8 二階
2階
「皆さん、良い夏休みを!」
校長がなにか有難い話をしている。海の方を見る。血色のいい唇で、猫みたくあくびをしていた。明日から夏休みだ。
「明日から何するー?」
海がキラキラした笑顔で聞いてきた。
「んー。なにしよ。」
俺も海と何か楽しいことを想像しながら言った。
――――――
「海ー、夏くんがきてはるよー?!」
母さんが廊下から、顔を覗かせている。
「……え?夏が?」
時計を見る。もう八時過ぎだ。こんな時間に夏が来るなんて。玄関へ足を運ぶ。
「夏?どうし……。」
夏のでこに傷がある。痛々しい。
「……!どうしたんその傷…!」
「……。」
夏は黙ったまま、地面を見ている。
「なんか冷やすもん持ってくる。」
夏から離れ、冷蔵庫に保冷剤を取り出す。それに布で覆って夏の所へ戻る。
「はい、これ。」
保冷剤を手渡す。
「……ぁりがとう。」
いつにもまして声が小さい。
「ちょっと、外歩こ。」
夏の手を引く。
じーりんりんしゃわしゃわ
色んな虫の音が聞こえる。
小さい河川敷。二人は黙ったまま、足音を鳴らしながら歩いている。
「……。ぁ、蛍。」
川沿いの所まで来たか。蛍は一つ一つ淡く自分の存在を示している。
「綺麗やな、」
海は夏の方へ向く。綺麗な髪がなびく。
「……ぅん。」
何故夏がこんなに落ち込んでいるのか。そういえばこんな事、前にもあった。朝の学校やっけ。夏の顔が沈んどったなぁ。いいや。こんな事考えてる場合じゃない。えっと。
「な、夏。」
呼びかけた。下を俯いたまま、黙り込んでいる。
「 」
夏が小さく震えている。どうしよう。分からない。夏をぎゅっと抱きしめた。
「ぅ、うっ……。おれ、俺父さんにっ…。ぁっ……。」
我慢していたから、一気に溢れ出す。手で荒く拭ってもまたすぐに溢れてくる。
「海、おれ、どうしよ……、俺生きてていいのかな。ぉれ、すぐ問題、おこすし…、」
どんな返答を期待して、海に聞いたんだろう。自分が憎い。
「んーん。そんな事ないよ。夏は俺の大切な親友。だから、そんな事言わんとって。な。」
海の身体から声の振動が伝わってくる。海は顔も整っていて、その上性格までいいなんて。こんな俺を優しくしてくれるなんて。
――――――――――――
日本の昔ながらの海の部屋。畳の匂いがする。
「今日は泊まっていいってお母さんが。」
「ありがとう。」
目を合わしてくれない。まだ気持ちの整理ができていないのだろう。
「いいよ〜。」
それでもいつも通りの返事をする。
海が何か取り出す。
「シャボン玉しよ。」
子供みたいな、無邪気な顔で夏に笑いかける。
「……ぇ。」
夏が少しこちらを向く。
小さい段がある大きい窓に、座り外の方を向く。夏の匂いがする。夜風が吹く。
ぷくぷく
ストローからシャボン玉が、いきなり離れていく。この世のものとは思えない、左右対称の丸だ。月光に照らされ、虹色に輝いている。
「あ……!見て見て!大きいやつできた。」
満点の笑顔で夏を見る。大きいシャボン玉を指差す。その瞬間シャボン玉が割れた。
「……ぁ。」
呆然とする。
「……くす。」
夏が笑った。良かった。