第七話 驚愕の事実
第七話 驚愕の事実
ボサボサで伸び放題だった髪を綺麗に切り揃えてもらい、入浴前着ていた物とはまた違うタイプの、それでいてきちんと肌が見えない様なデザインの軽い服に着替えると、私はまたリッタに抱き抱えられていた。
どうやらベンジャミン医師は私に対して絶対安静の指示を出しており、入浴は特別に許可されたが、その際に私が自身の足で歩く事については許可されなかったらしいのだ。そんな指示を出されてしまうほど、発見当時の私の状態は酷いものだったのだろう。
直近の怪我だけでもベンジャミン医師によって治してもらえて、こうして生きながらえたのだから彼にはいくら感謝してもしきれない。
「ここがシア様のお部屋ですよ。」
てっきり先程と同じ部屋に戻ると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
二階の一室に設けられた私の部屋は大きな窓から陽の光が入る、柔らかで落ち着いた雰囲気の部屋だった。私を抱えたままのリッタがバルコニーに近付くと、庭園の花々が綺麗に咲いているのが見えた。
「気に入ったか?」
声のした方を振り返って見るとアベルが部屋へ入って来る所だった、その後ろにはベンジャミン医師の姿も見える。
アベルはこちらへやって来ると指先で優しく私の髪を梳いた、私がなんとなく気恥ずかしい気持ちになって視線を逸らすとアベルは僅かに苦笑しながら手を離した。
「…気になってたんだけどにゃ、なんで宰相様は人によって口調が変わるのにゃ?」
気持ち悪いにゃ、とリッタはバッサリと言い切った。その疑問に私もそういえばと思い返してみると確かに、私やベンジャミン医師への話し方と、リッタとサーラに対する彼の話し方は違っていた。
そんなリッタの問いに笑いながら答えたのはアベルではなく、その後ろのベンジャミン医師だった。
「ドラグナーはこっちが素なんだよ、体裁ってやつ。僕も人前じゃ卿って堅苦しく呼んでるだろ?」
「黙っていろベンジャミン…はあ、もういい。」
アベルは諦めた様に軽く息を吐くとリッタの手から私を抱き上げ、壊れ物を扱うかの様にそっとベットの上に寝かせて、ぽんぽんと軽く頭を撫でてくれた、まだ安静にしていろという事なのだろう。
「シアちゃん、僕はこのままここに居るからいくつか質問だけさせてもらえるかな?分かる事だけ頷いてもらえば良いから。」
少し離れた所からベンジャミン医師が私に問いかける、それに私が頷くとベンジャミン医師はうんうんと優しく微笑みながら質問を始めた。
痛い所は無いかな、何かして欲しい事はあるかな、リッタとサーラは怖くないかな、というイエスかノーで答えられる簡単な質問に、私は頷きながら答えていく。
「シアちゃん、最後に何の料理を食べたか覚えてるかな?」
その問いに私は考え込んでしまった、私が食べていたのは小鳥やリスなどの小動物が持って来てくれていた果物や木の実だから、料理ではない。唯一記憶にあるのは腐ったスープだったが食べてはいないし、はっきりと思い出せる物は無かった、そう思って私が首を横に振るとベンジャミン医師は続けた。
「食事は出されていた?」
その問いに、私はすぐに首を横に振る。
「…数日…いや、何ヶ月か、与えられていなかったのかな?」
変えられた問いにも尚すぐに首を横に振ると、遠くで雷が落ちた。先程まで晴れていたのに、窓の外を見ればいつの間にか雨が降っている。
「…シアちゃん、君は何年もの間、食事を与えられていなかった…そういうことで合ってるかい…?」
私がやっとベンジャミン医師の問いかけに頷くと、彼は手で顔を覆いながら項垂れ、リッタとサーラはもう我慢出来ないとばかりに私を抱きしめた、どうしてか二人の目には涙が滲んでいる。
そんな二人の様子に困ってアベルを見ると、彼は見た事もないくらい怖い顔をして震えながら、荒れ狂った窓の外を睨み付けていた。
「、…、、。」
なんだか心配になってしまい、なんとか彼に声をかけようと私が掠れた音を出すと、それとほぼ同時に窓を叩く音がした。見ればそこには数羽の小鳥達とリスが雨に濡れながら鳴いている。
窓の側にいたアベルに開けて欲しいと伝えると、私の言いたい事が分かったのか彼は窓を開けてくれた。
すると部屋に入ってまっすぐ私の元へやって来た小鳥は果実を、リスは木の実を私の掌へ置くと、揃って私の肩へ身を寄せた。
「そんな、まさか…。」
その様子を呆気に取られながら見ていたベンジャミン医師だったが、何かに気付いたのか息を飲む、これを食べて生き繋いでいたのかと、独り言の様に小さく呟かれたその問いに私が頷くと、全員が私の様に言葉を失ってしまった。
「ひとまず今は普通の食事は無理だ、徐々に慣らしていかないと体が消化しきれないから今はスープだけ、一日二回、胃がびっくりしない様に、時間をかけて良いから少しずつ食べて様子を見てね。」
ベンジャミン医師はそう念を押してから足早に部屋を出て行った、小鳥とリスが運んでくれた木の実と果物はどうやら誰も見た事が無い物だったらしく、調べるためにベンジャミン医師が持って行ってしまった。
しばらくしてサーラが運んで来た私の食事はあたたかい二種類のスープだった、どちらもとても良い匂いがする。
「テテの料理はとーーっても美味しいのにゃ!このスープも絶対美味しいにゃ!」
「リッタ、万が一シア様のお料理に手をつける様な事があればその尻尾、引きちぎりますので。」
「ヒェ…。」
サーラの鋭い眼差しにリッタは震え上がり、思わずといった様子で膨らんだ尻尾を両手で押さえた、絶対食べないにゃ、食べるわけないのにゃと、真っ青な顔でサーラに向かって小さく誓いを立てている。
その様子を見て思わず笑ってしまうと、アベルもリッタもサーラも、全員が一斉にこちらを見た。
「やっと…笑ってくれたか。」
アベルのその言葉に私はハッとして自分の顔に触れた、そうだ、今私は笑っていたんだ。初めは緊張してそれどころでは無かったし、ここへ来てからは驚く事ばかりで一度も笑えてはいなかったのだろう、私にその自覚は無かったがアベルや他のみんなが心配するのも無理はない。
「リッタ、お手柄ですよ。」
「ほぇへへぇー!やったにゃ!」
よしよし、よくやりましたとサーラがリッタの頭を撫でている、するとゴロゴロと聞こえて来るリッタの満足げな音がなんとなくまたおかしくて、私はこの穏やかな時間がずっと続けば良いなと思った。