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第三話 すれ違う想い

第三話 すれ違う想い


「……。」

目を覚ました私はゆっくりと数回瞬きをした、蹴り起こされたのでは無いと分かると何故だろうと不思議な気持ちになった。

ぼんやりとした頭でどうして今日は、とそこまで考えた所で自分が衣服を着ている事と、ベッドに寝かされている事に気付きハッとした。

そうだ、私は逃げ出したんだと、私はあの日の川に身を投げた事を思い出し、思わず大切なペンダントを探した。

「…、、…。」

ちゃんと首にかかったままのペンダントに触れて良かった、あった、と声を出そうとしたのに何故かうまくいかなかった。


…声が、出ない?


何度試してみても先程と同じで、私の口からは息が漏れるばかりで声にはならなかった、そんな…と私は冷や汗をかく。

このままでは私の事を、これまでの経緯を伝えられない。

この部屋の調度品やベッド、私の着ている服、どれを見ても到底平民の家では無いから、おそらくどこか貴族の家に保護されたのだろう。こんなみすぼらしく、奴隷以下の姿をした子供をどんな理由で保護してくれたのかは分からない。けれどもしここが帝国に関係ある貴族であるなら、そうでなくとも事情を説明出来ない今、私の身柄はいつ帝国に引き渡され、またあの場所へと連れ戻されるか分からない。

そう思うと体が勝手に震え出した、怖かった、ただただそんな未来が来る事が恐ろしくてじわりと視界が滲んでいく。

ペンダントを握りしめながら、私は心の中で何度も名前しか知らない彼の名前を呼んだ、独りきりの私の世界ではアベルだけが私の心の支えだったのだ。

「シア!」

勢いよく扉が開くと同時に一人の男性が血相を変えて部屋へと入って来た。

長く綺麗な灰色の髪にタンザナイトの様な青い瞳を持った美しいこの男性は今、なんと言っただろうか、この声を、私が聞き間違うはずがない。


アベル


発せなかった私の言葉でもアベルには伝わったのか、彼は端正な顔を歪めて私の前に跪くとやんわりと、優しく私を抱きしめた。

「シア…良かった、本当に…生きてくれて…ありがとう。」

そんな事を言われたのは初めてだった、誰かに抱きしめられた記憶ももう定かではないけれど、きっと今みたいにあたたかなものだったのだろう。

そう思ったら今まで我慢して、蓋をしていたものが溢れ出してしまった、辛かった、怖かった、痛かった、そうした今までの記憶の全てが涙としてこぼれ落ちる。

堰を切ったように泣き出し、アベルに縋り付く様に泣きじゃくる私が疲れ果て、再度眠ってしまうまで、アベルはずっと私を抱きしめていてくれた。




次に目を覚ますと、私が寝かされているベットの隣に椅子を持って来たのか、アベルはそこに座って何やら書類の様な物を見ていた、私が身動ぎした音で気付いたのかこちらを向いたアベルとすぐに目が合う。

「おはよう、シア。気分はどうだ?どこか痛むところは?」

「、…、。」

何かを言おうとしても掠れた音しか出せず、私は咳き込んでしまった、原因は分からないがやはり声が出ないのだ。

「落ち着いて、怖がらなくて良い。」

不安でいっぱいな私に、アベルはひとまず今の状況をゆっくりと説明してくれた。

まずここはヴェルスナー帝国ではなくその隣国のミッドランドであり、アベルはそのミッドランドの宰相を務めているらしい。

ミッドランドと言えばここ数百年ほど聖女が不在の国だ、魔物に対する防御結界を張れない事から代わりに武力で対抗し、防衛していると幼い頃聞いた事があった。

次にどうしてアベルが私を見つけられたかというと、アベルはブローチからペンダントを介して私がミッドランドへ入った事を感知したらしい。けれどヴェルスナーに居たはずの私がミッドランドに入った事を不審に思い、転移魔法でその場に駆け付けると瀕死の私を見つけ、そのまま彼の屋敷に保護してくれたのだと言う。

アベルが言うには私はかなりの重傷を負っており、魔術医に回復魔術をかけてもらっても尚三日ほど昏睡状態だったらしい。

「…やはり声が出ないのか。」

ありがとうと言おうとしているのにまたも声を出せずにいる私を見て、アベルは私よりも苦しげな顔をした。

そんなアベルの様子に思わず手を伸ばしかけた時、長い袖の隙間から素肌が覗いてしまい、私はそれに気付いた瞬間慌てて手を引っ込めた。

私は汚いのだ、体も髪も、どこを見てもみすぼらしく穢れている。恐らく私を見つけた時にアベルも見ただろうけれど、衣服で隠れてはいるがこれ以上変色した肌を彼に見られるのは嫌だった。

「…シア。」

びくり、と思わず肩を振るわす。見られたのだろうか、汚いと言われてしまうだろうか、こんな姿、アベルにだけは見せたくなかったのに。

「私は、ずっと会いたかったんだ、シア。」

また泣きそうになっている私にそう言って、アベルは私の両手を同じく両手で包み込んだ、大きくてあたたかい手だ。

じっと私を見つめる綺麗な青い瞳には所在なさげに眉を下げた顔の私がはっきりと映し出されている。

「帝国に居るのは知っていた、私なら強引にでも会う方法はいくらでもあった、もっと早く、シアに会いに行っていれば…助けていれば、こんな事にはならなかった。」

すまなかった、とアベルはそう言った、彼が私に謝る必要など何も無いのに、むしろ彼が居てくれたおかげで私はこうして生きていられた、心を救われていたから壊れずにいられたのだ。

私は必死で首を横に振った、どうして肝心な時に声が出せないのだろう、どうしてこんなにも優しい人に、こんな事を思わせて後悔させてしまっているのだろうかと、悔しくて泣きたくなってしまった。

「シア、どうか泣かないでくれ…肌も傷痕も、絶対に治してみせるから。」

違う、違うと叫んでいるのに、アベルには私の心が伝わらず、私は声が出せないままだった。

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