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第十九話 彼女が見たもの

第十九話 彼女が見たもの


サーラ・ナイトレイは一人、闇に浸かった森の中を駆けていた、ミッドランド宰相閣下の邸宅から東側に位置する、魔物が徘徊する森を。

彼女の気配に誘われてか途切れる事無く襲いかかって来る魔物達をサーラは片っ端から屠っていく、それは紛れもなく八つ当たりだった。

またしても主人を守る事が出来なかった、そればかりか守られてしまった、そんな未熟な自分がどうしても許せなかったのも理由の一つではあったが、しかし、それ以上にサーラを森へと駆り立てたのはヴェルスナーへの強い怒りと憎しみだった。


サーラが丁寧にシアの髪を乾かしている途中、シアは今日の疲れが出たのか自室へ戻る前に眠ってしまった。サーラはそんなシアを起こさない様にそっと抱き上げ、静かに部屋へ戻ると丁寧にベッドへ彼女を寝かせた、美しい銀髪が月明かりに照らされて輝いている。

その様子をサーラが満足げに見つめていたその時、何気なく目にしたシアの首に、見た事のないペンダントがかけられているのを見つけた。

はて、こんな物をシア様は身に付けていただろうか、とサーラは不思議に思った。

一目見ただけでもかなり高価そうな品であったため、卿からの贈り物かとすぐに思い至ったが、万が一寝ている間にシア様の細い首に絡んでしまったら大事だとサーラは考え、ペンダントを外そうと触れた。

その瞬間、何かを考える間も無くサーラの意識は飛んでいた、頭の中に膨大な記憶が流れ込んで来たのだ。


これは…?!シア様の…いや、このペンダントが見てきた記憶か!


サーラは理解した、それと同時にサーラの意識が現実世界へと引き戻される、呼吸が上手くいかず息を切らせている彼女の頬を流れ、数滴の雫が床に染みを作った。

なんということだとサーラは嗚咽混じりに怒りに震えた、今にも我を忘れ、叫び出してしまいそうだった。

断片的に見えたペンダントの記憶はヴェルスナーから今までシアが受けてきた残虐な仕打ちそのものだった、食事は与えられず痩せ細り、毎日の様に鞭で打たれ踏みつけられ、城の兵は彼女のまだ幼い体を弄んだ、そんなものを見て正気で居られるわけがない、怒りと吐きけで気が触れてしまいそうだった。

巫女姫様と同じ〝聖女〟であらせられる、誰よりも優しく、美しいこのシア様が…何故こんな仕打ちを受けなければならない?!

心の中で絶叫し、サーラは気付けば屋敷を飛び出していた、今は亡き主人とシアを重ねていたサーラにとってヴェルスナーの蛮行は腑が煮えくりかえる程、赦し難い行為だったのだ。


『もう私には誰も居ないわ…紗羅…。』


主人であった巫女姫の最後の声が、その言葉がサーラの脳裏に蘇る、自害した彼女の最後をサーラは片時も忘れた事など無かった。

「巫女姫様…巫女姫様……シア様…!」

二人の主人の笑顔が重なる、顔はあまり似ていない、けれどどこか似ているのだ。誰にでも分け隔てなく優しいのに、自分の事は二の次で、誰かのために一生懸命で、誰からも愛される。

そんな素晴らしい主人が自害したのは、サーラが弱かったせいだ、守れなかったせいだ、あの日、あの時、あの瞬間を、サーラは生涯忘れる事は無い。

過去と同じ様に物からシアの記憶を読み取った事で、サーラは完全に自分のトラウマを呼び起こしてしまっていた。

メイド服を翻し、異形の魔物の体を片刃の剣で切り捨て、どす黒い紫色の液体を払うと、サーラは苦々しげに唇を噛んだ。

「もっと…もっと強くならなければ…今度こそ、私は巫女姫様を…〝聖女〟様を守るのだから…。」

うわごとの様にサーラはそう呟き、更に森の奥、魔物が湧き出す渦の方へとふらふらと足を進める。

強くなければ、強くならなければまた自分は〝聖女〟様を、シア様を救えない、もっと、もっと強くならなくては。

過去の後悔と強さへの渇望、その感情だけが今のサーラを動かしていた。


「サーラ!!!」


誰かが、私の今の名を呼んだ。

「こんな所で何をしているんだ?!まさか…渦の方へ行こうとしているんじゃないよね?」

顔を向けずとも分かる、この声はベンジャミン医師だ。

彼こそどうしてこんな場所に居るのだろうか、貴重な魔物避けの魔石を使ったカンテラを引っ提げて。

「サーラ、この先が危険だって事は君にも分かるだろう?」

「…貴方には関係の無い事です。」

「サーラ!」

私が進もうと踏み出すと、ベンジャミン医師が立ち塞がる様に私の前に立った。

「…何の真似です。」

「今の君を行かせる事は出来ない。」

「はっきり申し上げます、貴方では私の相手になりません、退きなさい。」

私は師から賜った愛刀をベンジャミン医師へと向けた、シア様の主治医を殺すつもりは無かったが、邪魔するなら容赦しないという明確な脅しだ。

私はまだ弱い、確かに武器を持たなかった私の落ち度はあるが、あんな小物共を相手に私が主人に守られるなど、あってはならない。

「最後にもう一度だけ言います…退きなさい、ベンジャミン医師。」

私は、もっともっと強くならねばならないのだ。


「退かないよ、僕は。」


まるでおはよう、と挨拶でもするような気軽さで、ベンジャミン医師はそう告げながら私に笑いかけてきた、そのままあろう事か私の方へ近付いて来る。

予想外の行動に驚きつつ反射的に振るった刀はベンジャミン医師の頬を裂いた、先程とは違う人間の赤い血が飛ぶ。

「サーラ。」

引こうとした刀をベンジャミン医師は両手で捕まえた、片刃とはいえ刃を素手で掴んでいるのだ、当然彼の手は瞬く間に血で染まっていく。

「な、にを…。」

自分のものとは思えない掠れた声を出すのがやっとだった、ベンジャミン医師がどうしてそんな事をしたのか理解出来なかったのだ。

私が無理やり刀を引き抜けばおそらくベンジャミン医師の手は無事では済まない、それなのに、ベンジャミン医師の顔色は何一つ普段と変わらない。

「君は優しいから、出来ないよ。」

そんな言葉にカッとして彼を睨みつけたその時、ベンジャミン医師が掴んでいた私の刃を思い切り引いた、予想外の引力に対応出来ず刀ごと私の身が引っ張られる。

「…捕まえた。」

耳元でそんな安堵の声を囁いたのはベンジャミン医師だ、私は何故か彼に抱きしめられている。

「…っ!離せ、離しなさい!」

彼の腕は私の背中に回され、ガッチリとホールドされて私はほとんど身動きがとれなくなっていた。なんて失態だろうか、腕ごと抱き込まれていては碌な反撃も出来ない。

苦し紛れに手首を返して足を刺したがベンジャミン医師はそれでもなお私を離さなかった。

「サーラ。」

「なに、を…ッ?!」

彼のオレンジの前髪が私の額に落ちる、ペリドットの目に映る私の目はどことなく幼子の様に見えた。

突然の口付けに戸惑う間もなく、ぬるりと彼の舌が私の口の中へ侵入してくる。それと同時に捩じ込まれた生暖かい液体に、何かを飲まされていると気付いた時にはもう遅い。

「いたた…ファーストキスは血の味か…もう少しロマンチックなものかと思ってたけど、君らしいかもね。」

混濁した意識の中、そんな軽口を言うベンジャミン医師の言葉を最後に私の愛刀は地面へと滑り落ちた。


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