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第二十八話 客人

第二十八話 客人


私の屋敷はシアの安全のため敷地内に誰かが入れば分かる様にと、常に魔法をかけてある。しかしながら先ほどシアと共に精霊に呼ばれ恐らくは違う、何処か別の空間へ一時的に飛ばされていた、または隔離されていたためかこの侵入者を感知出来なかった。

暗闇の中、雲間から差し込んだ月明かりに照らされて視認できる様になった身なりはそれなり、だが商人と思われる風貌でただそこに立っている姿は何故か異様だった。いや、ただ立っているのでは無い、シアの姿をじっと見つめながら恍惚の表情を浮かべて呼吸を乱しているのだ。

私ですらこの目の前の男に一目で嫌悪感を抱く程だ、それを向けられているシアの恐怖はどれほどのものだろうか。

無意識だろうが私の服を掴んで怯え、震えているシアの身を隠す様に私は自分の外套を彼女の頭から羽織らせる。

「…ここがミッドランド宰相、ドラグナー・ヴァルスタッドの屋敷と知ったうえで侵入したのですか。」

形式上問いかけてはみたものの、問いに対しての反応は無かった、しかし男はシアから目線を逸さずに小さく繰り返し何かを呟きながら一歩一歩、ゆっくりとこちらに近づいて来た。

好きだ愛してる、とそんな粘ついた言葉が微かに耳に入った瞬間私はシアの耳を塞いだ。

「…シア、サーラの所で少し待っていてくれ。」

今にも倒れてしまいそうな、真っ青な顔で怯えているシアに一方的にそう告げて頭を撫で、私はシアを私の執務室へと転移させた。

すると男の動きがぴたりと止まる、シアの姿しか目に入っていなかったのだろう、突然目の前から消えた彼女の姿を探すように目を剥いてぎょろぎょろと辺りを見渡し探し出そうとするが、それは叶わない。

やがてわなわなと震え出し、支離滅裂な言動をしながら喚き始めた男に向かって、私はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。

「…彼女の美貌に目が眩んだ蛾が、身の程を知ると良い。」

商人の姿をしているという事は先日のヴェルスナーの残党だろうか、おおかたシアの美貌に当てられ狂ったのだろうがわざわざやって来るとはいい度胸だと、私は一人好戦的に捉えながら薔薇の蔦を操りながら喚き散らす男を捕縛した。

「ああああ僕の愛する人僕のなんだ美しいあの女性は僕の物で目があったんだだから絶対に愛しているし愛されている僕の物なんだ返せ返せ返せ返せ彼女を返せぇぇぇ!!!」

こんな事を叫びながらのたうち回る男があまりに哀れで滑稽で、私は思わず顔を顰めながらも口元が勝手に嘲笑の形を作ってしまった。

妄言を囀るこの男の声があまりに耳障りで、いっそ焼き殺してしまおうかと、そういう考えも頭を過ったが一つ息を吸い、すんでのところで思いとどまる。

「彼女はお前のものではないし、誰ものでもない…意思のある人間だ、愚か者。」

違うと喚きながらもがく男の体に薔薇の棘が刺さり、肉を割き、男の血が地面を濡らしていく。

目が合ったというだけでこれほどまでに倒錯するとは、やはり考えものだと私は頭が痛くなる思いでもう一度、今度は軽くため息を吐いた。

「そこに居るのは分かっている、出て来なさい…ベルン。」

「あはは、やっぱりバレていたんだ。お久しぶりです、叔父上。」

私のもう一つの頭痛の種とも言えるミッドランドの王族、ベルン・ミッドランドは私の言葉に従って物陰からひょっこりと顔を出した。

この状況でも変わらず、にこにこと何の悪気も無く笑うベルンを見て私は盛大に本日何度目かのため息を吐いた。

「…お前の事だ、どうせリッタ達の馬車を置いて、先に馬に乗って来たのだろう…あと叔父上はやめろと何度言えば分かる。」

私は王族ではない、と私が叱る様に言ってもベルンは事もなげにただ笑うだけだった、何度言い聞かせてもこうなのだから半分私が諦める他無い。

私が何か言い募る前にベルンは、まだ地面に転がったまま喚いている男を見て口を開いた。

「それで叔父上、これは?」

「侵入者だ。」

話題を変えたかったのか雑に男を蹴って示したベルンには言及せず、端的に教えてやるとなるほど、とベルンは笑った。

「それにしても凄いですねこの男、薬物でもやっているのかな?何を言ってるか全く分からない。」

そうではないのだが、若干引き気味のベルンになんと言って良いのか私は返答に困った。この状況はシアのせいではなく、この男自身が勝手に彼女の美貌に倒錯し狂っているだけなのだから。

血塗れになりながらも男は未だに半狂乱に暴れていた、このまま放っておいて出血死しても面倒なので一度凍らせるべきか、眠らせてしまおうかとした時だ。

「卿!」

遠くからサーラの声が耳に入る、振り返ってみるとサーラと共にシアの姿も目に入り、私は先ほど男を焼き殺してしまわなかった自分の判断を正しく思った。

サーラの判断によってかシアは我々から随分と距離を置いたところで立ち止まり、その代わりに彼女達の後ろから呑気にベンジャミンが言伝を伝えに、のんびりと歩いてこちらにやってきた。

「ドラグナー、と…これはベルン殿下、お久しぶりです。サーラの話ではこの男、おそらく今日昼間に来た商人じゃないかって。」

「…何?ヴェルスナーの残党ではないのか?」

てっきり先日のヴェルスナーの残党かと思っていたのだがどうやら違うらしい。

ただの商人という事であればテテが仕入れのため招いたうちの一人なのだろう、やはり外部の者を招くべきでは無かったと少し後悔した。

恐らくは荷下ろしか何かの際にシアの姿を見たのだろうが、それだけで一応爵位もあり、この国の宰相である、しかも魔法使いと周知されている私の屋敷へ侵入しようとするなど正気の沙汰ではない。

「うーん、一応出血死しない様に多少治そうか?」

「いや、魔石の無駄じゃない?鎮静剤でも打ったらどうかな。」

「それもそうですね。卿、頼みます。」

ベルンの提案で未だ錯乱している男にベンジャミンは鎮静剤を打つ事に決めた様だ。ベンジャミンの言葉に頷き、私は男が抵抗できない様に更に荊棘で雁字搦めにした。

「はーい、暴れないでね。」

鎮静剤を打った後も男はしばらく呻いていたが薬が効いたのか、男はやっとうつ伏せの体制のまま動かなくなった。

「マージハルの仕事が増えるな…。」

血塗れになってしまった薔薇を不憫に思いながら拘束を解き、地面の血痕を見て呟くと事態の収束を感じたのかサーラとシアもこちらへ向かって来ていた。

「ああ…これは…なるほど、そういう事か…。」

ベルンは遠目からだが、月明かりの下で照らされたシアの姿を見て驚きつつも感嘆の声を上げた、そして先程の男の支離滅裂な言動や発狂ぶりにも合点がいったのだろう、私に向かって肩をすくめてみせた。

「なるほど、人ならざる美貌だ。あれでは狂う者が出るのも分かる…騎士もつけない方が良いでしょうね。」

「騎士は不要だ、サーラが侍従にと名乗り出た。今のサーラはミッドランド王家では無くシア個人に仕えている、私が許可した。」

「え…それ、聞いてないですよ叔父上。さらっととんでも無い事を言わないで下さいよ。」

「いや〜、本当ですよベルン殿下。サーラはシア様に忠誠を誓ってるので軽々しく扱えば貴方とて斬られますよ。」

「流石に…勘弁してほしいのですが…。」

ベルンのいつもの笑顔が引き攣った、その時だった。

「ああああああああ愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるんだァァァァァァァァ!!!」

突然大声を上げて叫びながら男が走り出した、当然突進する様に向かう先はシアの方だ。

咄嗟に私は魔法で男の足を貫いたが痛覚が麻痺しているのか男の勢いは止まらない、サーラはシアの前に出て片刃の剣を抜いた、その目は当然据わっている。

恐らく男はサーラの手によって手か、足か、はたまた胴体を切断されるだろう、命の保証はもはや無くなった、むしろそうなっても仕方がない。

しかし、運が良いのか悪いのか、結果的にそうはならなかった。


「シア様に…にゃにするにゃーーーーーーー!!!!!」


サーラが男を斬るほんの一瞬先に、場の緊張感にそぐわぬ声と共に男の頭部に横から何かが直撃し、男の体ごと真横に吹き飛んだのだ。

倒れて完全に気を失った男と共に散らばっているのは衝突によって木材と鉄と、それぞれバラバラになってはいたが、馬車の扉だった。

「り、リッタ?」

突然の出来事に唖然とし、サーラですら目を瞬かせていた、しかしながら当の本人のリッタは扉の無くなった馬車の上からぴょんと飛び降りると、何事も無かったかの様にシアとサーラに駆け寄りそのままの勢いで二人へ抱きついた。

「シア様!サーラ!会いたかったにゃ!会いたかったにゃ〜!!」

尻尾をぶんぶん振り、笑いながら泣いているリッタに、我々は呆然としたと同時に毒気を抜かれ何も言う事が出来なかった。

しかし、ただ一人。ベルンだけが腹を抱え、彼らしからぬ大口を開けて笑い、呼吸困難になりかけていた。





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