19 球技大会
定期試験、校内模試……。
カロリー高めの行事が二度も続いた後に待っているのは、やっぱり試験……なんてことはなく。
頭ではなく体を使うイベント。
そう――。
「そんじゃあ、今日は優勝すっぞ!」
「「「おぉおおーーー!!!」」」
丸頭の野球部、杉下が教壇に立って音頭をとれば、クラスは熱気に包まれたように騒がしく気合いを入れた。
今日は運動部にとって待ちに待ったと言えるだろう行事、球技大会だ。
二学期には文化祭と体育祭が控えているため、必然的に球技大会はこの時期になる。別にやらなくても良くねって意見はなしだ。
勉強ばっかで嫌気がさした少し前の生徒会長が行動を起こしてカリキュラムに入れたらしい。
その生徒会長はさぞ有能だったことだろう。この学校の生徒会がどれほどの実績があって権力を持っているのか分からないが、生徒の要望に答える手腕は見事なものよ。
「夜星くんは何に参加するんだっけ?」
体育館へ向かう廊下。ざわざわと騒がしい生徒たちに乗じて華紫波が話しかけてきた。
「バスケ」
「一緒じゃん」
どうやら華紫波もバスケらしい。
「バスケは得意なの?」
「遊びでしか触れたことないから何とも。第一希望はサッカーだったんだけど、普通にジャンケン負けた」
「あちゃぁ、それは残念だね」
「サッカー部はサッカー禁止。バスケ部もバスケは禁止……その時点で枠が少し埋まってたからな。それに加えて少数のバスケより大人数のサッカーの方が目立たなくていいって理由で選んだ奴も多かったっぽい。極端にサッカーが偏ってた」
「夜星くんもその理由?」
「いや、普通にサッカーが良かった」
バスケもサッカーも幼馴染が大得意なスポーツだ。幼い頃からしょっちゅう外で遊んでたけど、歳を重ねる度に異性の美織よりも同性の朔楽を含めた男子で遊ぶ機会が多かった。
それこそ中学時代の昼休みは決まってサッカーをしてたし。
そういう意味では、サッカーは素人ながら割と得意と語れるかもしれない。バスケも苦手じゃないんだけど。
「ま、頑張りなよ平民くん」
「まだそれを言うか……」
「ちなみにだけど、私はバスケ得意だよ。中学時代はスコアラーだったし」
「バスケ部だったのか?」
「いや、体育で」
体育かい……。
「お互い頑張ろうね」
「ああ」
◇
冥海高校の体育館はめちゃくちゃ広い。
にも関わらず全学年のバスケ選択者が集まってるから人口密度もそこそこ高い。
凛月は体育館の壁に背中を預けて他クラスの試合を観戦していた。バスケ部がいないという意味では迫力に欠けるが、勝とうとする意思はどこのクラスもあるらしい。
観ていてなかなか面白い。
「あれ、凛月くんじゃん!」
「坂田先輩……」
先日知り合ったばかりの坂田真由だ。
手にはボールペンと用紙を持っている。
「それは何ですか?」
「記録用紙だよ。私まとめ役だから」
「まとめ役って生徒会がやるんですよね?」
「うん、私生徒会副会長だから」
「そうだったんですか……」
これは意外。
最近話題に上がったばかりの生徒会。そして知り合ったばかりの先輩がその生徒会……しかも副会長で現在進行形、目の前にいる偶然。
「宮國くんっていたでしょ?」
「いましたね」
「あの人が生徒会長だよ」
「まじですかっ!?」
さらなる驚愕の事実。
めちゃくちゃ意外だった。
凛月にとっては変わり者って印象だったが、案外生徒会長ってのはそういうタイプの人間の方が似合ってたりもするんだろうか?
そんな事を考えてしまった。
「あ、現役生徒会副会長の坂田先輩に聞きたいことがあるんですけど……」
唐突だが現役が目の前にいるんだ。
聞かない手はないと思った。
「ん? なんでも聞いて」
「生徒会って成績優秀者しか入れないんですか?」
「おや、鋭い質問だね」
ニヤリと真由は笑った。
「そうだね。成績優秀者しか入れない……。というより、成績優秀者に声がかかるんだよ」
「担任からですか?」
「いや、現役生徒会長からね」
「生徒会長が次期役員を決めてるってことですか?」
「そうだよ。ちなみに次期生徒会長は学年上位三人から毎年選ばれるんだけど、私が知る限り宮國くんを含めて過去七代前まで遡ってもみんな首席が生徒会長になってるね」
「そうなんですか……」
クラスメイトの安曇賢一が言っていたことはどうやら正しかったらしい。
「みんな受け入れてきたんですか?」
「さあ、どうなんだろうね。少なくとも現会長の宮國くんは、ああ見えて仕事は出来るし案外生徒会に入って楽しめてると思う。というかマイペースだからどこでも自分を貫けるんだろうね」
やはりマイペースだったのか。
凛月はそんな感想を浮かべ、納得した様子で頷いた。
本人が楽しんでいるということは、少なからず入ってもいいという気持ちがあったのだろう。
その点凛月は真逆の思考。
「まあ、首席になったらの話ですし、深く考えすぎない方が楽ですね」
「凛月くんは勉強得意なの?」
「自信はあります」
「まあ、この学校に入学してる時点でみんなそういうものだよね。それじゃあ試合頑張ってね」
「はい」
◇
凛月たちの試合が次に迫ってきた頃。
凛月は体育館の人口密度にうんざりして体育館を出た。しかし初夏に突入した外は外で暑苦しい。
だから人気のない校舎の日陰まで足を運んでいた。
「なあ最上」
「なに槇村くん?」
床に腰を下ろして壁に背中を預けた凛月の耳に、知ってる名前と聞き覚えのある声が届いた。
「次の土曜日、試合終わったら暇か?」
「次の土曜日って大会だよね?」
「ああ。終わったらどこか食べに行かないか?」
「食べに行くって……負けたらそういう空気でもないんじゃないかな?」
「勝つよ先輩たちは。あの人たちが負けるとは思えないし」
綺更は乗り気じゃない。
二人の会話を聞いていれば凛月でも分かることだ。
確かに綺更の懸念点は理解できる。全国を賭けた神奈川県大会だ。
負けたらそれで終わり。
冥海が付属高校ということもあって、大半の三年生は冬も参加する。
それでも、目の前の大会を投げ出していいやという先輩たちではないし、次があっても負けたら空気は重くなる。
万が一、先輩たちが負けた場合を考えると遊びに行く雰囲気にはなれないだろう。
「先輩たちのことはもちろん信じてるけど、それでも勝負の世界に絶対はないし負けることだってあると思う。もし負けたら行っても楽しくないと思うの」
「そうか……」
「ごめんね。でも誘ってくれてありがとう」
綺更は正しい。
客観的に二人の会話を盗み聞いていた凛月はそう思った。バスケ部や他にも冬の全国がある部活は冥海生の場合、三年生であっても参加するだろう。
しかし、それでもやっぱり次があるから負けて良い……そんな甘い考えで戦う者はいないだろう。
だからこそ、負けて重い空気を味わってまでどこかへ行こうとはならない。
もちろん食べに行くこと自体が悪いことではないが、綺更にとってはそのメリハリとケジメが大切だと考えているようだ。
「槇村くん、次試合でしょ?」
「あ、あぁ……」
「応援してるから頑張ってね」
「必ず勝つよ」
慎二はそう言って歩き出した。
少しだけ沈んでいるように見えなくもないが、それ以上に試合に臨もうとする緊張感と集中力が凄まじかった。
「はぁ……」
誰もいなくなった途端、綺更は大きな溜息を吐いた。
その溜息を聞いて動ける凛月ではなかった。今動けば間違いなくバレる。それくらいの距離感にいるのだ。
おそらく、綺更も慎二の好意には気付いているだろうと、凛月は第三者目線で察した。
その上で相手の誘いを断ることの困難さに頭を悩ませているのだろうと。
今動けば一連のやり取りを聞いていたことがバレる。
もう他人の秘密を握るのはごめんだ。