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第二十六話 疑念

第二十六話 疑念


「卿!」

ろくにノックもせずサーラが私の執務室へ入って来た時、私もベンジャミンも眼を剥いた、サーラのメイド服が何故か所々濡れ、ぐしゃぐしゃになっていたのだ。

しかし、こちらが何か言うよりも先にサーラは焦った様に早足で言葉を続けた。

「失礼をお許し下さい。先程判明したのですがシア様の真の名前は〝フェリシア・ラヴィン〟…あのファウスティーナ様の神子です。」

サーラから告げられた言葉に一瞬思考が停止する。

「シアが…あのファウスティーナ様の神子だと…?」

頭の中で反芻し、口に出してようやく事態を飲み込んだ私は無意識のうちに頭を抱えた、そんな事があってたまるものか。

「確かに少しだけシア様にファウスティーナ様の面影を見たことがある…けど…そんな、まさか。」

驚きを隠しきれないと言った様子で声を上げたベンジャミンも額に手を当てて考え込む。

いや、まさか、そんな事があってはならない、それはこの場に居る全員が思った事だろう。

ヴェルスナー帝国は〝至宝の日輪〟ファウスティーナ・ラヴィンの神子を悍ましいまでに冷遇し、虐待していたのかと、悪寒さえ覚えた。

「いや、だが、おかしい…ならば何故精霊の怒りがヴェルスナーに降りかからない?」

〝聖女〟の存在が何故各国でこんなにも重要視され、大きな力を持つのか、これには魔物の存在以外にも理由がある。

それは精霊の存在だ、精霊はありとあらゆる物に宿っているとされ、人間には干渉出来ない自然災害や時の流れ、万物に干渉する力を持つと考えられている。

私の様な限られた生命である魔法使いは生まれつき自分自身の体内に魔力があり、それを使用する事によって魔法が使えるため精霊の恩恵を受けていない。魔力による魔法の行使、これが魔法使いたる所以だ。

だが、ベンジャミンの様に魔力を持たず、魔石を使って治癒や魔術の行使をする者は精霊の力が必要不可欠となる、魔石という対価を支払う事によって精霊の力を借り、様々な恩恵を受けている、魔道具も同じ原理だ。


だが〝聖女〟だけは違う。


聖女は生来魔力を持たないただの人間だが、精霊から精霊の加護という特殊な恩恵を与えられる事によって防護結界や退魔結界などの特殊な力を使う事が出来る。更に精霊の祝福を受けたごく限られた力の強い聖女のみ神聖魔法が使える、というわけだ。

精霊は古より聖女を庇護する存在とされており、事実、歴史上聖女を冷遇した国は精霊の逆鱗に触れ、精霊からの恩恵を受ける事が出来なくなりことごとく滅亡している。これはこの大陸に伝わる神話に登場する精霊王と大聖女の物語からも読み取る事が出来る。

歴代最高の大聖女とまで言われたファウスティーナ様の神子であり、しかも次代の聖女でもあるシアを虐げて来たヴェルスナーが精霊からの報復を受けず、未だ恩恵を受け続けているこの状況は歴史的に見てもあり得ない。

「そうだ、どうして今まで気付かなかったんだろう…確かにおかしい。」

「…フェリシア様のご様子から、ヴェルスナーに何かあるのは間違い無いのですが…詳細は…。」

シアが話せない事がここでもまた障害になってしまった、沈黙したベンジャミンとサーラと同じく私も状況を整理しつつ、しばし頭の中で考えをまとめていく。

歴代最高と呼ばれ誰からも畏敬の念を抱かれていた〝至宝の日輪〟ファウスティーナ・ラヴィンの神子であるシアを、あんな風になるまで拷問しながら幽閉し続けたヴェルスナーの意図は一体なんだというのか。そして、一番の疑問は何故精霊の怒りがヴェルスナーに向いていないのか、だ。

私は元々大きな力を持つ、おそらくは精霊からの祝福をうけている聖女であるシアの力が弱まった原因はヴェルスナーからの虐待による身体的、精神的負荷によるものだと考えていた。しかし、それならば何故精霊はその時動かなかった?何故ヴェルスナーからの虐待という脅威から聖女であるシアを守らなかったのか、それがいくら考えても分からない。

「…ドラグナー、聞いてもいいかい。」

ベンジャミンの声は何故か震えていた、顔を上げて見ると今までに見たことの無い形相でベンジャミンは顔を引き攣らせている。

「シア様…フェリシア様の年齢は?何歳と言っていた?」

「十六だ…今年で十七になる。」

「もう一つ。ドラグナー…ファウスティーナ様の最期を君はどう聞いている?」

私はハッと目を剥いた、ファウスティーナ・ラヴィンの死、それはこの大陸中の誰もが知っている。

稀代の大聖女、ファウスティーナ・ラヴィンは病に侵され、四年もの間外にも出られず王宮にて闘病生活を続けていたが治療も虚しく亡くなった、と。

それは今から十六年前の話になる。

「そう。ファウスティーナ様が病に侵され、公務も出来なくなるほど体調を悪くされたのは十六年前…丁度フェリシア様が、生まれた頃だと思わないかい?」

「馬鹿な!!」


つまりベンジャミンが言いたい事は。


「ベンジャミン・ディオリー!!貴方は…!ファウスティーナ様が亡くなった原因がシア様だとでも言いたいのですか?!」

サーラが叫びながらベンジャミンに掴みかかる、しかしベンジャミンはそれでも次の言葉を続けた。

「僕だってこんな事考えたくはない…!でも…それなら全部説明がつくんだ!」

何故、ヴェルスナーが次代の聖女であるシアを虐げたのか。

何故、精霊達は次代の聖女であるシアを守らなかったのか。


それは、シアが産まれた事が先代の聖女であったファウスティーナ・ラヴィンの…死の原因だったからではないか。


「そんな…!!そんな、わけが…。」

ベンジャミンの服を掴んでいたサーラの手が力無く滑り落ちる。

放心状態のサーラを腕にベンジャミンは俯いていた、私は無意識のうちに唇を噛み締めていたらしい、口の中に鉄の味が広がる。

出産で亡くなる女性は多くはないが、かと言って少なくもない、ベンジャミンの考えが絶対に違うとは否定できないのだが、それでも腑に落ちない事がある。

「…もし、もしもだ。」

縋り付きたい様な気持ちで、私は唸る様に声を絞り出した。

ファウスティーナ・ラヴィンの死がシアの出生によるものだとしても、何故今になって失われていた聖女としての力がシアへ戻っているのか。そして、何故シアは今まで生かされていたのか。

どう考えてもこの二つの疑問が残る。

「シアの体が幼子のままだったのも、食事を与えられていなくともかろうじて生きていたのも、精霊の恩恵によるものだろう…それは間違いないはずだ。」

「…確かに、矛盾しているね。」

ベンジャミンがそう言った所で正気に戻ったのか、サーラは嫌そうにベンジャミンの手を払いのけて距離を取った。

ベンジャミンは本当に彼女に何をしたのだろうかと、未だ混乱が抜けない頭の片隅で現実逃避をした時だった。

窓の外で何かが光った様な気がして、私は妙な胸騒ぎと共にバルコニーへと近付くと、外の景色を見て思わず声を上げた。

「…シア?」






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