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11 好きな人が別の人を好きであるという現実


「夜星くん。サッカー部は今、大変盛り上がってるらしいよ?」


「なぜそれを俺に?」


 ゴールデンウィークが開けた学校。

 連休明けの学校はしんどいが、ゴールデンウィークが終われば中間試験がすぐそこまで迫っている。

 試験範囲表が配られ、クラスの雰囲気は試験に向けてガラリと変わった。

 そんな中、華紫波は俺のバイト先に来ていた。

 それも一人で、だ。


「最上さんがね、サッカー部のマネージャーになったんだって」


「だからなぜそれを俺に?」


 注文した紅茶を呑みながら華紫波は言った。 

 俺は当然仕事中だが、周りに客はいない。

 ついこの間もこんな事があったが、華紫波が帰った後に客が押し寄せてきたから嫌な思い出でしかない。


「勉強合宿が終わったタイミングでサッカー部に入ったみたい。どうしてだと思う?」


「暇だったから?」


「惜しい。答えは慎二がいるからなんだよ!」


「どこが惜しいのか……っていうか、槇村がいるからってのはどういう?」


 気になったから素直に訊ねた。

 しかし華紫波は表情を俯かせ、しーんと黙り込んでしまった。

 待つこと数秒。

 俺へと向けた表情は心なしか暗くて、それでいて僅かに敵意のような攻撃的感情が覗けた。


「友達が言ってたんだ。慎二が最上さんをサッカー部に誘ったんだって」


「それで入ったのか」


「話を聞くとね、どうやら最上さんはサッカーが好きみたいなの。それも相まってサッカー部に入ったんだろうけど、元からやる気があるなら四月の段階で入部してたと私は思うの」


「ほお。そんで?」


「勉強合宿が終わったタイミングでの入部。きっかけはさっき言った通り慎二に誘われたから」


「うん」


「あの二人、お互いに意識しあってるんじゃ……そう考えちゃったんだよ……」


 そう言った華紫波はあからさまに元気をなくした。


「考えすぎじゃね?」


 俺は慰めを試みるも、華紫波には響かない。


「前に言ったよね? 慎二が愛想を尽かした理由は、他に好きな人が出来たからって」


「あくまで推測ってだけだろ?」


「ううん、推測なんかじゃないよ。だって慎二、最上さんと話してる時、他の人とは明らかに違う空気を醸し出してるもん。好きを全開に溢れ出してるもん……」


「そんなオーラ分かるもんか?」


「分かるよ。だって私元カノだもん」


 あ、そうだったわ……。


「少し前まで何度も私が受けてきたものだから、それを慎二が他人に向けてれば簡単に気付くよ」


 哀愁漂う様子で華紫波は淡々とそう語った。

 いつもの無邪気な様子がないあたり、相当深刻な様子なのが窺える。

 こんな話を俺のバイト先にまで来てするあたり、相当心にキてるんだろうなと思う。


「夜星くんはさ、好きな人いたことある?」


 唐突にそう言われ、俺は即答せずに黙り込んだ。

 話題転換か……。

 いや、多分関連した話だろう。話題転換をするにしては気分は沈んだままのようだし。


「あるよ」


 隠すことなく俺はそう告げた。


「好きな人がさ、自分以外に好意を向けてたらどう思う?」


「そんなの嫌に決まってるだろ」


「こっちにはまるで気がない。いや、振られたとして、相手は自分の新たな幸せを掴めそうなところにいる……どう思う?」


「嫌だね」


 俺が即答すると、華紫波は目を見開いて俺を見つめ、数秒してクスッと笑った。


「良かった」


「何が?」


「よく言うじゃん? 相手の気が自分に向いてなくて、相手が好きな人と結ばれたとしても、相手が幸せならそれで良いって」


「確かに言うな」


「私、その考えが心底理解出来なくて……。好きな人が私じゃない誰かと幸せになるて絶対に嫌なの……」


 なるほど、俺の意見が自分と同じだったことに安堵した「良かった」か……。


「ねえ、これって我儘だと思う?」


 何かに縋りたいと……そう訴えてくる瞳で華紫波は言った。

 

「我儘だな」


「……」


 期待してた答えと違ったからか、華紫波はピクッと動揺して俯いてしまった。


「こっちの気持ちに応えないで、別の人と仲良くやってるのが許せないって、めちゃくちゃ我儘だろ。それで言えば、華紫波が槇村と付き合ってる時に告白して玉砕した連中もいたわけだし」


「うん……」


「自分本位な考えを我儘って言うんだ」


「うん……」


 薄っすらと涙が浮かぶ華紫波。

 俺に悟られないようにと俯いているが、鼻をすする音やピクッと感情が激しく動揺しているから丸分かりだ。


「ただ、それはあくまで片想いの時の話だ。実際に付き合ってて、相手が別の女を好きになったならそりゃあムカつくよな」


「うんっ……」


「いや、愛想を尽かされた方が悪いのか?」


「なんでよっ!?」


 少し、華紫波に元気が戻った。


「落ち着け、あくまで俺の持論だからさ」


「さっきまで私と同じ意見だったくせに、この裏切り者!」


「裏切り者って……」


「切腹っ! 打ち首!」


「時代劇の恋愛かっ!」


「何言ってんの?」


「お前……」


 すんと、冷めた目を俺に向ける華紫波。

 この緩急にどう対応しろと!?

 馬鹿みたく我儘お嬢様のように罵倒を浴びてきたくせに、すんと素面に戻りやがった。

 打席でメジャーリーガーの最速ストレートをインハイに叩き込まれた直後に、緩いスローカーブをアウトローいっぱいに決められた気分だ。

 つうか、どうしてツッコンだ俺が悪いみたいになってんだ?

 華紫波の俺に向ける目がマジで引いてるんだが、一体なぜなんだっ!?


「まあ、落ち着きなよ夜星くん」


「華紫波がな?」


「私が期待してたのはただ一つ。君なら私の意見に共感して私の代わりにボロクソ言ってくれるんじゃないかって……そんな淡い期待をしてたんだよ」


「共感はした。ただボロクソ言うつもりも義理もないな」


 はっきりさせたい。

 悪口量産マシーンでは断じてない。

 そういうのは幼馴染の広末朔楽の役割なのよ。


「ふふっ、やっぱり君は優しいね」


「今更気付いてももう遅い!」


「相変わらず性格は悪そうだけど」


「お前には言われたくない」


「うん、多分私も夜星くんと同じで性格が悪いんだなと思ったよ」


「俺が性格悪い前提は変わらないんだな」


「はは、それはもう殿堂入りみたいなもんだもん」


 殿堂入り……。

 つまり俺は極悪犯罪人レベルってことか。

 華紫波は一体、俺をなんだと思ってるんだか。


「ねえ店員さん、注文していい?」


「まだ食うの?」


「まだカフェオレしか頼んでないけど?」


 この後、華紫波が帰ったのと同時に客が津波のように押し寄せてきた。

 デジャヴで過労なんだけど……。


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