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第五話 それぞれの思惑

第五話 それぞれの思惑 


時はフェリシアが目を覚ます前まで、ベンジャミンが懸命に彼女の治療を行っていた頃まで遡る。


明け方、ヴェルスナー帝国ではフェリシアを取り逃した五人の騎士が玉座の間に跪き、皇帝であるテオドールに向かって首を垂れていた。

「…今何と言った。」

燃える様な赤い髪を撫で付け、血の様に赤い瞳を不機嫌そうに細めて、テオドールはやっと重い口を開いた。

ヴェルスナー帝国は自身の国土こそ小さいものの、二つの国を属国とする大国である。その最高権威者たる今代の皇帝、テオドール・ヴェルスナーは独裁政治を行っているのにも関わらず国民からの支持も得ている知恵者であり、戦争の際には自ら出陣し敵を討ち取る非常に優れた剣士であり魔術師でもあった、その威厳と威圧感が騎士達を平伏させる。

「お、恐れながら…あの者は死んだと思われます。」

「わ、我々も、まさか川に身を投げるとは思わず…。」

その騎士達の言葉を聞いて玉座に座っていたテオドールは立ち上がり、ゆっくりと五人の方へ足を進めた、大理石の床に反響していやに靴音が響いている。

「それだけか。」

五人の騎士達は皇帝のその言葉に、一様にほっと胸を撫で下ろした。そうかやはりその程度の娘だったのだ、あんな汚い姿の子供が一人死んだところで何の問題も無い、彼らが心の中でそうほくそ笑んだ瞬間、一人の首が飛んだ。

比喩でも何でもなく、皇帝の剣によって首を刎ね飛ばされたのだ。

視界の端に映る血飛沫と、ごろりと無機質に目の前に転がった同僚の首に、その場に居た皇帝以外の全員が震え上がる。

「おめおめと…よく余に報告出来たものよな。」

愉快そうに口端だけを上げて笑いながら、皇帝は剣を振って先程の血を払った。まだ鮮やかな赤色がその先に居た騎士達の顔にべっとりと付着するが、誰も動けなかった。

それもそのはず、いつの間にか玉座の間は冷え切り、霜が降りていた。騎士達はガタガタと歯を慣らし、足元を見れば膝まで甲冑ごと床に氷漬けにされている。

「あの女はまだ生きている、即刻連れ戻すのだ…それが出来なければ貴様らもこれと同じ末路を辿る事になるだろう。」

皇帝の瞳は虚ろで、彼らを見ている様で見てはいない、彼の瞳に映るのはかつて恋焦がれ、狂おしい程に愛した彼女の姿だけなのだ。

行け、と短く発言し魔術を解き、退出を命じる皇帝に、焦りからかはたまた恐怖からか、必死の形相で転がる様に玉座の間を出て行く四人となった騎士達に彼は〝顔だけは傷付けてくれるなよ〟と、再度背後から念を押した。




「殿下!聞いてくださいませ!」

そう言いながら、胸元の大きく開いた豪奢なドレスを着ているエレヴィーラは皇太子であり、自分の婚約者であるエドウィンの私室へ入るとにわざとらしく泣きながら駆け寄って彼に抱きついた。

「どうしたのだエレヴィーラ!」

皇族の血統を強調するかの様な鮮やかな赤い髪の青年はノックもせず入ってきたエレヴィーラを咎めることも無く、その腕に抱き留めた。

「今朝私の〝友人〟が行方不明になりましたの…!私、もう、心配で心配で…。」


今朝、エレヴィーラと取り巻きがいつもの様にフェリシアの元へ行くとそこはもぬけの殻だった。それに激昂したエレヴィーラはすぐさま通りがかりの衛兵を呼び付け、どうなっているのだと憤慨し問い詰めた、するとあの奴隷は外に出した際に逃げ出し、行方不明になったと言うではないか。

あの汚い奴隷風情が、主人であるこの私に背いて、勝手に逃げ出した、ですって?

そう思ったエレヴィーラは怒りのままに手元の扇子をへし折り、目の前の衛兵に投げ付けてから、その足ですぐさまエドウィンの元へ向かったのだ。


「私…私っ…。」

「泣く必要は無い、すぐにお前の友人を見つけてやろう。そこの者、すぐに手配を、騎士団を動かすのだ。」

しおらしく泣くエレヴィーラにエドウィンは寄り添い、控えていた衛兵に捜索部隊の編成を命じて下がらせた。

「ありがとうございます殿下…。」

エドウィンの腕の中でエレヴィーラは泣いているふりを続けながら口角を上げた。

あの奴隷、絶対に逃してなるものか、お前は一生私のオモチャなのよと、エレヴィーラは何も出来ず無抵抗なフェリシアに鞭を打ち、踏み付けるあの優越感と高揚感、あの快感を思い出してエドウィンにしなだれかかる。

「殿下…。」

「エレヴィーラ…。」

口付けをかわしながら、それが合図となりエレヴィーラはゆっくりとソファに押し倒される。この後訪れるであろう別の快楽に、エレヴィーラは胸を高鳴らせた。




「…うげえ。」

兄である皇太子、エドウィンに用があり、行きたくも無かったがこればかりは仕方なく訪れると、朝っぱらだというのに中から聞こえて来るのは盛った女の声だった。声からして婚約者のエレヴィーラ令嬢なので問題は無いだろうが、つい先日も同じ事があった。しかもその時兄が手を出していたのは入ったばかりの侍女、エドウィンは手当たり次第に好みの女を食う、かなりの女好きなのだ。

ただでさえ王位継承問題で兄とは対立しているし、暗殺毒殺を互いに企てる程までに仲が悪い。実際俺もこんな色欲に塗れた万年発情男が、腹違いであれ兄であり、次期皇帝の名を冠しているのは業腹だ。

「…っ、これは、ダリウス殿下…。」

同じくエドウィンに用があるのだろう、やって来た衛兵は部屋の前で立ち尽くしている俺と、中の嬌声で全てを察したのかバツが悪そうな顔をして頭を下げて縮こまった。

「全く、兄上にも困ったものだ…貴殿は兄上の使いか?」

衛兵が手に持っている書簡を見て俺が尋ねると、その衛兵はええ、と頷いて内容を話した、衛兵からしてみれば取り留めもない事だったのだろう。

衛兵の話をまとめるとエレヴィーラ令嬢の友人が行方不明になったため、兄上は捜索に第一騎士団と第二騎士団を申請した。しかし、離れの古塔で幽閉されていたはずの女が逃げ出し、それを連れ戻せと陛下直々の命令があったため、既に第一騎士団と第二騎士団はそちらの捜索に出払っており不在である、という事だった。

「…なるほど、それでは兄上の私兵を動かす他無かろうな。」

「はい、左様にございます。なので、殿下にそれをお伝えに戻った次第で…。」

衛兵は困った様にちらりと扉の方を見つめたがまだ終わる気配はない、俺は少しだけ衛兵に同情したが何もしてやれる事はなく、すまないなとだけ言って踵を返した。

歩きながら考えをまとめていく、何事にも興味を示さず滅多に命令を出さない、無関心にも思える態度のあの皇帝陛下がわざわざ幽閉した女を連れ戻せと命令し、第一騎士団と第二騎士団総出で捜索させている。

…という事は、その女は幽閉されるだけの何か有益な価値や理由、特別な何かがあったのではないか?

俺のこの推論は検討外れとも思えなかった、むしろそれなら納得できる、それなら逆に例の女を利用出来やしないだろうか。

第一騎士団や第二騎士団、それでもダメならいずれ参戦して来るだろう兄上の私兵よりも先にその女を見つけ出し、本当に何か特別な価値があればその女を使って俺が皇帝になるのだ。もしその女に価値が無かったとしてもあの皇帝が血眼になって探している存在なのだ、誰よりも先にその女を陛下に差し出せば恩恵はあるだろう、次期皇帝の座を願えばいい。

「これから忙しくなりそうだ。」

俺はやっと巡って来た天啓にほくそ笑み、出払っていた全ての私兵を呼び戻す様に通達した。

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