力量が違うのに言い訳すんなって俺は思う」


 まあ、プロになる壁ってのがあって、そこで多少なりとも才能で落とされる人はいるだろう。

 身長、持病……その他の要因を言及すれば話は無限に広がるが、んなこといちいち気にしてはいられない。

 それにプロでもない俺もまた、土俵が違うんだから多くは語れない。


「確かに凛月は言い訳なんてしないよね……」


「しても虚しくなるだけだしな。それに小学生の頃、言い訳したら親父にブチギレられた。言い訳するくらいなら最初から本気でやれって」


天慈(てんじ)さんなら言いそうだね」


 天慈とは俺の父親だ。

 幼い頃から厳しく育てられてきた。

 もしかすると不良に少しでも憧れを抱いたのは反抗期だったからなのかもしれない。

 厳しく優等生として育てられてきたからこそ、父の教えに背いていたのかもしれない。

 でもまあ、経験しておいてよかった。もうあの頃には戻るまいと頑張れるから。


「つまりあれだ……嫉妬したとして感情をむき出しに俺を睨むな。それが言いたかっただけだ」


 だいぶ話が逸れた。

 もはやここまで逸れた後に本題に戻ると大分しょうもない話をしていたんだなと実感する。

 俺も器が小さいみたいだ。

 そんなことでいちいち不快になるなよと反省したくもなる。


「凛月の言いたいことは分かったけど、それでも多分大勢は納得しない」


「はなから理解してもらえると思って話してねえよ。どう考えたって俺の意見は自己中を極めてる。でも間違ってるとも思ってない。俺が不快なんだから嫌ってのは当たり前で、だからそういう連中を鬱陶しく思うのも自由だろ」


 美織は眉間に皺を寄せて俺を睨みつけてきた。


「凛月こそ他人を不快にさせてるじゃん……」


「は?」


「そういうとこだよ。そうやって自分は他人と違う。だから他人はどうでもいいやって……そういう考えをしてるから……」


 そこまで言って美織は口を噤んだ。


「こういう考えだと、何だよ?」


 少し圧をかけて続きを促す。 

 ヒートアップする口論で俺も相当頭にきてるらしい。


「私、凛月に謝らないといけないことがあるの……」


「改まってなんだよ……」


「私はずっと凛月のことを恨めしく思ってた一人なんだよ。けど、綺更から話を聞いて自分が間違ってたって気付いたの」


「最上?」


「知らなかったよ。凛月が努力してる姿とか見たことなかったから。それで私はつい綺更に言っちゃったの、お山の大将だって……」


「……美織だったのか」


「宿題をやってなかった理由も、本人から話を聞けばくだらない理由で、私はあくまで憶測でしか話せなくて……勉強だってしなくても学校の試験くらいちょろいのかなって思ってたけど、綺更から聞けば身を粉にして頑張ってるっていうし……。私、全然凛月のことを知らないじゃん」


 薄らと涙が浮かんでいるような気がする。

 わずかに目元が赤くなっている美織を見て言葉が出てこない。


「つまり私は、凛月にとって一番嫌いなタイプの人間だったわけだ……」


「何を言って……」


「憶測でしか話さない。幼馴染だからって何でも分かってると思って調子乗ったことも嫌味もたくさん綺更に話した。でも、内情を知らない人間がそういう思いを吐露することが凛月にとって嫌いなタイプなんだとしたら、私はもう……」


 美織はそう言って駆け出した。

 まるで投げやりになるように、そのままどこか遠くへ消えてしまいそうな勢いで俺のもとから消えた。


「ちっ……」


 舌打ちが漏れた。

 もちろん俺の口からだ。

 幼馴染と喧嘩したのはいつぶりだろう。というか他人と喧嘩した事すら久々な気がする。

 しかも理不尽に一方的に想いをぶつけられて泣かれて、こっちが胸糞悪くなる。

 何なんだよ一体……。


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― 新着の感想 ―
リアルだなあ。 中学時代の主人公って要するに中二こじらせてでドヤってたわけで。 そして勝手に中二病からさめた挙句、今度は達観したフリをしてる高二病あるあるになってるという
[良い点] 少年少女が現実味、というか人間味がある。 大人にならないとわからないけど、男女がちょっと会話しただけで付き合ってるの?というのは記憶にあることで、クスッとしました。 [気になる点] できた…
[気になる点] 主人公不憫だね。まさか自分へのヘイトを信頼していた幼馴染が助長してたなんてな。しかも最近もたしか友達に主人公に対しての負の感情言ってたな
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