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第二十九話 ベルン王子

第二十九話 ベルン王子


屋敷へ侵入した不審者をリッタが昏倒させた後、リッタと共にやって来ていた騎士達数名の手により今度こそ件の男は意識のないまま捕縛され、優しげな風貌をした淡い金髪の男性の指示によってどこかへ連行されて行った。

恐らくはこの男性がミッドランドの王太子なのだろう、私が粗相のない様にと丁寧にお辞儀をすると彼も笑顔でそれに応えてくれた。

あまり長い間夜風に当たるといけないという事で、お供としてやって来たであろう騎士達を除き、私たちは改めてアベルの屋敷の客間で対面する事となった。

普通ならば王族の方を先に通すのに、何故か私を先にソファへと座らせてから件の男性がさらりと微笑みながら口を開く。

「さて、改めて自己紹介をさせて頂きましょう。僕は、ベルン・ミッドランド、どうぞ、お見知りおき下さい、麗しき聖女様。」

笑顔でそう言うなり一国の王太子殿下が目の前で跪くなり、なんの迷いもなく私の手を取ったため私は驚いて硬直してしまった。

更にそのまま私の手の甲へ口付けようとしたのだが、それはアベルの手によって制される。

「…あまり気安くシアに触れるな、ベルン。」

「ああ、確か聖女様は男性が苦手なのでしたね…これは失礼を。」

パッと両手を上げて眉を下げながら謝るベルン王子に他意はないと分かってはいるものの、初対面の男性に触れられた緊張からか心臓が早鐘を打つが私はそれを悟らせまいと、大丈夫だという意味でアベルの方を見ながら首を振った。

彼はそんな私の様子を見てか、私の隣に座ると私の手をやんわりと開かせた、どうやら無意識のうちに強く拳を握ってしまっていたらしい。

「シア、我慢する事は必ずしも良い事ではない…嫌なら嫌と拒絶する事を覚えても良いんだ。」

力を入れ過ぎて若干赤くなっている私の手をアベルの大きな手が包み込む、私の傷痕だらけの手とは全然違う。

「分かったか、シア?」

互いの手を見つめて下を向いていた私が顔を上げると、アベルの蒼い瞳が心配そうにこちらを見ていた。

子供に言い聞かせる様な彼の口調になんだか幽閉されていた頃の、私に物語を読み聞かせてくれていた頃のアベルを思い出してしまい、私はじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

自然と笑顔になってしまい、私が分かったという意味を込めて頷くとアベルも満足そうに微笑んでくれた、私の頬を撫でて髪を梳く彼の手が心地よい。

「…こほん、えーと…サーラ、叔父上達はいつもこんな感じなの?」

「左様でございます。お二人の世界に入ってしまわれる以外は、大変良い事かと。」

そんな二人の会話に私はなんとなくいたたまれないような気持ちになった、隣のアベルはバツが悪そうな、なんとも言えない表情で二人の方を見ている。

「まあ、卿のこんな姿初めて見たらびっくりしますよね。大丈夫ですよ殿下、すぐに慣れますよずっとこんな感じなので。」

「頼むから黙ってくれベンジャミン…。」

ベンジャミン医師からの追加の一言でアベルは額に手をやり短くため息を吐いたあと、一呼吸置いてベルン王子へ目を向けた。

「ベルン、単刀直入に答えをに聞こう…ミッドランドはシアに何を望みに来た?」

「…叔父上はせっかちですね。」

試す様でいて、どこか確認する様なアベルの視線にベルン王子は苦笑して肩をすくめたが、すぐに真剣な面持ちで私へ向き直ると再び目の前に跪いた。

「聖女シア様、どうかミッドランドの聖女となり、この国を共に支えて頂けませんか。」

私は驚いて目を見開いた、一国の王子がこんな、一応名目上は聖女とはいえ、いざという時使えるかも分からない私一人に対して頭を下げ、国を支えてほしいと請うているのだ。

ベルン王子のこの言葉は先のアベルの問いからしてミッドランドの意思という事なのだろう、長年聖女不在であったミッドランドだからこそ、自国の聖女を得るこの機を逃したくはないはずだ。

私を助けてくれたミッドランドという国に恩を返したい気持ちはもちろんある、けれど、だからこそ考えてしまう。


…ヴェルスナー帝国がどう動くのかを。


私がミッドランドの聖女になればその事実は大陸中に知れる事となる、そうなった時、他国であるミッドランドに間者を送り込んでまで私を探しているヴェルスナーはどうするのだろう。

宣戦布告とまでは行かずとも奪い返しに来るだろうか、長年幽閉され虐待を受けるだけだった私にそんな価値があるとは到底思えないが、公の場で私がヴェルスナー帝国で生まれた事を引き合いに出されてしまった時、他国の聖女を奪ったとして反感を買うのはミッドランドではないだろうか、これが火種となり外交問題に発展しかねない。

「まあ帝国側はごねるでしょう、現に聖女様を探して間者を送って来るくらいですからね。」

私の考えている事を察してくれたのかベルン王子が苦笑する、しかしそのアイスブルーの瞳は笑っていなかった。

「ですがそれは心配には及びません、寧ろミッドランドの聖女として貴女様を公表するのは一刻でも早い方が…都合が良いのです。」

にっこりと、それは綺麗に微笑んでいるのにベルン王子の表情は何故か全く笑っている様に見えない。

「我が国への不法入国に加え、聖女である貴女様を長年傷付けて来た罪…さて、帝国には何を支払って頂きましょうか。」

ふふ、と愉快そうに小さく声を出して笑っているはずのベルン王子には何か思うところがあるのだろう、確かに国内に他国の間者が居るなど王族としては笑えない。

それでも何故だろうか、私は素直にそれだけの事と思えず、ベルン王子の事を怖いと感じて思わず身震いしてしまった。

「…ベルン、シアが怖がっている。」

「これが腹黒王子の本性だにゃ。」

呆れた様なアベルとリッタの声にハッとした様な顔をしたベルン王子は、私を見るとひとつ咳払いをしてから表情を和らげ、今度こそ笑った。

「…失礼いたしました。聖女様はどうやら聡明な方の様ですので、ヴェルスナーの出方や外交問題を考えて不安になっているのでしょう?ですがそれは全く問題ありません…そうですね、叔父上?」

そう尋ねられ、視線を向けられたアベルは足を組み直しながら当然だとはっきりと口にした。

「そもそもシアはヴェルスナーの聖女として公表されていない、それどころか奴隷以下の扱いを受けて来た。」

ヴェルスナーが聖女である私を虐げていたという事実を知れば他の国も黙ってはいない、そもそも自国の聖女を発表しない事は各国に対する同盟違反である、とアベルは言った。

「表立って外交問題にしたとしても先に同盟違反をしていたのが帝国である以上、言い逃れも出来まい。もし苦し紛れに武力行使に出た所で私が居る限りミッドランドに負けは無いからな。」

正攻法ならばどのみち負け戦にしかならん、だからこそ裏でシアを拐かそうと小細工をしているに過ぎない、とアベルはいつの間にか手に持っていたコーヒーに口を付けた。

「わーぉ、言いますね、卿。」

「事実だ。」

笑うベンジャミン医師を茶化すなうざい、と一刀両断しているアベルの様子を見て私は、本当にそうだろうかと考えた。

重要なのは〝ヴェルスナーが私を虐げて来た事実を認めるか〟ではなく〝私がヴェルスナーから虐げられていたという事実を立証できるか〟に、かかっているのでは無いかと思ったのだ。

公表しなかったのは自国の聖女を守るためという大義名分を帝国が主張し、私に対する扱いを無かったものとするのではと、そう思った私は隣のアベルに視線を送る。彼は私の考えを読み取ってくれたのかそれに対しても大丈夫だと頷いた。

「シアは〝至宝の日輪〟ファウスティーナ様の神子だ、その言葉を疑う者など居るはずもない。」

「…待って下さい、今、なんと?」

隠し切れない動揺を声に滲ませながらベルン殿下が私を見る。

困惑するのも無理はない、私の存在はヴェルスナー帝国内ですら抹消され、産まれなかった事にされていた。他の国人々がヴェルスナー城の外れにある塔の一角に幽閉されていた私の存在など知るはずもないのだ。

しかもそれが、私のお母様が〝至宝の日輪〟だと誰が思うだろうか。

「そんな馬鹿な…ヴェルスナーは一体何を考えて…いや。」

ベルン王子は絶句していたが、何やら言葉を飲み込むと、それならば確実にミッドランドが支持を得られるでしょう、と結論付けた。

そして続けて大きく息を吐き、何か決意を固めた様子のベルン王子は笑顔でとんでもない事を言った。


「シア様、この国の…次代の王妃になるつもりはありませんか?」






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