2 アイコンは決めておいた方がいい、らしい
前回お礼を伝え忘れていました。
このページに飛んでいただきありがとうございます!!
ぜひ楽しんでいただければと思います!!
「お疲れ夜星ちゃん」
「お疲れ様です店長」
18時。
店長から上がっていいと伝えられ俺は支度を済ませて挨拶をした。
今日は学校が午前授業だったために入ったのは14時から。つまり4時間働いたわけだ。
「仕事をサボっちゃダメよ?」
「すみません。あの時はぼーっとしてました」
「まあ、夜星ちゃんが真面目なのは知ってるし、これからは気をつけてちょうだい!」
店長からの注意、アドバイスを受け、俺は一礼して店を出た。
ちな、こんな口調の店長だがゴリゴリのおっさんで筋肉質のアスリートみたいな人だ。
初見はいかつかったが、慣れると逆に話しやすくて助かる。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「またね!」
俺は店を出た。
空は真っ暗。若干の肌寒さが残る4月の終わり。バイトで疲れて火照った体にはちょうどいいかもしれない。
「お疲れ、夜星くん」
「おつかれ……え?」
店を出た俺を待ち受けていたのは、先ほど振られたばかりの華紫波弥恵。
「どうしてここに?」
「夜星くんを待ってた」
「終わる時間知ってたのか?」
「知らない」
「21時上がりだったら、ずっと待ってるつもりだったのか?」
「流石にそれはない。けど、友達と電話して愚痴を吐きながら店の様子を窺ってたら夜星くんが上がるのが見えたから」
「なるほど。で、俺に用事というのは?」
「是非とも記憶を消してもらいたいの。ね、お願い?」
「正気か貴様?」
顔の目の前で両手を合わせ、上目遣いでそう願う華紫波の破壊力は凄まじい。
つぶらな瞳で上目遣いをされれば、男ならケロッと承諾してしまうだろう。
俺も危うかった。
内容が内容なだけに、ケロッと落ちることはないが……。
「一旦落ち着け」
「私はいつだって冷静だよ」
「冷静で記憶を消してってお願いしたんならサイコパスだな」
「クラスメイトのカップルが別れる瞬間をずっと見ていて方が変態だよ。変態サイコパス!」
「待ち伏せする方が変態だろ、この失恋ストーカー」
「は!? 誰が失恋ストーカーだって?」
君だよ、君……。
そう言いそうになったが、俺はグッと堪えた。これ以上無駄な言い合いはよそうと、冷静になったのだ。
「つまりあれだろ? 槇村と華紫波が付き合ってたのは内緒だったわけだし、俺のような第三者に知られて噂を広められるかもって危惧してる訳だろ?」
「そういうことだよ」
「なら安心してくれ。誰にも言うつもりはないから」
「あまり信用できないんだよね……」
こいつ……。
俺はキッと華紫波を睨んだ。しかし華紫波は動じることはなく、それどころか首を傾げて俺を見つめ返す。
多分、俺が威圧的に睨んでる理由に気付いてないんだろうな。
どうして私睨まれてるの?
そんな風に考えてるに違いない。
「どうして私睨まれてるの?」
ほらみろ。
つうか、こいつ天然過ぎだろ。
「とりあえずそこのベンチに行こう」
「ベンチに連れ込んでナニするつもり?」
「話すんだろ? お前こそナニ考えてんだよ」
「この変態っ」
「被害妄想豊かだなお前っ!」
ピーピーうるさい華紫波を半ば無理やりベンチに運び、警戒されながらも座らせ話を聞くことにした。
俺、ただのクラスメイトだからね?
別に性犯罪者とかじゃないからね?
「で、どうしたら信用してもらえるんだよ?」
「うーん……君の事はよく知らないからな。もしかしたらめちゃくちゃ性格が悪くて、言いふらすかもじゃん?」
「俺ってそんな風に見えてるの?」
「だから分からないんだって。少なくとも私と慎二が実は付き合ってたんだって噂は客観視しても凄い話題になると思う。ネタ提供するのが好きな人なら、間違いなく言いふらすだろうね」
ナルシストのように聞こえるかもしれないが、実際華紫波の言っていることに間違いはない。
それだけ注目を集めてきた美男美女だ。
中学が同じだったらしく、入学当初から仲が良く、クラスの中心グループを担っている二人だ。
そしておそらく、そのグループのメンバーたちにも、二人が付き合っていたという話は内緒にしていたのかもしれない。
だから華紫波は焦ってるんだ。
ずっと秘密にしていた事実を、あまり話したこともないクラスの男子に握られたことを。
「そもそもの話、内緒にしてた理由は?」
「慎二があまり噂を広めたくないって入学した頃から言ってて」
「槇村がそう言ったのか。んで、その槇村から別れようって切り出したわけね」
「何が言いたいの?」
今度は俺がキッと力強く睨まれる。
別れたとはいえ、まだ未練が残る最愛の元カレが悪く言われそうなことを察したんだろう。
「別に何でもないよ」
あえて言うことはしなかった。
あくまで俺の憶測だからな。真実は神と本人のみぞ知る、だ。
「それで、本題に戻すけど、どうしたら信用してもらえるんだ? ちなみに本当に言いふらす気なんてないぞ?」
「分かってるよ……」
「分かってるって……ならどうして俺はだる絡みをされたんだ?」
「だる絡み? 私が話しかけた一連の流れを、君はだる絡みだと思ってたわけ? 信じらんない!?」
そういうとこだよ華紫波さん。
そういうとこが面倒臭いんだ。
ぷんすかと頬を膨らませて怒っているんだと主張してくる華紫波。
あざとい。
正直可愛らしいとも思える。
ただ何でだろう。女の子としての魅力が可愛らしく魅せているというより、動物的可愛さ……。
そう! カピバラみたいで可愛いんだ。
頬を膨らませているその様子が餌を頬張るカピパラやリスにそっくり。
「何か変なこと考えない?」
「いや、道行くサラリーマンにお疲れ様って激励を送ってただけ」
お疲れ様、社会を支える皆々様。
俺は空を見上げて心からそう感謝した。
キラーンと星が光った気がするが、きっと気のせいだろう。
だって星、出てないし……。
「正直な話をするとね、ただ愚痴を言いたかっただけなんだと思う」
「ん?」
「たまたま私たちの関係を知った同級生、それもクラスメイトがいて、怒りをぶつけたくなっただけなの。だから夜星くんを信用してないわけじゃないんだ」
やけにしおらしくなった華紫波は、儚く笑ってそう呟いた。
まあ、疑われた俺が言うのもなんだが、本気で記憶を消して、なんてお願いをするような子には見えない。
というか、そんなお願いをするような人間は多分そう多くない。
だからなのか、純粋な目の前の同級生につい俺は思いを口に出して告げてしまった。
「自分を見つめ直す時間……だっけ? 確かに大事だろうけど、恋人を捨ててまで欲するものでもないだろうし、ましてや俺たちは高校生だ。環境が変わったのなんだの槇村は言ってたが、華紫波と付き合いながらでも見つめ直すくらいできるだろ普通。客観的に見てた俺から言わせてもらえば、あれは正真正銘、華紫波に愛想を尽かしたと捉えて間違いないだろうな」
「……随分とストレートに言うんだね」
「俺は言うよ。っていうか、ちゃんと話したのは今日が初めてなクラスメイトに慰められても嬉しくないだろ?」
「……どうかな。正直期待はしてたかも」
「俺も一緒になって槇村の悪口を言う期待か?」
「うん。ほら、慎二ってモテるし同性から嫉妬とかされてそうじゃん? 夜星くんもその内の一人で、このタイミングに便乗して私からの好感度を稼ぎつつ、慎二にああだこうだって言うんじゃないかっていう……そういう期待をね」
「だとしたら、俺は本当に救いようのないカスなモブになっちゃうな」
「うん、そういう意味では君は信用できる人間なのかもね」
「信用してもらえたなら何よりだよ」
俺たちは合図を出し合ったわけでもなく、阿吽の呼吸で歩き出した。
「あー、絶対慎二の奴他に好きな子が出来たパターンじゃん」
「それはどうだろうな……」
「夜星くん言ってたよね? 愛想を尽かしたって。振られはしたけど、一応春休みなんて毎日会うくらい仲良かったし、この一ヶ月で愛想を尽かされるようなことをした覚えもないの」
「つまり、高校に入学して新たな出会いがあったと?」
「そうに決まってる! あぁ、どうか慎二の新たな恋が上手くいきませんように!」
「性格悪いな華紫波」
「普通だし! こっちが辛い思いしてるのに、振った本人はラブコメを楽しむとか許せないよ」
華紫波は歩きながらダムが決壊したかのように心の奥底に眠っていた愚痴を吐いていく。
大都市の港街。
18時を過ぎたこの時間帯に男女の学生が肩を並べて歩いていれば、周りからはカップルに見えるだろうか?
それとも、圧倒的な美少女とモブが歩いているだけで、釣り合ってないからと周囲の目には止まらないかもしれない。
「今更だけど、連絡先交換する?」
「これも何かの縁だし、俺は全然してもいいぞ?」
淡々と連絡先を交換する俺たち。
と言っても、クラスのグループに入っているので、そこから連絡先を追加しただけだ。
「アイコン設定してないんだね?」
「設定する必要ってある?」
「ドライだな。景色でも食べ物でも、何か設定しておけば色がつくじゃん。アイコンないとちょっと怖いというか、絡みにくさを感じるんだよね」
「そういうもんか……。なら、この都会な景色でも撮って設定するか」
「お! センスいいね! 一気に意識高いお洒落男子って感じだよ!」
「まあ、俺のセンスにかかればこんなもんよ」
「ナルシストはモテないけどね」
「うるせえ」
淡々と他愛のない話をしながら俺はアイコンの設定を変えた。