4アイス
「あ゙ー!やっと終わったぁ!」
海は滑らかな手を天井に上げて背伸びしていた。
「授業、長かったね。」
「さ、はよ帰ろ。」
学校指定の鞄を手に持って帰る。
「海、さっき先生と話してたよね。何話してたの?」
「あー。」
海がわざとらしく、しかめっ面で上を向く。
「あれなぁ。髪のことで説教されててん。校則に反してるとか。この色いいと思うんやけどなぁ。」
髪の束をいじる。
「そうだったんだ。俺、海の髪好きだけどな。」
海の顔がきょとんとしている。まさかこんな言葉を掛けられると思わなかったのだろう。
「あっはは。そうやろ?」
無邪気に笑う。
「今日さ、駄菓子屋によってかない?」
海の顔が明るくなる。
「いいなぁ。それ。早速行こ!」
――――――――――
「おばちゃーん。これも頂戴。」
「はいよ。」
「買い過ぎじゃない?」
「いーの。全部食べるし、育ち盛りだから。」
「む。」
引っかかる。実際、海の方がほんの少しだけ背が高い。ほんの少しだけ。
駄菓子屋の外のベンチに座る。足は太陽に当たっているが、それ以外は影で覆われているので案外マシだ。
「アイス買ったん?」
「うん。」
アイスを袋から開ける。冷たい冷気が手に触れる。
「あ!二人で分けれるやつやん。もしかして〜?」
にまにましながら、ぐいぐい肩を押される。
「んふふ。欲しい?」
海はキラキラ目を輝かせている。
「うん!欲しい。」
「あ。何かしてくれるならいいよ?」
夏が揶揄うような顔する。眼が半月の様だ。
「課題とかぁ?そのくらいしか思い浮かばんわ。」
余りにも真剣に考えているので、びっくりした。
「うそ、うそ。二人で食べる為に選んだんから。」
アイスを二等分する。
「「あっ。」」
二人の声が重なる。
「ぶはは!きれーに割れたなぁ!」
「あはは!全然二等分じゃないよ。」
アイスは、大きい方と小さい方で割れている。
「はい。」
大きい方を海に渡す。
「え!いいよぉ!小さい方で。僕もちぃさい駄菓子あげるから。ありがと。」
海に小さい方のアイスを渡す。手元の冷気が減る。
「どうぞ〜。」
小袋に包装されたグミ二個が、人形の様な手の上に乗っていた。
「ありがと。」
受け取った。受け取る時、手がちょっと当たった。外の蒸し暑い温度とほぼ一緒だけど、海の体温が感じた。
ミーンミーンジリジリ
蝉がうるさく鳴いている。
「しかしあっついな。」
「うん。やばいね。」
「こんなんやったら引っ付いてしまうわ。」
「何に?」
嫌な予感がする。
「夏に!」
どーんと言いながら海が倒れてくる。
「うわ!暑いわ!」
「あはは!しょーもな!」
「ははは!ほんとにね!」
キーン
耳鳴りがする。
「どうしたん?」
海が不思議そうに問いかける。
「ちょっと耳鳴りがしただけ。」
「ふーん。」
海の髪が肩から流れる。
「あつー。入ろうぜ。」
他の生徒が駄菓子屋に入る。生徒を一瞬見上げた。
「移動しよ。」
「うん。」
――――――――
「あ。」
海がまた神社の前で止まる。
「よってこ。」
海が振り向く。
「いいよ。」
あそこの景色は悪くはない。
また自転車を置いて階段を登る。海の後に着いていく。
海が途中で登る足を止める。そして俺の方を向いた。生暖かい風が海の髪を撫でる。制服が斜陽で照る。
「? どうしたの。」
「なつ、」
海の長い睫が下を向く。
「夏、僕と仲良くしてくれてありがとな。」
切なく笑みを浮かべている。太陽の光でさらに雰囲気を醸し出す。他人から見ると何かの青春の一ページだろう。
「ど、どうした。急に。」
戸惑いを隠せない。
「あはは。上行こ。」
誤魔化すような、乾いた笑いだ。
「う、うん。」
戸惑いながら階段を登っていく。
昨日座ってた所と同じ位置で座る。
少しの沈黙。どうしようかと迷ってる内に夏が話す。
「あんな、僕って京都から此処に引っ越してきたやん?で、よそもん扱いされるんは、慣れとるんやけど、」
真剣な話だ。急に前触れなく話すなんて。海の顔が見れない。俯く。どんな顔して聞いてもいいか分からない。
「此処でもそうされてたやん?こんな髪やし、変な奴やし。」
「……!変って。変じゃ無いょ。」
どの言葉を返したらいいか、正解が分からない。段々声が小さくなってしまった。
「うん、ありがとう。けどさ、夏がいたから此処まで生きて来れたんや。」
こちらをまっすぐ見つめられる。自分も咄嗟に海の方へ向く。こんな状況でも、人形みたいで綺麗と思う自分がいる。
「ありがとうなぁ。」
太陽が海を包む。優しく、でもどこか切なく笑ってる。
「そんな、俺なんもしてない……。そんな感謝される事してない…。」
「しとるよ。」
海の傷跡一つない手が、俺の手に被せる。相手も生き物なんだ、一瞬思う。
「俺も海と出会って良かった。」
何故か分からないが、涙声になる。
二人で笑い合った。