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15 天才ってのは努力をする人たちのこと


 どれくらい勉強しただろうか。

 凛月と朔楽が帰って随分経つ。徐々に他校の学生も試験勉強のためにやって来て広くてガラ空きだった2階の席が埋まり始めた。

 みんなの様子を伺うとまだ帰る様子はない。

 美織は休憩がてら席を外し、お手洗いへと足を運んでいた。


「久しぶり、美織」


 手を洗っていると、隣にはサッカー部と勉強をしていた綺更がやってきた。

 

「綺更……」


「塾以来だよね。高校入学してからはまだ一回も話してないし」


「そうかもね……。綺更も入学してることは知ってたけど、なかなか話す機会がなかったから」


 二人は顔見知りだった。

 出身中学校が同じわけではないが、通っていた塾が同じなのだ。


「美織が夜星くんと幼馴染だって知らなかった」


「塾じゃ凛月とあまり話してないからね。でも私と凛月が幼馴染だと何かあるみたいな言い方だね」


「夜星くんは塾でかなり目立ってたじゃん」


「あぁ、そういうことね」


 中学時代を思い返してみると、確かに凛月は目立っていたかもしれない。

 二人が通っていたのは地元ではそこそこ規模の大きい塾で、二人が通っていた校舎には一学年だけで100名を超える学生がいた。

 当然学力によってクラス分けされるため、全員が知り合いというわけでもない。

 それでも、美織と綺更が知り合いになれたのは同じクラスだったから。数多くの同級生がいる中、二人は一番上のクラスだったのだ。


「一番下のクラスだったし、合同授業すら一緒に受けたことがないけど、宿題を出さない、授業中はずっと寝てる……そんな理由でずっと先生に怒られてたよね夜星くん」


「そうだったね。ある意味塾内で一番有名だったかも」


 塾というものは中学校と違って義務ではない。しかし宿題をやらなければ教育として生徒に注意し、それでも直らない生徒がいるなら徹底的に叱る。

 少なくとも、美織たちが通っていた塾はそういう場所だった。

 

「私びっくりしたんだよね。冥海に入学して、クラスに夜星くんがいて……。名簿表を見た時はなんとも思わなかったけど、流石に顔を見れば気付くし」


 塾で一番の問題児。

 それが塾では優秀だった綺更と同じ学校に入学しているのだ。

 当時、その事実を知った時は驚きを隠せなかった。

 

「頭良かったのに、どうして宿題をやらなくて、一番下のクラスにいたのかも私には分からないんだけど、美織は理由を知ってたりするの?」


「そんなの本人しか分からないよ」


 宿題を頑なにやらなかった理由は分からない。

 しかし――。


「あくまで私の推測だけど、宿題をやる意味がないと思ってたんじゃない?」


「やる意味って……やらなきゃ怒られるじゃん」


「多分説教が効いてないんだよ。メンタル鬼強いしね……。それに、やらなくても出来るんだからやる意味がないんだよ凛月にとっては……」


 一番下のクラスにいようと、気が付けば一番上のクラスで頑張っていた美織や綺更と同じ学校に入学している。

 美織の語りを肯定する何よりの事実だろう。


「うちの兄もそうだけど、結果良ければ全て良し……そんな精神なんだよ。どれだけ怠けていようと結果が出ればやってもやらなくても一緒。だから頑張らない」


「天才なんだね」


 綺更がそう言うと、美織は儚く笑みを浮かべた。


「天才なら努力するよ」


「でも努力せずに結果が出るんでしょ?」


「所詮学校の試験レベルの話だよ」


「十分だと私は思うけど」


 それが学生の全てではないのだろうか?

 勉強せずとも頭が良くて、頑張らずとも塾で成績優秀者だった人たちと同じ学校に通えている。

 話だけ聞いていると人生イージーモードにしか聞こえない。

 挫折なんてないような、勝ち組の生き方をしてきたんだろうなとしか思えない。

 しかし、それだけではないんだと、美織の表情を窺えば分かる。


「お山の大将なんだよ。決して威張ったりしてるわけではないけど、今の現状に満足してるというか、過剰なまでに自信家というか……」


 試験前に遊びに行くってのはつまりそういうことだ。

 自信があるのは良いことだ。しかし過剰なのは逆に良くない。


「どうせ今回の試験だって、ちゃっかり好成績を収めるんだろうけど、どっかでしくじって痛い目見てくれないかな……」


「美織、それ本音?」


「当たり前じゃん。流石にそろそろ痛い目を見て欲しいの。よく言うじゃん、リア充なカップルは爆ぜろって……」


「それは恋人がいない人たちの怨念みたいなものだけどね」


「一緒だって。日本中の大半の学生を代表して、私が凛月を呪ってやりたいくらいだもん」


 ふんす、と胸を張って堂々と美織は言い放った。

 その様子を苦笑して見つめる綺更。


「その様子だと、やっぱり二人は付き合ってないんだね」


「何度もそう言ってるじゃん!」


「だって、ずっとその話ばかりしてたから。それに美織も満更でもなさそうだったし」


「っ!? それは……!」


 焦っていることに気付いて美織は心を落ち着かせるために深呼吸をする。

 そして落ち着きを取り戻した凛とした瞳を綺更に向ける。


「さっきの話に戻るけど、やっぱり心配だからね。お山の大将って、多分広い世界に出て自分より凄い人たちや、努力しても解決できないような問題に直面した時、絶対に挫折する。しかもタチが悪いのは、何度も挫折してきた人間と違って、ダメージが深刻化すること……私のパパもそうだった」


 沈んだ表情の美織。

 かつて、美織の父は大きな挫折を味わった。

 努力をしなかったわけではないが、年々自信が過剰になるほどに油断をしているように見受けられる……そんな父だったと美織は感じている。

 経営者として会社のトップに立ち、その会社は年々右肩上がりの実績を積み重ねていた。

 上場するのは時間の問題だった。

 しかし、そんな時に経済の不景気に直面し、美織の父の会社にとっては大きな損害を被った。

 予想していなかった事態。当然売り上げは大きく減少した。それによって切らなければならない社員や減給しなければならない社員を選ばざる得なかった。

 上手くいっていた、そんな時に起きた悲劇だ。

 順調に会社を大きくしていたからこそ、父は自信に満ちていたことだろう。

 厳しくも普段は穏やかな父が、家でも荒れるようになった。


「だけど、大きな挫折を味わって絶望して……それでも乗り越えられたなら、多分その人はもう妥協も油断も絶対にしないと思う」


 ニコッと微笑んで美織は言った。

 父の会社も今では上場するほどに回復……いや、ある意味再スタートからの急成長と言えるだろう。

 父はどんな事態にも備えられるようにと今まで以上に努力に励んでいた。

 本人の実力は確かにそうだが、母の影響も大きかったかもしれない。自暴自棄にさせないようにフォローしていた。

 それが挫折を味わった人間にとってどれほどありがたいことか……。


「つまり、美織は次の試験で夜星くんには赤点をとってほしいくらいに思ってるんだ」


「理想は全教科赤点だね。それで退学を脅されて、勉強を教えてって私に乞うまでが目的」


「随分なシナリオだね」


 綺更はおかしくて笑ってしまった。

 あまりにもそんな光景が想像できなかったからだ。

 ただ、入学した頃からずっと気になっていた事実を知れた。

 とにかく夜星凛月は凄い人らしい。

 これからも綺更にとって注目し続ける男になることは間違いないだろう。

 

「ん、電話だ……」


「先戻るね」


「うん」


 美織のスマホに着信。それを察して綺更は戻って行った。


「もしもし?」


『今どこだ?』


 声の主は朔楽だ。


「まだ勉強中だけど?」


『あとどれくらいだ?』


「分からないけど、時間も時間だし私はもういいかなって」


『なら、いつもの店に来るか? 来たら夜飯を奢ってやるよ』


「え、いいの?」


 いつもの店とは、三人でよく行く地元のファミレスだ。


「全然行く! っていうか勝負はついたんだね」


『あぁ。今日は贅沢に奢ってやるから来るならさっさとこい』


 そう男前な発言を朔楽がした直後。


『お前の金じゃねえんだからなっ!』


『黙れへっぽこ負け犬』


 通話の向こうではそんな会話が聞こえていた。

 どうやら勝負は朔楽の勝ち。

 通話の向こうではキャンキャン吠える凛月の声が聞こえてくる。

 こういう場合の負けは挫折にはつながらない。あくまでお遊びの範疇。

 だからもっと大きな挫折をしてほしいと、小悪魔ながらも芯のある思いやり。


「すぐ行くね!」


 それでも、やっぱり誘われたことが嬉しい美織はまだ勉強中の友人たちに一声かけて二人のもとへ向かった。

 みんなが勉強している最中抜け出すのは、やっぱり美織も二人と変わらないのかもしれない。

 そう思うとクスッと笑いが零れた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 美織死ね [一言] ムカツク
2024/10/01 12:50 オリックスバファローズ
[一言] 美織が一番好きなキャラだったけど、凛月を思う気持ちもありながら、盛大な失敗してザマァしたいという気持ちも感じられて、なんだかなぁという感じになりました。
[一言] 単純に面白いです 会話のキャッチボールや進行のテンポ感が 読んでてストレスありませんね。
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