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第二十四話 新たな渦


第二十四話 新たな渦


サーラの無言の圧に負け、引き攣った顔で何度も謝罪しながらテテは部屋を退出していった。その後の話題はアイスクリームというこの冷たいデザートから他の話へ、それから現在はアベルとベンジャミン医師が向かった東の森へと移っていた。

「やはりダメだな…変化は無い。」

「サーラが派手にやったからね、何か変わったかと思ったけど相変わらずだったよ。」

魔物という渦から生まれる異形の化け物は姿や大きさは様々ではあるが、特筆すべきなのは瘴気を纏っているという事と人間を襲う、という事だろうか。

魔物の瘴気は人間だけでなく全ての生命を蝕む、その証拠に遠くから見る東の森には魔物以外鳥は愚か虫さえ居ない、木々でさえ黒く淀んだ色をしているのだ。

更に厄介なのは一度渦が出来てしまうと延々と魔物が湧き続けてしまう事だろう、ミッドランドのこの位置にアベルの屋敷があるのも渦から湧き続けている魔物の数を彼が定期的に減らす事で民へ被害を出さないよう、ある意味防波堤の様な役割をしている様にも感じられる。

けれどそれも対処法に過ぎない、いくら魔物を倒したところで渦がある限り魔物の根絶は出来ないのだ。

「こちらは変化が無いだけまだいい、問題はテイウズモンドだ。」

「そういえばこの間も公国の使者が来ていたね、何かあったのかい?」

「新たな渦が出来た。」

食後の紅茶に口をつけながらにべもなく言うアベルにベンジャミン医師の顔が強ばる、確かテイウズモンドも現在は聖女不在の国だったはずだ。

と、すると公国からの使者というのは対処するための戦力を要請するものだったのだろう、テイウズモンドの友好国であるミッドランドがこの要請を断るとは考えづらい。

アベルも出向くのだろうか、その意味を込めて彼を見るとアベルは何が言いたいのか分かってくれたのか静かに頷いた。

「ああ。新しい渦となればどの程度の魔物がどの頻度で、どの程度出てくるのか把握しなくてはならない…今回は私も出向く事になる。」

ミッドランドがテイウズモンドを支援するにしてもどの程度の戦力が必要なのか確認しなければならない、という事なのだろう。確かにそちらに戦力を割き過ぎて自国の魔物への対処がおろそかになってしまって元も子もない。

「じゃあ僕も出番かな…と、なると問題は…。」

ちらり、とベンジャミン医師が私を見る、その視線で全て理解出来てしまった。

問題はヴェルスナーと私だ、現状ミッドランドに匿われている私と、恐らくは私を探しているヴェルスナーの間者がミッドランドに侵入しているという事実。

先のヴェルスナーの間者との一件がこの屋敷周辺で起こった出来事故に、知らぬ間に私はアベルがこの屋敷から離れられない原因、言い換えるなら中々テイウズモンドに赴けない理由になってしまっていたのだ。

「…ベンジャミン、その言い方はやめろ、シアが問題なのでは無い。」

「そうだね、問題は過保護で心配性でシア様から方時も離れたく無いドラグナーの方だからね。」

理解出来るけどね、と苦笑しながら私を見るベンジャミン医師とは対照的にアベルは渋い顔で押し黙った。その表情を見て私もしばし考えを巡らせる。

新たに出来た渦がどの程度のものか分からないが、魔物との戦闘がある以上危険は避けられない、怪我人も少なからず出るだろう。

けれどもし〝聖女〟の結界があればどうだろうか。

「シア、まさかとは思うが…。」

おずおずと手を挙げながらアベルを見ると彼は一瞬驚いた様な顔をしてから頭が痛いとばかりに額に手を当てた、そしてダメだと首を振る。

「シアはまだ病み上がりで力も戻っていないだろう…ましてや新たな渦だ、危険度も分からない場所へ連れては行けない。」

「まあドラグナーの言う事も最もだけど、難しいねこればっかりは。」

「口を挟む様ですが…よろしいでしょうか、卿。」

サーラの声に全員の視線が彼女へ集まる、アベルは頷いて続きを促した。

「私はシア様のご意向に賛成でございます。」

「…何故だ?」

「僭越ながら…先の件でヴェルスナー側はシア様が卿の屋敷に匿われているというのは察しがついているでしょう。ヴェルスナーにとって卿の不在は絶好の機会です、その時を狙ってあの下衆共がシア様に接触しようと屋敷に侵入する可能性は非常に高い。問題は私やマージハルはともかく…テテを人質に取られる可能性がある事です。」

サーラのこの言葉に私はさあっと心が冷えていく様な気分になった、もしも私のせいでテテやこの屋敷の皆んながヴェルスナーに捕えられたらどうなるだろう。

「シア様はお優しい方ですので人質となった者を見捨てる…なんて選択は出来ないでしょう。その身と引き換えにするに決まっています。」

サーラの言葉がどこか遠くに聞こえる、ミッドランドに来てから出会った人達は皆んな優しかった。だから私は忘れかけていた、私が帝国でどんな日々を送っていたのか。

私がヴェルスナーの人間から受けたあの仕打ちを、この屋敷の誰かが受ける事を想像してしまい、私は思わず口を押さえた。

「それならばいっそ一時的に屋敷から離れて…シア様…?!」

「シア!」

アベルはすぐさま立ち上がって私の側へ来ると私の背をさすりながら手を握ってくれた。いつの間にか呼吸が浅くなっていたらしい、私はアベルに促されてたどたどしく深呼吸をする。

「…顔が真っ青だ。」

私の顔をまじまじと見つめたアベルの顔が険しくなる、大丈夫だと身振りで示そうとしたが私の手を固く握る彼の手は一向に離れてくれる気配は無い。それどころかアベルは私をそっと抱き上げるとベッドの上へと移動させた。

困惑する私を他所にアベルは険しい表情のまま隣へと座り、私を見つめる。

「サーラの言う通り、人質を取られたらシアは自分の身を差し出してしまうだろう…思い出すだけでこんなに苦しんでいるのにも関わらず、だ…。」

私の手を握るアベルの手に力が入って痛いくらいだった、けれどそれを指摘する気にはなれない。

アベルの青い瞳は私を捉えながら迷う様に揺れている、彼は今実際迷っているのだろう、私を連れて行くべきか否か。

私は目を閉じて、思い切って彼の方へと寄りかかり身を預けた、私は大丈夫だと、そう思う事が出来ていたから。

彼は驚いた様だったがそっと私を抱きしめ返すと、長いため息の後、短く呻く様に呟いた。

「…またシアがあの者達と遭遇するよりは、マシか…。」

その呟きは、私がテイウズモンド公国へついて行く事が半ば決定した瞬間だった。



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