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1 違うんだ、君らがバイト先にいただけなんだ


「ねえ、大事な話って何?」


弥恵(やえ)、俺たち別れよう」


 新生活が始まる4月。

 そんな4月の半ば。

 港街のおしゃれな公園で制服に身を包んだ若いカップルの二人が夕日に照らされながら青春の物語を紡いでいた。


「別れるってどういうことなの慎二(しんじ)?」


 茶色な髪を肩で切り揃えている端正な顔立ちの女子高校生は、端正な顔立ちの男子高校生に面と向かってそう問い詰めた。

 いわゆる美男美女カップルってやつだ。だって別れ話をしてるし、カップルで間違いない。


「そのままの意味だよ。付き合って2年。高校生活という新しい日常が始まって一ヶ月が経った。それで俺は思ったんだ。弥恵とは友達でいたいって」


「なにそれ? 何で今更?」


「中学の頃はつるむ連中も、放課後の部活もテスト勉強も、何もかもが変わらない日常だった。けれど高校生になればガラリと環境が変わる。俺も変わりたいと思ったんだ」


 男子高校生――槇村 慎二(まきむら しんじ)は夕陽が反射する海を見つめながらキザにそう呟いた。

 一方、女子高校生――華紫波 弥恵(かしば やえ)は納得がいかない表情を浮かべている。


「変わるために、私と別れるの?」


 震えた声で華紫波がそう訊ねると、槇村はどう感じているのか、目を瞑って数秒沈黙を貫いた。

 そして、ゆっくりと開眼した瞳は目の前で今にも泣きそうになっている華紫波を見つめ――。


「ごめん……」


 たった一言。

 されど強烈な一言を優しく無慈悲に言い放った。


「そっか……」


 俯く華紫波。


「私がどう頑張ろうと、意見は変わらないの?」


「ああ。俺は自分を見つめ直す時間が欲しいんだ」


「見つめ直す時間……たしかに、そうなると恋人は邪魔なだけだよね」


 儚く納得する華紫波は優しく笑った。

 きっと受け入れられたわけではないだろう。無理やり自分を殺して納得した。

 その証拠に微笑んでいる頬に涙が伝っていた。


「身勝手でごめん……こんな話をしておいて最後にこんなことを言うのは卑怯かもしれないけど、弥恵と付き合えて良かったと思ってる」


「っ……!?」


 おーっと、これはずるい!

 別れ際の彼氏の最後に言い放ったキザなセリフ。

 喧嘩別れではなく、彼氏が彼女を振ったというシチュエーションにおいて、まだ未練がある彼女に対してこれはずるい!

 すけこまし、女たらし! 

 おっと、いけない。

 実況、解説に務めているつもりだったが、あまりにも彼氏のせこさにツッコミを入れてしまった。

 あ、ちなみに俺は夜星 凛月(よるほし りつき)

 今現在進行形で青春ドラマを繰り広げている槇村と華紫波とは今年の春からのクラスメイト。

 しかし、二人が付き合っていたなんて事実は初めて知った。きっと学校でも知ってる奴は少ないだろう。

 二人とも入学当初から目立ってたし、よく告白されてるって噂も広まってる。つまり、アタックされているってことは関係を秘密にしてるってことだ。恋人がいる人間にアタックは普通しないからね。


「ずるいなぁ……」


 泣きじゃくる華紫波は悔しそうに笑ってそう呟いた。

 そんな華紫波を、振ったにも関わらず彼氏だった立場としての義理なのか、槇村は優しく抱き寄せた。

 君ら今別れたんだよね?

 槇村が振ったんだよね?

 いつまでキザに彼氏ぶっとんじゃおのれ!


「ごめん慎二、一人になりたいから」


「そうか……なら、俺は先に帰るけど、あまり遅くなるなよ?」


「うん」


 バイバイする最後の一瞬まで槇村は紳士だった。

 いや、ありゃ悪魔だな。

 一人残された華紫波を夕陽がスポットライトのように照らす。

 どこまで青春ドラマをすれば気が済むんだこいつら。こんなタイミングよく、夕陽が華紫波に焦点を当てるか普通?

 まあ、これが人生ってやつだろう。

 なかなかどうして、他人事だが面白いものを見せてもらった。

 カップルが別れる時ってのは、こんなに儚くてあっさりとしてるんだな――。

 そんな感想を抱きながら華紫波を見つめていると、少しして落ち着きを取り戻した華紫波は涙を拭って前を向いた。

 俺の角度から見えるその横顔は、どこか過去を引きずっているようで、それでいてなお、前に進もうとする決意のようなものが感じ取れた。

 どうしてだろう。

 華紫波とは同じクラスと言っても話したことは一、二回程度なのに、少し応援したくなってしまっている自分がいる。

 性に合わないなと、俺はフッと鼻で笑う。


「え……」


「あ……」


 俺の鼻笑いに、ふと華紫波が視線をこちらに寄越した。青春ドラマを繰り広げていた負けヒロインが、冷静になってドラマの世界から現実に戻ってくると、モブとして静観していた俺の方をチラッと見たのだ。

 ちなみに静観していた俺だが、距離はわずか5メートルほど。 

 特等席で一部始終を眺めさせてもらっていたのだ。


「ど、どうして夜星くんがここに?」


 震え声の華紫波。

 振られるのを察して怯えていた先ほどまでとは違う。まるでストーカーに対する恐怖のような震えに感じるのは気のせいだろうか?

 なんか警戒された目を向けられている気さえする。

 

「違うんだ、違うんだよ……。別に君たちの青春ドラマを盗み見ようと思ったわけじゃないんだ」


「じゃあどうしてここにいるの? ここは別に学校の最寄りでもないんだけど!」


「違うんだ、違うんだよ華紫波……」


 そう、違うんだ。

 俺はストーカーなんかじゃない。

 だって――。


「君らが俺のバイト先で別れ話をしてただけなんだ」


 港街の海辺の公園。

 そこに隣接する【海男の宴(うみおとこのうたげ)】って名前の、居酒屋のようで小洒落たカフェでバイト中だったんだ……。


「夜星ちゃん! テラスの掃除に時間かかりすぎよ!」


 おっといけない。

 俺はバイト中や……。


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