12 敵情視察
「今日サッカー部の連中で勉強会するんだけど、最上も来ないか?」
「私がいると邪魔じゃない?」
「邪魔なんて、そんなはずないだろ? むしろ親睦を深めるって意味でも是非マネージャーには来てもらいたいんだけど……」
昼休み。
俺の席のそばで槇村が最上を誘っていた。
なるほど、これが華紫波の言っていたことか。
マネージャーとしてサッカー部に誘っただけでなく、積極的に勉強も誘っていくスタイル。
こんな場面を華紫波が見たら気絶もんだろうな。
「あ、もしかして勉強は一人でしたいタイプか?」
「いや、そんな事はないよ」
何か含みのある言い方。
まあ異性に混ざって勉強するってのはかなり勇気のいることだよな。
それも最上はゴールデンウィークからマネージャーとして入部したらしいし、まだ馴染めていないはず。
一言で言えばアウェーみたいなもんだと思う。
「うん、みんなと話せるチャンスかもだし、行かせてもらうね」
「っ! ありがとう。俺の方から伝えておくよ」
槇村は分かりやすくテンションを上げてどっかへ消えてった。
華紫波に言われなければ気付けないが、注意深く観察してると好意ってのは案外簡単に気付けるもんなんだな。
「夜星くんはテスト勉強順調?」
静観していると最上はくるっと体を反転させて俺の方を向いた。
そして間髪入れずにそう訊ねてきた。
「順調だよ」
「やっぱり勉強は得意なんだね」
「得意ってわけじゃ……」
「合宿の時も凄かったじゃん」
「早く解き終わっただけで、高得点かどうかは別の話だぞ?」
「多分だけど、夜星くんが満点近く取れてなかったら一位は取れてないよ? 他の子は自信ないって言ってたし」
ほぉ……?
なら俺は満点だと踏んでいいんだろうか?
まあ確かに自信はあったけど。
「誰かと勉強する予定はあるの?」
「……あ、あるよ?」
なんで俺は今咄嗟に嘘を吐いたんだろうか。
自分でも分からない。
ただ、無意識にそう呟いていた。
もしかしたら、目の前で青春を繰り広げていた槇村と最上に感化されたのかもしれない。
男女で勉強会をするとか、俺には絶対起こり得ないイベントだから嫉妬……見栄……強がり……うーん、なんかピンとこんなぁ。
別に、嫉妬とかしてないんだからね?
「どうしたの?」
「いや、何でもない。ちょっと考え事」
「そっか。そう言えば夜星くんは部活に入ってないんだっけ?」
「放課後はバイトで忙しいからな」
「バイトしてるんだ。どこのバイト?」
「カフェ。【海男の宴】っていうカフェだよ」
「そこなの!?」
「知ってる感じ?」
「お兄ちゃんがバイトしてる」
「まじ!?」
入って一ヶ月とちょっと。
まだ全員と顔を合わせてないから最上のお兄さんとはまだ話したことはないはず。
「そっか、あそこでバイトしてたんだね」
「最上のお兄さんとは多分まだ一緒に仕事をしたことない……はず」
「かなりの面倒臭がりだよウチのお兄ちゃん。バイトもあまりシフト入れないし」
なら仕事が被らなくても不思議じゃないな。
「そっかぁ……あそこで働いてたんだね」
クスッと最上は笑みを浮かべた。
その笑みは妖艶で、まるでサキュバスのような色気があって思わずドキッとさせられた。
大人っぽいとかそういう次元じゃない。
ただ笑っただけなのに隠しきれないエロさがある。
凄いねこの人。
「最上、監督が呼んでるからちょっと来れるか?」
「うん、今行く」
サッカー部に呼ばれて最上はさささ、と俺の前から去っていく。
俺も昼休みが終わる前にトイレへ行こうと席を立つ。廊下側の一番後ろの席……そう俺は出席番号が一番最後なのだ。
「仲良さそうだね?」
「うおぉっ! いたのか!?」
廊下に出ると、扉に引っ付く華紫波が声をかけてきた。
何やってんだこいつ?
「案外女子と話すんだね」
「あまり話さない方だと思うけど」
「まあ、そうかもね」
否定しておいてなんだが、納得されると妙にムカつくな。
「それで、華紫波は何やってんだ?」
「敵情視察だよ」
「クラスメイトに敵情視察はせんだろ普通……」
なぜドヤ顔で胸を張って言えるのか……。
「慎二が最上さんと話してたでしょ? なんか入り辛くて……」
「そのあと入ってくればいいのでは?」
「だから敵情視察だよ」
「あっそ……」
華紫波を理解するのは諦めよう、そうしよう。
「それにしても夜星くん、あんなに愛想良く話せたんだね」
「ん? まあそうかもな。ストレスなく話せる異性は貴重だし」
「むむ? ストレスなく話せる女子?」
勘付いたか……。
「頑張れ華紫波」
「その応援は何?」
「頑張れ」
「ねえ!? 何なのその応援は!?」
頑張れ華紫波。きっとなんとかなるさ!
そう胸の中でエールを送り俺は去り際のヒーローらしく済ました顔で背を向け歩き出した。
おっと、トイレに行かないとな。




