10 幼馴染の距離感
ゴールデンウィーク最終日。
「お待たせ」
「早かったな」
「待たせてるしね」
部活動に所属していない俺は制服に身を包み、学校の体育館前で美織を待っていた。
「勝ったんだな」
「観てた?」
「そりゃあね。流石に暇すぎるし」
「なら試合終わりにタオルくれるくらいあってもよかったんじゃないの?」
「やだよ。あいつ誰? って目を向けられそうだし」
「たしかに!」
美織はクスッと笑った。
俺と違ってバスケ部のジャージを着ている美織。今日は一年生だけの練習試合があったらしく、期待のルーキーこと美織は当然スタメンで大活躍だった。
さすがはスポーツの強豪校なだけあって体育館は多くのギャラリーで賑わっていた。
そんな中でタオルを渡せとか、俺にはそんな度胸はない。
男バスや女バスの先輩。それに他の部活もかなり応援してたしね。
「それじゃあ行こっか」
「あいよ」
そもそも、なぜ俺が休日の学校まで足を運んでいたのかと言えば、単に美織の応援に来たわけではない。
この後、広末家に訪れるからだ。
というのも、美織がゴールデンウィーク課題に全く取り掛かっていないため、その応援。
つまり課題を教えろって事だ。
「朔楽は遠征なんだっけ?」
「そう。だから凛月を呼んだってわけ。まあ朔楽がいても勉強教えてくれないから、どっちにしろ凛月を呼んでたかもだけど」
「椿さんは?」
「遊びに行ってる。っていうか、今ウチ誰もいないし」
「まじかよ」
「何照れてんの! ちょっと変な気は起こさないでよ?」
「起こさねえよ」
◇
学校から二駅。
それが俺たちの地元だ。
何なら家も徒歩十分圏内とめちゃくちゃ近い。
「なんで俺学校呼ばれたんだよ」
「いつ帰れるか分からなかったし、せっかく私の試合があるんだから応援に来させただけだけど?」
「なんで上からなんだよお前は」
家に誰もいない。
異性と二人きり。
その事実が俺たちの空気を変に気まずくさせる。
「風呂入ってこよ!」
なんてことはなく……。
美織はポイっと靴下を脱ぎ捨て浴室へ向かった。風呂とか入るなら終わってから呼べよって言うのは野暮ってもんか。
応援に来させたって言ってたし、活躍を見せたかったんだろう。
俺も昔から何度も来ている幼馴染の家ってこともあって居心地は良い。
家族公認で自由にしていいって言われてるし。
俺はテキトーにテレビをつけて昼番組をソファに座ってじーっと見つめる。
内容は入ってこない。特別面白いとは思わないからだ。
「ごめん、待たせた」
しばらくして美織が戻ってきた。
髪は濡れてない。すでに乾かし終えているようだ。
「それじゃあ、ご飯食べようかな」
「課題は?」
「堅苦しいよ凛月。試合終わってすぐに課題とかまじで無理。天才美織様でも、それは流石にきつい」
「天才なら自分でやれよ」
「天才も時々サボりたくなんのよ」
ああいえばこういう。
天才は一味違うぜ。
「凛月も食べる?」
「食べてきた」
「じゃあ二人分作るね」
「話聞いてた?」
マイペースに鼻歌を歌いながら冷蔵庫と見つめ合う美織。いらないとは言えないな。
美織も鼻歌を交えながら作業を始めた。
「どう? クラスメイトとは馴染めた?」
「それなりにはな」
「決めては合宿?」
「合宿をきっかけに話すようになった奴は多いよ」
「その言い方だと、元からいたみたいじゃん」
「元からいたらおかしいかよ?」
「別に。じゃあさ、気になる子は出来た?」
「唐突だな」
「凛月は知らないかもだけど、私たち付き合ってるって噂が一瞬流れたんだよ」
「なんで!?」
俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
あまりにも唐突な知らせで理解が出来なかったのだ。
「私が異性と……それもクラスが違くて部活も違う男子と話してたのが珍しかったとかで」
確かに美織とは話したな。
「それだけで噂になるとか、美織こそ友達少ないんじゃねえの?」
「異性の友達が少ないだけだし。まあ、だからこそ凛月と話してたのが珍しかったのかもね」
「たしかに、異性と話さないような子が他クラスの異性と話してたら怪しいよな」
第三者から見たら親しく見えるだろう。特に美織と同じクラスでありながら、接点がないような連中はそう勘繰っても不思議なことじゃない。
「けど一瞬ってのは?」
「私が幼馴染ってすぐに否定したからね」
「そりゃ納得するな」
「でも、私は別に否定しなくても良かったんだけどね」
「っ……!?」
美織は作業していた手を止め、真剣な眼差しをこちらに向けてそう呟いた。
その瞳はつぶらで、少しだけ揺れていて……。
いつもの美織とは違う雰囲気の女の子がそこにはいた。
「揶揄うなよ、心臓に悪い」
「照れてんの?」
ニヤッと笑って美織は言った。
やっぱり揶揄われていたらしい。今のニヤけ面で確信した。
そう思っていると――。
「本気かもよ?」
表情を一転。
まじまじと俺を見つめる美織。
「家に誰もいないタイミングで誘うって、普通ならそういうことだと思うんだけど」
「そういう事って……好きな人の前で靴下とか投げ捨てないだろ」
「……」
俺がそう返すと、美織は黙って俺を見つめる。
何を考えているのか分からない表情。
まさか本気なのか?
「はい、減点!」
「は?」
「女の子が本気で気持ちを伝えようとしてるのに、気持ちを蔑ろにしようとしたでしょ? 揶揄ってるだけだと思ったでしょ?」
「実際そうだろ?」
「なら本気だったらどうするの? 本気で気持ちを伝えようとした相手から、本気なんだってことが伝わらなかったら悔しくない?」
「それは……」
一理ある。
いや、正論だろう。
「けどさ、お前こそ俺がお前を好きだったらどうするつもりなんだよ?」
「好きじゃないでしょ?」
「それ、ブーメランだぞ」
「っ!? はは、これは一本取られたね!」
美織は爆笑して自分の作業に戻った。
シリアスな雰囲気にしたのが照れ臭いのか、掻き消すように高らかに美織は笑った。
「幼馴染ってこんなもんだよね。ぶっちゃっけ凛月と付き合うのも悪くないと思ってるよ。好きかどうかは別としてね」
「それでいいのか女子高校生?」
「いいんじゃない? 好きな人と結ばれるってごく一部の人間だし、楽しければ付き合えばいいじゃんと思ってる。それに両思いで結ばれたカップルが必ずしも幸せとは限らないしね」
「…‥それもそうかもな」
ふと、華紫波のことが過った。
本気で槇村の事が好きだったからこそ、別れたのが辛かったはずだ。
軽いノリで付き合っていれば、後腐れもなく別れて前を向くことが出来たかもしれない。
辛い思いなんてせず、思い出にできたかもしれない。
「色々難しいんだな」
「深刻だよね。本気で好きになると、その人のことで頭いっぱいになるし、自分の人生なのにまるで他人のためにあるみたいで私はちょっと嫌かな」
それが恋愛。
されど、だからこそ恋愛は残酷なのかもしれない。
心のどこかで、美織に共感できる部分があるんだと理解している俺がいる。
ドライな思考なのかもしれない。
なんだがちょっぴり自分で自分を憐んでいるかもしれない。
「ねえ凛月、ちょっと手伝ってくれない?」
「あいよ」
ただ、そう思いつつも華紫波のように本気で誰かを好きになれば考えも変わるんだろうなと、少し甘酸っぱい青春に憧れている自分がいるのも否めない。




